(写真提供/リージョン・スタディーズ)
いま、全国的に増え続けている空き家。この問題に対処するべくユニークな挑戦を行っているのが、一級建築士の白坂隆之介(しらさか・りゅうのすけ)さんによる「ヤドカリプロジェクト」だ。老朽化した木造住宅を改修して耐久性や耐震性などを高めて長寿命化を図り、資産価値を向上することを目的とする。日本の社会課題と言える空き家問題を解決する“救世主”となるのだろうか。
空き家を改修して資産価値を高めたヤドカリハウスを拝見!
静岡県のJR浜松駅から約20分歩いたところに閑静な住宅街がある。駅からアクセスが良いにもかかわらず、比較的安価で住宅を取得できるとあって人気のエリアだ。ただ、昔からある住宅街ということもあり、近年は空き家も目立つ。少子高齢化や老朽化した住宅の解体費用がかかることなど売却するのは簡単ではないため増え続けている空き家だが、このエリアも然り。そんな同エリアの一角にある狭い路地を下ったところに一軒家がある。この家こそがヤドカリプロジェクトを進める一級建築士の白坂隆之介(しらさか・りゅうのすけ)さんによる作品の一つである通称「竪穴の家」(冒頭の写真)だ。
ヤドカリプロジェクトを進める株式会社リージョン・スタディーズの白坂隆之介さん(撮影/本美 安浩)
「竪穴の家は広さが71平米の2階建ての木造住宅です。2019年12月に当時築63年の空き家を購入して改修しました。現在、私の家族は金沢で暮らしており妻や子どもは住んでいませんが、私が仕事で来た際に住んだり事務所として使ったりしています。また2階にある1部屋を知人に貸したり、1階の土間をヨガ教室など地元事業者に時間貸ししたりしています」(白坂さん)。
竪穴の家の土間。採光が豊かで空間にゆとりがあるため開放感がある。現在は事務所や時間貸しスペースなどとして利用(撮影/本美 安浩)
東の庭に面するキッチン。敷地境界の擁壁と平行に建物を減築したので台形になっているのが特徴(撮影/本美 安浩)
土間南側の軒下空間。雨の日や日射しが強い日も使えるため土間での活動が拡張できる(撮影/本美 安浩)
さらに竪穴の家から7~8分歩いた場所に、白坂さんがヤドカリプロジェクトで最初に手がけた「がんばり坂の家」がある。この家もまた白坂さんが築古の空き家を購入して改修し、家族でしばらく住んだ後に売却した。
「『がんばり坂の家』はロフト付きで広さが57平米の木造一戸建てです。2018年に当時築55年の空き家を購入して改修し、家族で約2年間住んだ後、2020年の暮れに売却しました。購入者は小さなお子さまがいるご夫婦で住宅の基本性能の高さと開放感がある空間を気に入って購入していただきました」(白坂さん)。
白坂さんが最初に手がけたヤドカリハウス「がんばり坂の家」の外観(撮影/淺川 敏)
ヤドカリのように売却益で空き家を住み替えてステップアップ
「がんばり坂の家」のケースで驚くべき点は、築55年の木造住宅でも適切に改修すれば資産価値を高められるということだ。一般的にわが国においては築古の木造住宅の資産価値は低く見なされ、解体して更地にされてしまうことも多いのが現状だ。更地にするには解体費用がかかる点を考慮すると、築古の木造住宅の建物の資産価値は実質マイナスの場合も多いと言えよう。
がんばり坂の家の内観。木のぬくもりを感じられるよう素材を活かした改修を実施(撮影/淺川 敏)
「がんばり坂の家の例では、土地を除いた建物の売却額を10割とすると、空き家自体は約1割分のマイナス査定で取得しており、約8割かかった改修費との差し引きで約3割が利益でした。今回のケースは建築家である私自身が行ったために設計料などは含まれませんが、適切に改修を行うことで築古の空き家の資産価値を向上できることが理解できると思います」(白坂さん)。
街並みに溶け込むがんばり坂の家。半透明の断熱引き戸によって室内の明かりを映し出す(撮影/淺川 敏)
「改修費用は相応に必要ですが、解体費用を払って更地にして売却するより、空き家を再生したほうが収支はよほど良好です。新築同等スペックでも新築相場より多少安く買うことができ、古い家を大切に活かしているということが、買ってくださる方にとっても魅力になると思います」(白坂さん)。
現在、白坂さんの家族は妻の実家がある金沢で購入した空き家を改装した家に住んでいるが、浜松に戻ったら、この竪穴の家に再び住み、金沢の家を売却するまで賃貸などで運用することを検討しているという。
ヤドカリのように空き家の「住み継ぎ」を通じて住まいのステップアップを目指す「ヤドカリプロジェクト」(画像提供/リージョン・スタディーズ)
このように安価で取得した空き家を改修して居住後に売却し、それで得た売却益を原資にして新たな空き家を取得して同様の営みを繰り返す。ヤドカリが自身の成長とともに新たな貝殻を探すように、空き家の住み継ぎを通じて住まいをステップアップしてほしいとの願いを込めてヤドカリプロジェクトと白坂さんは名付けた。
