「運動は老化を早める」説は真実か…疑問に思った研究者が導き出す「意外な結論」

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ミドル~シニア層の日本人にとって、真に有効な健康習慣とは? あなたの「老化時計」の進み方を大きく変える、「食事」「運動」「ライフスタイル」について、最新研究の成果から解説。「健康の常識」をアップデートする新連載!

本記事は、『健康寿命と身体の科学 老化を防ぐ、50歳からの「運動・食事・習慣」』(樋口 満・著)を一部抜粋・再編集したものです。

なくてはならない酸素の「意外なデメリット」

現在を生きる私たちが生活している地球の平地では、大気中に約21%の酸素が含まれています。私たちは、その酸素の恩恵を受けて、食事でとったエネルギー産生栄養素(主として糖質、脂質、副次的にたんぱく質)に含まれているエネルギーを、呼吸によって効率よく利用して、日常生活を送っています。

当たり前にこの星に存在しているように思える「酸素」ですが、地球史レベルでみると、そうとも限りません。約46億年前に地球が誕生して数億年が経過したころは、とてもわずかな酸素しか地球上に存在していませんでした。そこに、最初の生物として嫌気性菌が出現しました。

それからしばらくして、嫌気性菌は毒性作用がある酸素によるダメージを防御する機能(抗酸化機能)をもつようになります。そして、地球上に存在している水(H2O)の紫外線による分解や、光合成をする生物の登場によって、酸素が発生しました。

やがて酸素濃度が上昇していくと、真核生物も出現しました。真核生物の細胞内には、紫外線などによる酸化のダメージを防御するために核があり、核内には遺伝情報を保有するDNAが保存されています。さらに、酸素を効率よく利用してエネルギーを生産する機能をもったミトコンドリアを細胞内に組み込んだ好気性生物が出現したことで、生物は劇的に進化します。こうして、現在の生物界が形成されていったのです。

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このように、酸素の利用は生物の進化に大きなメリットをもたらしましたが、生体が酸素を利用する際には、デメリットも背負わざるをえませんでした。それが、「酸化ストレス」です。

酸化ストレスは「万病のもと」

私たち人間は大気中に約21%存在する酸素を体内に取り込み、これをエネルギー産生に利用することで生命を維持しています。しかし、エネルギー産生の際に酸素を利用する過程で、一部の酸素は活性酸素種へと変換されます。適度な活性酸素種の産生は、生体の恒常性を維持するのに不可欠ですが、生体の抗酸化能力を上回る過剰な活性酸素種の産生は「酸化ストレス」を引き起こします。

慢性的かつ過剰な酸化ストレスは、心血管疾患、がん、神経変性疾患、糖尿病などの病態だけではなく、老化プロセスにも関与していることが示唆されています。そのため、安静時における酸化ストレスレベルを適切な範囲にコントロールし、疾患や老化の進行を抑える方策が必要であると考えられます。

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そのためには、まず、安静時酸化ストレスを決定する生活習慣や生物学的因子を特定する必要があると我々の研究グループは考えました。

そこで、客観的に測定された体力を含めて、安静時の酸化ストレスを決定する生活習慣および生物学的因子を明らかにする試みをしました。対象者は、早稲田大学が実施する、WASEDA’S Health Studyに参加する873名の中高年男女です。年齢、体格、生活習慣、服薬・サプリメントの摂取状況、体力、栄養摂取状況、血液中の酸化ストレスマーカーなどを調査・測定しました。

その結果、「喫煙」「体格指数(BMI)」「脚伸展パワー」の項目が、安静時の酸化ストレスと関連することが明らかになったのです。

運動は「酸化ストレス」を高めるのか?

