政府の備蓄米について記者会見する江藤農相=2025年2月14日、農水省
なぜもっと早く放出しなかったのか
昨年の夏以降、コメを買いにスーパーに行くと、品切れや“1家族、1袋”と購入量制限がつくことが増えた。そうした米の状況は、かつて1970年台の狂乱物価の時期、多くの主婦がトイレットペーパーを買い漁った光景を思い出させる。まさに“令和のコメ騒動”といえるだろう。
コメ不足がここまで深刻になった背景には、近年の異常気象の影響などで収穫量が伸び悩んだり、減少したりしたことがある。それに加えて、コメの流通経路が上手くワークしなかったことがある。そのため、供給が円滑に需要に対応することができなかった。そこに価格高騰を見込んで、コメの流通に関係のない業者までも多数加わって価格上昇に拍車をかけた。
今回の騒動に対応するため、政府が保有する備蓄米を市場に放出することで鎮静化を図る対策が出た。しかし、なんといっても、政府の対応は遅すぎる。コメの需給関係がタイトになりそうな段階で、農林水産省が迅速に備蓄米放出に踏み切っていたなら、状況は違っただろう。
昨年夏から10%超値上がりしている
もともと、わが国の農業政策は、コメの価格を下げないことを目的にしてきた。そのため、価格引き下げ効果を狙う政策を上手く運用することができなかった。3月中旬以降、価格上昇は一服する可能性はある。ただ、中長期的なコメの価格動向は見通しづらい。備蓄米放出の効果が一巡すると、再度コメの価格が不安定化するリスクは残りそうだ。それは、消費者物価の上昇に大きな影響を与える可能性がある。
消費者物価指数を構成する“うるち米A(コシヒカリ)”の価格推移を見ると、2022年11月以降、価格は前年同月の実績を上回るようになった。2024年夏場から上昇は鮮明化し10%を上回る上昇を記録した。
農林水産省によると、2024年、国内のコメ相対取引価格の平均値は60キロあたり2万3715円に上昇した。1993年、冷夏の影響で生産量が減少し上昇した価格(2万3607円)を上回り、統計開始以来の最高を更新した。相対価格とは、出荷団体(代表はJA全農)と卸売業者間の主食用米の取引価格を指す。
まるで「マスクの買い占め」の時のようだ
昨年12月単月で見ると、全国平均のコメの相対価格は前年同月比60%上昇の2万4665円に達した。値上がりが鮮明になるにつれ、先々のコメ不足に備えわれ先に米を買い求める大勢の人の姿がニュースで報じられた。
一方、高い価格水準に購入をあきらめる人も増えた。そうした状況から、1973年の“トイレットペーパー買い占め騒動”や、コロナショック発生直後のマスクやアルコール消毒液の買い占めを思い起こした人も多いだろう。
コメ価格上昇要因の一つは、異常気象などでコメの収穫量が思ったほど増えない、あるいは減少したことだ。2023年夏の気温上昇の影響で、コメの育成不順が深刻化し生産量は減少した。スーパーの精米コーナーに米袋がない状態に目をつけ、もともと水稲耕作やコメの流通に関係のない事業者までもコメの流通に参入した。報道によると、ITやスクラップ業者が農家から直接コメを買い入れて流通事業に参入した。
フリマサイトで「10キロ1万円」が完売
いわゆる“転売ヤー”の存在も価格上昇に影響しただろう。国内のオンライン・フリーマーケットでは、値上がり前に4000~5000円だった10キロ袋に入ったコメが、1万円を上回る価格で完売したケースもあった。コメの不足は“パックご飯”の値上がりにもつながった。
円安による海外観光客の増加も、コメの需要を押し上げ、供給不足の深刻化につながった要素の一つとの見方もある。価格上昇に目をつけた利益獲得を狙う人の増加で、コメ不足と価格上昇は一段と深刻化した。わが国のコメ流通の仕組みの硬直性も、需給の円滑なバランスを難しくしたともいえるだろう。
