「輪転機をぐるぐる回して日本銀行に無制限にお札を刷ってもらう」故安倍首相の言葉どおり、事実上の財政ファイナンスを続ける日本銀行の憂鬱

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「バリバリの金融実務家であった私が、わからないことがあれば一番頼りにし、最初に意見を求めたのが山本謙三・元日銀理事です。安倍元総理が、もし彼がブレインに選んでいたら、今の日本経済はバラ色だったに違いない」

元モルガン銀行・日本代表兼東京支店長で伝説のトレーダーと呼ばれる藤巻健史氏が心酔するのが元日銀理事の山本謙三氏。同氏は、11年にわたって行われた「異次元緩和」は激烈な副作用がある金融政策で、その「出口」には途方もない困難と痛みが待ち受けていると警鐘を鳴らす。

財政ファイナンスに酷似する日銀の国債買い入れによって財政規律は弛緩し、予算の膨張に歯止めがかからなくなった。異次元緩和の終了による金利上昇によって、今後、国債の利払い費の急増が予想される。はたして、世界最悪レベルにある日本の財政は持ちこたえることができるのか。

※本記事は山本謙三『異次元緩和の罪と罰』から抜粋・編集したものです。

財政ファイナンスに酷似する日銀の国債買い入れ

異次元緩和の最大の特徴は、国債の大量買い入れにある。図表4-4は日銀の国債保有額の推移であり、異次元緩和の開始後、劇的に増加した。

異次元緩和が始まる直前の2013年3月末の日銀の保有国債残高は、約125兆円。これが10年後の2023年3月末には約582兆円まで駆け上がった。10年間で4.7倍だ。これを見ただけでも、異次元緩和が異形の政策であったことが分かる。

2013年4月から2023年3月までの保有国債の増加額は、約456兆円(差し引きとわずかに合わないのは、四捨五入によるもの)。同期間中の新規国債発行額は約480兆円だったので、新規国債発行額の約95%に相当する国債を市場から買い上げた計算となる(図表4-4の下段)。この間の新規国債発行には、新型コロナ対策として巨額の補正予算を組んだ2020年度分109兆円も含まれる。この巨額の赤字を、日銀はほぼ丸吞みした格好である。

これほどの巨額の買い入れは、2つの大きな問題を引き起こした。第1は、中央銀行が本来行ってはならない財政ファイナンスに酷似したものとなったこと、第2は、金融市場の市場機能を損なったことだ。後者は次章で述べる。

財政ファイナンスとは、中央銀行による国債の引き受けや中央銀行からの借り入れで財政赤字を賄うことをいう。世界の多くの国がこれを禁止し、日本でも財政法第5条によって禁じている。

中央銀行が存在しなかった時代の近世ヨーロッパでは、王室が財政と貨幣発行の両方の機能を担っていた。王室は、貨幣を大量に発行して放漫財政を賄い、貨幣価値の下落、すなわちインフレーションを引き起こして人民を苦しめた。中央銀行制度が確立したあとも、中央銀行が国債を引き受けた結果、激しいインフレに見舞われた例は多い。

日銀のホームページにある「教えて!にちぎん」のコーナーに、「日本銀行が国債の引き受けを行わないのはなぜですか?」との問いがある。やや長くなるが、回答を引用してみよう。

「中央銀行がいったん国債の引受けによって政府への資金供与を始めると、その国の政府の財政節度を失わせ、ひいては中央銀行通貨の増発に歯止めが掛からなくなり、悪性のインフレーションを引き起こすおそれがあるからです。そうなると、その国の通貨や経済運営そのものに対する国内外からの信頼も失われてしまいます。これは長い歴史から得られた貴重な経験であり、わが国だけでなく先進各国で中央銀行による国債引受けが制度的に禁止されているのもこのためです。(以下、略)」
(日本銀行ホームページより)

日銀が異次元緩和のもとで行った国債買い入れは、法律上、財政法第5条に触れるものではないとされる。法律は国債の引き受けや直接の借り入れを禁じているのに対し、日銀の国債購入は市場からの買い入れの形態をとっているからだ。

また、異次元緩和下の日銀は、終始「国債買い入れは物価目標2%の達成のために行うものであって、財政ファイナンスを目的とするものではない」と述べてきた。

だが、問われるべきは、巨額の国債買い入れが、財政法第5条の趣旨に込められた「財政節度(財政規律)を失わせる」ことにつながっていないかである。たしかに、形式的には国債の引き受けには当たらないが、現実は、政府が市中に発行するや否や、間髪を容れずに市場から買い入れている。発行代金の払い込みのあった翌営業日には、日銀の買い入れ対象となる。

法律上の解釈は別にして、経済的な機能は財政ファイナンスにきわめて近い。実際、安倍晋三元首相は、首相就任前や辞任後に、繰り返し「輪転機をぐるぐる回して日本銀行に無制限にお札を刷ってもらう」と公言していた。目的さえ違えば、政府の資金繰りを丸ごと面倒みてよいという話ではないだろう。

日銀は、国の予算はもっぱら政府、国会で決められるものであり、日銀が行った異次元緩和が財政規律に影響を及ぼすものではないと考えていたようだ。もちろん、財政規律は一義的には国会の責任である。だからといって、日銀に責任がないとするのは間違いだろう。財政赤字をほぼ丸吞みするだけの金額を日銀が買い入れれば、財政規律が働きにくくなるのは当然である。

*本記事の抜粋元・山本謙三『異次元緩和の罪と罰』(講談社現代新書)では、異次元緩和の成果を分析するとともに、歴史に残る野心的な経済実験の功罪を検証しています。2%の物価目標にこだわるあまり、本来、2年の期間限定だった副作用の強い金融政策を11年も続け、事実上の財政ファイナンスが行われた結果、日本の財政規律は失われ、日本銀行の財務はきわめて脆弱なものになりました。これから植田日銀は途方もない困難と痛みを伴う「出口」に歩みを進めることになります。異次元緩和という長きにわたる「宴」が終わったいま、私たちはどのようなツケを払うことになるのでしょうか。

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