身近な人を亡くしたときに避けられない「相続税」。この相続税を抑える対策として「生命保険の活用」が知られていますが、この「生命保険」の保険金を受け取っていない段階、つまりその「権利」にも相続税がかかることをご存じでしょうか。そこで本記事では、生命保険契約に関する権利が「みなし相続財産」として課税対象になる仕組みを、要件・評価方法・裁決事例をとおして解説します。
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〈登場人物〉
吉田課長:A社で働く課長。3人きょうだい(吉田さん、弟、妹)の長男で、2人の子を持つ。税理士とは業務上のやり取りがある。
生命保険契約の“権利”も「相続税」の課税対象
吉田課長「生命保険に入っていて、保険金をまだ受け取っていない段階でも、将来受け取れる権利がある場合は相続税がかかると聞いたのですが、本当ですか?」
そのとおりです。生命保険契約に関する権利は「みなし相続財産」に含まれるため、相続税の課税対象となります。みなし相続財産には、以下の6種類が規定されています。そのうち3番目が生命保険契約に関する権利です。
■生命保険契約に関する権利
1.みなし相続財産(相続税法3条)
次の(1)〜(6)で⼀定の要件を満たす場合は、(1)〜(6)を相続⼜は遺贈により取得したものとみなす。
(1)死亡保険金
(2)死亡退職金
(3)生命保険契約に関する権利
(4)定期金に関する権利
(5)保証期間付定期金に関する権利
(6)契約に基づかない定期金に関する権利
吉田課長「なるほど。では、その生命保険契約に関する権利ってどういうものなんですか?」
具体的には、下記(1)①~④の要件を満たす生命保険契約を指します。
2.みなし相続財産とされる生命保険契約に関する権利
(1) 生命保険契約に関する権利(相続税法3条)
以下の4つの要件を満たす生命保険契約に関する権利は、その契約者について、次の算式で計算した金額が「みなし相続財産」として相続税の対象となる。
①相続開始時点において、まだ保険事故が発生していない生命保険契約であること。
②一定期間内に保険事故が発生しなかった場合に、返還金などを支払わない生命保険
契約(=掛け捨て型の定期保険)を除くこと。
③被相続人以外の者が、その生命保険契約の契約者であること。
④被相続人が保険料の全部または一部を負担していること。
①の要件から順番に確認していきましょう。
「契約者」が誰かによって、課税の扱いが変わる
①相続開始時点において、まだ保険事故が発生していない生命保険契約であること
これは、被相続人が死亡した時点(=相続開始時点)で、まだ保険事故が発生していないことを条件としています。つまり、被相続人自身が被保険者になっていないケースです。
たとえば、被相続人が夫で契約者かつ保険料の負担者、そして被保険者が妻である場合を考えてみましょう。この場合、夫が死亡しても被保険者が亡くなったわけではないため、保険事故が発生したことにはならず、保険金の支払いはありません。
吉田課長「生命保険金の範囲については、もう1つ要件がありますね」
はい。それが、②の要件です。
②一定期間内に保険事故が発生しなかった場合に、返還金などを支払わない生命保険契約(=掛け捨て型の定期保険)を除くこと
吉田課長「なぜ掛け捨て型は除外されるんですか?」
被保険者が死亡しても死亡保険金が支払われない契約は、相続開始の時において経済的な価値がないと考えられるため、みなし相続財産の対象外となっています。
③被相続人以外の者が、その生命保険契約の契約者であること
吉田課長「③の要件は、契約者が被相続人以外の場合ということですよね?」
はい、そのとおりです。生命保険契約の契約者は、保険金の受取人の指定や変更、保険金額の変更、解約などを行える権利、つまり、生命保険に関する決定権や変更権を持っています。
これは、契約者が生命保険契約に関する権利の経済的価値を所有しているということを意味します。
一方で、その経済的価値を生み出す源泉(根拠)は保険料の支払いです。もし保険料を負担しているのが被相続人であり、契約者が別の人である場合、被相続人の死亡をきっかけに、その経済的価値が契約者に移転することになります。これが「保険料を負担している被相続人の生命保険契約に関する権利」であり、みなし相続財産とされる理由です。
吉田課長「では、生命保険契約の契約者が被相続人本人だった場合はどうなるんでしょうか?」