昨年夏場、小売店舗におけるコメ不足が顕在化したタイミングで、農水省が備蓄米の放出を実施していたなら、令和の米騒動はここまで深刻化しなかっただろう。1993年のコメ不足(当時は冷夏によるコメの生育不順でコメの供給量が減少し、価格上昇)のように、緊急的にコメの輸入を増やす選択肢もあったかもしれない。
しかし、政府の意思決定は時間がかかった。1970年から2018年まで、わが国は減反政策(生産調整)を実施し、コメの価格を下げないようにしてきた。減反を実施する農家に対して、政府は補助金を支給し、所得が大きく落ち込まないよう配慮した。
限定されている流通経路も弊害に
わが国では、コメ流通経路の多様化も進みづらかったと考えられる。国内で生産されるコメは、主として各地のJAが買い上げる。それによって、農家は自ら販路を開拓する必要性から解放された。コメの生産を守るため、政府は輸入米に対する関税も高水準で維持した。
コメ不足が深刻化するに伴い、政府は慎重に備蓄米の放出を検討し、今回、最大で21万トンの備蓄米を放出する方針を示した。放出されるコメは、2024年6月時点の備蓄残高(91万トン)の23%に相当する。
3月上旬から政府は備蓄米の入札を開始し、初回は15万トンを放出する方針だ。農林水産省公表の『米に関するマンスリーレポート』によると1月時点で、向こう3カ月のコメの需給はタイト化し、価格も高くなると予想する取引関係者は増えた。価格上昇観測はかなり強かったとみられる。
備蓄米の放出は価格上昇期待を抑え、IT業者らによる買い占め、転売の減少につながる可能性を持つ。そうした効果やコメの需給バランスを確認したうえで、政府は2回目以降の放出を実施することになるだろう。3月末には、入札で供給されたコメが店頭に並びはじめるとみられる。備蓄米の放出で供給量が回復するに伴い、価格上昇圧力は少しずつ和らぐと予想される。
写真=iStock.com/anuchit sirikangwan
コメ不足は長期化する恐れ
ただ、今回の備蓄米放出の効果が、長い期間、持続するとは限らないだろう。政府は1年以内に、放出した分のコメを買い戻す方針を示した。その背景には、価格の下落が農家に与えるマイナスの影響を緩和する配慮があるとみられる。
今後、コメの供給量減少懸念が再燃し、そのタイミングで政府が買い戻し策を実行すると、コメの価格は再上昇するかもしれない。そのリスクは残る。近年、異常気象や肥料価格の上昇により、コメをはじめ食料の価格は上昇基調にある。
異常気象によるコメの供給量減少、それによる価格上昇の影響を抑えるためには、政府の備蓄だけでなく調達網の多様化を図る必要性もあるだろう。今回の米騒動をきっかけに、政府が海外からのコメの輸入増を検討する意義はあるはずだ。
農業政策を抜本的に見直すべき時にきている
しかし、依然として政府は、既存の農家や取引業者の保護を重視しているようだ。2月12日、江藤拓農相は年間約77万トンのコメのミニマムアクセス(最低輸入量)を縮小する方向で交渉を始めたと発表した。
そうした政策は、国内農業事業者の成長を抑制するかもしれない。国内産のコメの価格が高くても需要があることは、わが国の農産品の品質は高いことを意味する。そうした強みを活かして、異常気象に耐性のある品種を開発する。あるいは収穫後の稲株を利用して秋に2度目の収穫を行う“再生二期作”を実現する。
新しい取り組みにチャレンジする農業事業者の増加は、国内の需給バランスの安定化に寄与する可能性を持つ。高付加価値の農産物の生産は、付加価値ベースでのわが国農業の国際競争力向上にもつながるはずだ。
備蓄米放出の効果が一巡した後、コメの需給が落ち着けばよいが、気候変動の影響など不確実性は残る。少し長めの目線で考えると、再度コメの価格が上昇し、相場の不安定感が高まる懸念はありそうだ。政府は、そろそろ本格的な農業政策の改革を目指すべき時にきていると考える。
コメント