今日では、運動・スポーツは青少年から中高年者に至るあらゆる年齢階層に対して積極的に推奨されており、その健康増進効果を疑う人は非常に少ないでしょう。しかし、20世紀の半ばまでは、激しい運動に対する消極的な態度が、スカンジナビア諸国を除く欧米においてみられました。

そのような態度の理論的背景には、エネルギー消費率が増加するほど寿命を縮めるという老化学説の代表的なひとつである「生涯代謝量一定理論」がありました。その後、「老化過程は細胞や組織に生じるラジカルが起こす連続的な有害反応によるダメージの蓄積である」という老化のフリーラジカル理論として発展していったことは、前の記事(なぜ人間は必ず老いるのか…学界で注目を集める「3つの老化学説」)でお話ししたとおりです。

フリーラジカルには、非常に反応性の強い酸素ラジカルであるスーパーオキシドやヒドロキシラジカルのほかに、窒素酸化物、脂質ラジカルがあります。実際のところ、加齢とともに、フリーラジカルを生成する酵素の活性増加と、それによる酸化ストレスを修復する抗酸化物質の機能低下により、生体防御機能が低下していきます。

この学説を「運動」に適用すると、「強度な運動トレーニングに伴う酸素摂取の増加が、酸素から生成された有害な酸素ラジカルによる組織のダメージを増加させ、それによって老化が促進する」という考え方になります。

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確かに、筋肉細胞内での酸素消費の激しい「一過性の疲労困憊運動」は、ラットの脚筋のフリーラジカル濃度と脂質過酸化の著しい増加をもたらし、ミトコンドリアと筋小胞体を損傷するとの報告がありました。しかし、「長年にわたって規則的に行われている激しい運動トレーニング」が、骨格筋の機能を損ねるという事実はそれまで報告されていませんでした。

「運動と老化」のほんとうの関係

そこで、私が1982年にワシントン大学医学部(セントルイス)に在外研究員として留学したとき、ジョン・ホロツィー(John Holloszy)博士から、動物実験による「運動トレーニングによる骨格筋の抗酸化酵素(SODとカタラーゼ)の適応的応答」という研究テーマを与えられました。

SODは、運動によって取り込まれた酸素(O2)から派生する強力なフリーラジカルであるスーパーオキシド(O2・-)を素早く過酸化水素(H2O2)に変換し、カタラーゼが生成したH2O2を水(H2O)へと変換して無毒化する機能を担っています。SODには、ミトコンドリア内に局在している「ミトコンドリアSOD」と細胞質にある「細胞質SOD」があります。

「年中無休24時間営業」をしている心臓の筋肉(心筋)には、骨格筋にくらべて有酸素性エネルギー生産の担い手であるミトコンドリアが非常に多く、酸化系諸酵素の活性も高いことが知られています。それに伴ってミトコンドリアSOD活性も骨格筋にくらべて2倍以上高くなっています。持久性トレーニングによって、その活性が変わるか調べたのですが、変化はみられませんでした。また、生体の代謝機能にとって重要な役割を果たしている肝臓では、細胞質SOD活性が他の組織にくらべて非常に高くなっているのですが、こちらも、持久性トレーニングによる変化は認められませんでした。


骨格筋SOD活性におよぼす運動トレーニングの影響(Higuchi et al.: J. Gerontol., 1985)

さらに、この研究では、持久性トレーニングにより骨格筋のミトコンドリアのSOD活性が約30%上昇することを世界で初めて明らかにすることができました(図「骨格筋SOD活性におよぼす運動トレーニングの影響」)。本研究はアメリカの老年医学雑誌に掲載され、長年にわたって運動と老化に関する多くの論文に引用されています。

運動トレーニングの老化予防効果の源は、抗酸化機能と、それに関連するいくつかの修復酵素の活性化にあるといえるでしょう。長年、抗酸化機能と運動トレーニングの関係を研究している、ハンガリー・スポーツ科学大学教授で、早稲田大学スポーツ科学学術院の連携教授でもあるジョルツ・ラダック(Zsolt Radák)博士は、運動トレーニングが細胞の核におけるDNAのダメージを減少させるという動物実験データから、「習慣的な運動トレーニングは、加齢に伴う酸化ストレスを改善させ、身体機能の改善、がんなどの病気の発症率を低下させる」との仮説を提唱しています。

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本連載では、スポーツ科学の第一人者が、「健康長寿の秘訣」をエビデンスに基づいてお伝えしていく。

【初回<「真面目なバス運転手」の悲しい末路…最新研究で明らかになった「寿命を縮める習慣」>を読む】

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健康寿命と身体の科学 老化を防ぐ、50歳からの「運動・食事・習慣」

樋口 満

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