契約者は生命保険に関する権利を持っているため、保険料を支払った被相続人が契約者である場合は、その権利を持っています。つまり、本来の相続財産として扱われます。したがって、その場合は遺産分割協議の対象となります。
負担した保険料の分だけ、相続税の対象になる
④被相続人が保険料の全部または一部を負担していること
吉田課長「④はどのような要件ですか?」
この要件は、前掲(1)の算式につながっています。つまり、自らが契約者ではない生命保険契約について、被相続人が保険料を負担していることが条件です。
たとえば、被相続人が保険料の80%を負担している場合、その生命保険契約に関する権利のうち80%は被相続人が持っていると考えます。保険料を負担している事実が、生命保険金や生命保険契約に関する権利という経済的価値を生み出す源泉になるのです。
吉田課長「被相続人が保険会社に支払っている保険料は、契約者に対する『贈与』と考えることはできないんですか?」
この点も先ほどの算式が参考になります。
まず、生命保険契約に関する権利の額を計算します。次に、その金額に全体の保険料のうち被相続人が負担した割合を掛けて、みなし相続財産となる被相続人の権利の額を算出する、と規定されています(相続税法3条)。
この算式からわかるのは、相続税法は「生前に被相続人から契約者へ保険料を贈与した」とは考えていないということです。生命保険契約に関する権利の額について、相続税または贈与税の対象とする仕組みになっています。
つまり、保険料の支払いを贈与とみなすのではなく、契約に基づく権利そのものの経済的価値を課税対象とするということです。これは、他のみなし相続財産とされる死亡保険金や定期金に関する権利、保証期間付定期金に関する権利についても同様です。
生命保険契約に関する権利の評価は「解約返戻金」が基準
吉田課長「生命保険契約に関する権利は、どのように評価(計算)されるのでしょうか?」
その方法は、下記(2)の規定に定められています。相続開始時点における解約返戻金の額に、前納保険料や剰余金の分配額などがある場合には、それらを加算した金額とします。具体的には、生命保険会社から計算書を発行してもらうことになります。
2.みなし相続財産とされる生命保険契約に関する権利
(2) 生命保険契約に関する権利の評価(財産評価基本通達14)
①適用要件……次のイ、ロの要件を満たすこと。
イ.相続開始時点において、まだ保険事故(共済事故を含む)が発生していない生命保険契約に関する権利の評価額についての取扱いであること。
ロ.上記の生命保険契約のうち、一定期間内に保険事故が発生しなかった場合に返還金その他これに準ずるもののの支払がない契約(=掛け捨て型の定期保険)は含まれないこと。
②評価額……相続開始時点でその契約を解約した場合に支払われる解約返戻金の額とする。
この場合、前納保険料や剰余金の分配額などがある場合には、それらを加算する。また、解約返戻金に源泉徴収されるべき所得税相当額がある場合には、その金額を差し引いた額とする。
吉田課長「具体例があればわかりやすいのですが……」
では、平成30年5月23日の国税不服審判所(以下「審判所」)の裁決事例をもとに考えてみましょう。
【裁決事例】満期直前の死亡で「相続税」と「贈与税」の二重課税に
相続人Aの父である被相続人は、以下の内容で生命保険契約を結びました。
・保険の種類……普通養老保険(満期保険と死亡保険が併存する保険)
・保険期間……平成16(2004)年6月22日~平成26(2014)年6月21日(10年間)
・契約者……被相続人(祖父)
・保険料の負担者……被相続人(祖父)、保険料は一時払い
・被保険者……被相続人の孫(相続人Aの子)3名
・満期保険金の受取人……被相続人(祖父)。保険金受取人が死亡した場合の指定はなく、保険約款では受取人が死亡し指定がない場合、満期保険金は被保険者が受取人となる。また、死亡保険金の受取人は示されていない。
・相続開始日……非公開(平成26(2014)年4月頃)
・相続税の申告日……平成27(2015)年2月26日
吉田課長「相続開始日は公開されていないんですね」
はい。この裁決事例は情報公開法9条1項に基づき開示されたもので、相続開始日は黒塗りになっています。ただし、相続税申告日から逆算すると平成26(2014)年4月頃と推定できます。