再生できる「空き家」を放置するのは住宅資産の大きな損失でもったいない
欧米などでは中古住宅を改修して住み続けたり、売買したりすることは当たり前のように行われている一方、日本ではあまり行われていない。それを示しているのが2つのグラフ(下図)である。図にある青い棒グラフは各年における日米それぞれの全住宅の資産価値(市場評価)の合計額を表し、赤い折れ線グラフは各年までの住宅投資の累計額を表している。
国土交通省「中古住宅の流通促進・活用に関する研究会」の資料から抜粋
アメリカ(左)と日本(右)を見比べると違いは一目瞭然だ。アメリカは住宅の資産価値の合計額と投資の累計額がほぼ等しく推移しているのに対し、日本は住宅の資産価値の合計額と投資の累計額が乖離し、2010年ごろには資産価値の合計額は住宅投資の累計額の半分にも満たなくなることが分かる。現在も人口が増え続けているアメリカと人口減少期に入っている日本との間で住宅需要に大きな差があること、アメリカのほうが高くても中古が売れるという事情を考慮しても、その差は大きい。
「中古住宅を改修して長く住んだり流通させたりする慣習が少ないため、日本では住宅資産が失われてきたと言えます。わが国も長期優良住宅や価格査定マニュアルの改訂など、中古住宅を評価する仕組みは既に構築されています。こうした制度に沿って、改修した中古住宅を適切に評価し売買する事例を増やし、それを新しい慣習として定着させることが私の目標です」(白坂さん)。
耐久性や耐震性などの向上で耐用年数評価を75~100年にできる
空き家の長寿命化を図り、資産価値を高める方法は明解だ。「国が定めた中古住宅評価のガイドラインが参考になります。具体的には、住宅の耐久性を評価する指標『劣化対策等級』で最高位の3を取得すると、木造住宅の耐用年数が75年と評価されます。さらに断熱性や耐震性なども高めて『長期優良住宅』のお墨付きが得られれば耐用年数評価を100年とすることも可能です」(白坂さん)。
耐久性や耐震性の向上のため基礎をコンクリートで補強したり、筋交いを入れたりする(撮影/本美 安浩)
「木造住宅の耐久性をむしばむ大敵は水分とシロアリです。空き家を改修する際は壁の中が結露しないよう外壁に通気工法を取り入れたり、土台を地面から30cm以上の高さに据えて地面で跳ね返った雨水によりぬれないようにしたりする改修を行います。耐震性の向上策では、例えば建物の柱と柱の間に斜めに筋交いを入れたり、合板を入れたりして強化します」(白坂さん)。
バスやトイレは最新の設備を導入。壁などは耐水合板で施工するなど湿気対策を行う(撮影/本美 安浩)
普及への課題は、新築志向の脱却や改修費を住宅ローンで工面できる整備など
空き家を改修して長寿命化するヤドカリプロジェクトはストック資産を再利用することによる経済合理性や環境負荷削減など社会的意義は高いが、普及へのハードルもある。一例を挙げると、マイホームを購入するなら新築を手に入れたいという新築志向のマインドチェンジや、空き家を適切に改修すれば長寿命化や資産価値が向上することの啓蒙活動、金融機関などが中古住宅の資産価値を適切に評価して改修費用を住宅ローンとして貸せるインフラ整備なども必要だろう。
先進的な取り組みが評価され、2023年のグッドデザイン賞を受賞(BEST100入選)(撮影/本美 安浩)
「現在は事業拠点としての運用を目的とした4軒目のヤドカリプロジェクトを浜松で立ち上げるべく新たな空き家を調達するところです。ヤドカリプロジェクトでは空き家探しから家主との交渉、改修、運用、売却までを一貫して行います。既存の住宅ビジネスにはない取り組みなので1つのプロジェクトを回すのに時間がかかって大変ですが、やりがいを感じています。空き家を再生した拠点を地域に増やすことで点が線となり、やがて面とすることで地域を安心して暮らせる場所として永く受け継がれるものにしていきたいです」(白坂さん)
白坂さんは金沢と浜松の二拠点で活動しており、主にその移動経路上(浜松、愛知、滋賀、福井、金沢などの地域)であれば、空き家を再生できるかの相談に気軽に乗ってくれるそうだ。相続した空き家を改修して長く住みたい、空き家を再生した家に住んでみたいという方は問い合わせてみてほしい。
●取材協力
リージョン・スタディーズ
執筆
冨丸 幸太
|経済ライター
住宅情報(現SUUMO)編集部、大手経済誌やマネー誌の編集・記者などを経て、住まい・マネー・経済ライターに。難しい内容を分かりやすく伝えられるよう心がけています。
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