「人民解放軍」を巻き込んで激化する「習近平派」と「反習近平派」の暗闘…軍が「機関紙」で“独裁体制を批判”の意味

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第1回【「習近平政権」の今後を占う「4中全会」はなぜ“10月開催”となったか…背景に激化する“権力闘争”、軍幹部が相次いで“失脚”する異常事態も】からの続き──。中国共産党の中央軍事委員会は2024年10月30日、ある公式文書を交付し、人民解放軍の機関紙「解放軍報」は11月1日の1面に、この文書の概要を掲載した。これが極めて重要な意味を持つという。(全2回の第2回)

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習近平国家主席の権力基盤が揺らいでいる──解放軍報の1面を読み解くと、現在の中国で繰り広げられている習派と反習派の権力闘争の“原点”が浮かび上がるというのだ。

田中三郎氏は中国軍事問題の研究家として知られ、月刊誌『軍事研究』に発表する論文は常に高い評価を受けている。田中氏は防衛大学校から陸上自衛隊に進み、一貫して中国人民解放軍の調査、研究を積み重ねてきた。中国の専門家だけあり、自衛隊から外務省に出向した経験も持つ。

田中氏は「この公式文書は『強軍文化繁栄発展のための実施綱領』というもので、非常に興味深い内容になっています」と言う。

「解放軍報が掲載した概要からは『習近平』の名前が削除されており、代わりに『党の指導』が繰り返し強調されたのです。つまり解放軍は『党の指導には従うが、習氏の個人的独裁体制には従わない』という意思を紙面で示したことになります。この『実施綱領』に先だって発行された8月10日付の解放軍報にも『民主的な意思決定は党組織の集団的意思決定であって、個人的独断による意思決定ではない』との一文があります。解放軍は昨年夏の時点で習氏の独裁体制を批判していたと見るべきでしょう」

共産党は解放軍より上

2023年9月から李尚福・国防相の消息が不明となり、24年6月に党籍が剥奪された。その2カ月後の8月、解放軍報が「個人的独断による意思決定」を批判。10月末に中央軍事委員会が「実施綱領」を交付し、11月1日に解放軍報が概要を1面に掲載した。

すると11月28日、中国国防省は習氏の側近として知られた中央軍事委員会の苗華委員が職務を停止され、重大な規律違反の容疑で調査が行われていると発表した。

今年に入ると、解放軍制服組のトップである何衛東・軍事委副主席の動向が3月中旬から急に途絶えた。やはり何氏も習氏の側近だったが、現在は失脚が確実視されている。さらに一部のアメリカメディアは粛清説を報じた。

こうして振り返ると、中央軍事委員会と解放軍報が習氏の独裁制を批判した前後、軍の幹部が相次いで失脚するという時系列が明確に浮かび上がる。

「中国では党が全ての権力を掌握しており、解放軍は党に絶対服従です。そして習氏は台湾侵攻を重視するあまり、侵攻を担う海軍と空軍を優遇し、陸軍とロケット軍を冷遇してきました。これに不満を持つ解放軍の幹部を、中国共産党の反習派が支援している可能性が考えられます。中央軍事委員会における制服組委員の定員は6人ですが、存在が確認されているのは3人に過ぎません。なぜ3人分の“空席”があるのか、それは党の反習派が解放軍の幹部に『委員に就任することは、習氏の部下になることを意味するぞ』と圧力をかけているからではないでしょうか」(同・田中氏)

習氏の持つ権力

反習派が危機感を強くしているのは、中国で不動産バブルが弾けたことも大きい。中国で土地は原則、国有だ。共産党は不動産バブルを発生させ、国有地の価値を高めることで莫大な収入を得てきた。だがバブルは崩壊し、地方の共産党は目先の党費にも事欠く状況だという。

「『党の資金さえ著しく減少しているのに、何が台湾侵攻だ』というのが反習派の考えです。とはいえ、習氏が掌握している権力も依然として相当なものがあります。例えば中国における軍管区は『戦区』と呼ばれ、東部、南部、西部、北部、中部の5つに分かれています。このうち首都の北京市に司令部を置く中部戦区が最重要の戦区であり、その中部戦区の司令官は王強氏です。王氏は空軍上将で、習氏の抜擢で出世した軍人なのです。習氏は『たとえ地方で軍が反乱を起こすという最悪の事態が発生しても、王氏が中部戦区を統率していれば鎮圧できる。大丈夫だ』と考えているはずです」(同・田中氏)

8月に中国共産党の重要会議である4中全会が開かれ、そこで習氏に退陣が要求されるという観測も流れていた。だが田中氏は「今も習氏が相当な権力を維持している以上、焦点は習氏が3期目を満了する2027年の党大会になると思います」と言う。

“禅譲”を目指す反習派

「反習派の勢いが習派を圧倒していると仮定しても、反習派は後継者が決まっていません。後継者を決めるのには、それこそ2年ぐらいの時間が必要です。習氏も3期目を終えたという“花道”を用意され、いわゆる民間企業でいう顧問とか相談役という、それなりのポストに就いてもらうことで、穏やかな“政権交代”を成し遂げるというのが最も現実性の高いシナリオではないでしょうか。中国の歴史では平和的な方法で王朝が交替することを『禅譲』と表現しますが、まさに現代の禅譲を共産党は目指すと考えられます。そして、習政権の後は集団指導体制に移行するのではないかと考えます。つまり2003年から13年まで国家主席を務めた胡錦涛氏の集団指導体制に戻る可能性があるということです」(同・田中氏)

第1回【「習近平政権」の今後を占う「4中全会」はなぜ“10月開催”となったか…背景に激化する“権力闘争”、軍幹部が相次いで“失脚”する異常事態も】では、中国解放軍の幹部人事に異常事態が連続して起きており、その背景には何があるのか、田中氏の分析を詳細に報じている──。

田中三郎(たなか・さぶろう)
1938年10月、岐阜県高山市生まれ。1972年、防衛大学校電気工学科卒業、陸上自衛隊に任官。一貫して情報幹部として人民解放軍などを調査、研究。一時期外務省中国課に出向し外務事務官として勤務。陸上自衛隊小平の業務学校業務管理教育部長(1佐)を最後に退官。現在は主に月刊誌「軍事研究」に論文を発表している。

デイリー新潮編集部

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