事実関係を改めて整理すると、下記の内容となります。
被相続人(祖父)は、孫3人をそれぞれ被保険者とする「普通養老保険」に契約者として加入し、保険料を負担していた。そして平成26(2014)年4月頃死亡し、相続が開始した。
吉田課長「そもそも、祖父が年齢差の大きい孫を被保険者にして養老保険に加入するという例がなかなかないことだと思います。これは妥当な選択だったのでしょうか?」
養老保険は、被保険者(孫)が死亡した場合に支払われる死亡保険金と、満期を迎えた際に支払われる満期保険金が併存する仕組みです。この裁決事例では死亡保険金の受取人は示されていませんが、税負担を軽くする意図から祖父が受取人になっていた可能性が高いと考えられます。
この場合、祖父が保険料を負担し死亡保険金を受け取れば、祖父の一時所得として所得税が課税されます。所得税が課税される理由は、受け取った死亡保険金と支払った保険料の差額が、祖父の儲けになるからです。一時所得は、この差額から最大50万円を差し引いた残額の2分の1しか課税対象にならないので、税負担は少なくなります。
祖父と孫の年齢差を考えると、孫が祖父より先に死亡する可能性は極めて低く、死亡保険金を受け取る前提での契約としては合理性が低いものであったといえます。
吉田課長「この養老保険の保険期間は10年でしたよね」
はい。祖父が満期保険金を受け取るには、加入後10年間生存する必要がありました。満期保険金の受取人は祖父とされており、もし満期を迎えれば死亡保険金と同様に祖父の一時所得として課税されることになります。
吉田課長「祖父がこの養老保険に加入した目的はなんだったのでしょうか?」
推測ですが、祖父は「満期保険金」を受け取ることを目的としていたのではないかと思われます。なぜなら、実際には満期を迎える直前に祖父が死亡したことで、相続税と贈与税の負担が非常に大きくなってしまったからです。
もし投資目的で養老保険に加入していたのであれば、一時払い保険の利回りを検討することになります。しかし祖父は満期の約2ヵ月前に死亡したため、結果的に多額の相続税と贈与税が発生してしまいました。
吉田課長「なるほど。満期まであと少しというところで死亡してしまったのですね」
はい。その結果、満期保険金の受取人は孫3名となり、各人が約700万円を受け取りました。孫たちは保険料を負担していないため、この受取金には贈与税が課税されました。そして翌年、贈与税の申告を行い納税しています。
吉田課長「この保険契約では、贈与税の負担は避けられませんね」
ところが、それだけでは終わりませんでした。相続税の課税も重なり、さらなる悲劇が襲ったのです。
吉田課長「いったいなにが起こったのでしょうか?」
一家を襲ったさらなる悲劇
税務署は、被相続人の子どもである相続人Aと相続人Bに対し、相続開始日にこの普通養老保険契約を解約した場合に支払われる還付金、契約者配当金、未経過保険料の額(=生命保険契約に関する権利)が、みなし相続財産として相続税の課税対象になると判断したのです。
その結果、孫3名は祖父から満期保険金を贈与により取得したのではなく、相続人であるAまたはBから贈与により取得したことになりました。
これを不服とした相続人Aは、審判所に訴えました。
吉田課長「審判所は、どのように判断したのでしょうか?」
審判所は次のように述べました。
「本件相続開始日において、保険事故(被保険者の死亡)が発生しておらず、また保険期間も満了していないことから、生命保険契約に関する権利は契約者である被相続人(祖父)に帰属する財産である。請求人および共同相続人は、被相続人の死亡により生命保険契約に関する権利を相続によって承継(取得)した」
つまり審判所は、税務署長の「みなし相続財産に該当する」という主張を認めました。
吉田課長「もし、被相続人(祖父)の死亡前に保険期間が満了していた場合はどうなったんでしょうか?」
すでにお話ししたことですが、保険金の受取人は生命保険契約に従って祖父になり、所得税(一時所得)が課税されます。つまり、孫3名が保険金の受取人になる場合は、相続税と贈与税の2つの税が常に課税されるということです。
この裁決事例からは、保険金が支払われるタイミングや相続開始日の違いによって、課税関係が大きく変わる可能性があるということがわかります。
多田 雄司
税理士



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