やっぱりノルマがあるんだ…《元警察官が暴露》職質と交通違反取り締まりの「危うい裏側」

小説やドラマでは決して描かれることのない警察官のリアルを記した、元警察官の安沼保夫氏が「身バレ覚悟」で書いた新刊『警察官のこのこ日記――本日、花金チャンス、職務質問、任意でご協力お願いします』が話題だ。

本書から、現場の警察官に課される“ノルマ”の実態を描いたエピソードを紹介する。

ノルマに四苦八苦する警察官たち

「さあ、今日は給料日後の花金ですからね。チャンスですよ!」 

調布署地域課の統括係長が、夜勤前の指示でハッパをかける。

月末の金曜日には、酒を飲んだ帰り、終電を逃すなどして、路上に停めてある自転車を失敬する人が増える。検挙数や交通違反取り締まり件数を増やす“チャンス”なのだ。

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われわれ地域警察官の仕事はどう評価されるのか?身も蓋もない言い方をすれば、職質検挙と交通取り締まりの件数だ。これが多ければ優秀、少なければ尻を叩かれる。

勤務前にこうしてプレッシャーをかけてくるのは地域課長や、1〜4係のトップである統括係長(警部補)だ。月の初めには、「今月早めに検挙しておけば、あとが楽ですよ」と猫なで声で言ってくるし、月の下旬まで成績が悪い(注1)と「実績がないと分限(注2)になるよ」と脅されることもある。

尻を叩かれるのは、私のような若手だけではない。先輩の浦口や神宮司もしかりで、地域警察官ならこの宿命から逃れることはできない。“取れ高”を求めて駆けずり回ることになる。

【注1】成績が悪い

書類カバンには「実績管理表」(通称「売上げ表」)という個人ごとの検挙実績を記載するA4用紙がある。これがわれわれの「成績表」だ。夜勤明けに署に提出するのだが、検挙数の欄に「0」と書いた折、地域課長から赤ペンで「やる気出せ!」と指摘された。警察にも厳しい赤ペン先生がいるのだ。

【注2】分限

「懲戒処分」の一種で、職員の身分保障を前提としながらも、公務能率の観点などから降格させたり、休職させたりするもの。もちろん実際には不祥事などを起こさないかぎり、そう簡単に降格などにはならないのだが、脅し文句としては有効。

警察官の「ゴールデンタイム」

一当務(日勤と夜勤の1サイクル)で交通違反の切符1.5本が「努力目標(注3)」。つまり、2人で3本切れば合格。職質検挙のほうは1人あたり月1件が目安だ。

まじめに“努力”すれば、このくらいの目標はたいてい達成できる。ただ、110番が立て込んだり、雨が降っていて人出がなかったといった外的要因もあるので成績が上がるかは運次第ともいえる。

このように事実上のノルマがあると、どうなるか?

パトロールよりも、自転車検問に専心するようになる。そのほうが成果が出やすいからだ。

実際、布田交番に着任当初、夜間パトロールで地域の安全に貢献したり、クルマを職質して違法薬物を発見したいと意気込んでいた私を見て、神宮司センパイは「大物狙いしないで、自転車(検問)やって売上げあげたほうがいいよ」とアドバイスしてくれたのだった。

「売上げ」を狙う警察官にとって終電終了後から始発が動き出すまでの時間は「ゴールデンタイム」だ。とくに終点になっている駅は“アツい”。ここにタクシードライバーとともにおまわりさんが群がる。

【注3】努力目標

そのほかにも「活動報告書10枚」といった目標も設定されていた。「活動報告書」とは、不審者情報や、警戒対象に立ち寄り警戒した旨を書き込むレポートで、調布署では「調布飛行場」や「変電所」がテロの攻撃対象となりうる(通称・ソフトターゲット)警戒対象とされていた。「調布飛行場、22時に警戒して異常なし」などというしょーもない報告書(通称・紙爆弾)を量産して実績を稼いでいた。なかには、行ってもいないのに「立ち寄り警戒」の報告書を書く不届き者もいた。

挙動不審は“激アツ展開”

アヤシイ人物を発見したら、まずひと声かけて停止を求め、自転車から降りてもらう。続いて、自転車に貼付してある防犯登録の確認。無線で署に防犯登録の番号を伝え(注4)、登録ナンバーをチェック。乗っている人の名前と一致していることが確認できたら、感謝の意を伝え、挙手敬礼で締めくくる。

乗っている人と名前が一致しなかったり、自転車に盗難手配が出ていたりすると“リーチ”がかかる。目を逸らしたり、そわそわと体を揺らすなど挙動不審だと“激アツ”だ。パチンコと一緒で自然と心が浮き立ってくる。

ワクワクしながら事情聴取をスタート。「売上げ獲得」は目前だ。ただ、知人から借りている自転車だとか、乗っている本人が以前盗まれて被害届を出したあと自分で発見して乗っていたなんてガックリ来る“空振り”パターンもある。

指導巡査・神宮司センパイの教えはこうだ。

「どうしても売上げがあがんねーときの奥の手、教えてやっから。駅のそばに路上に放置してあるカギの壊れた自転車を見つけておくんだ。電柱の陰とか、ちょっとわかりづらいくらいがちょうどいい。で、それを離れたところから監視する。そのうち酔っ払いがやってくっから、それを待てばいい」

【注4】無線で署に防犯登録の番号を伝え

無線報告の数が少ないと「おまえ、あまり鳴いてなかったな」と上司から注意される。警察官ごとに自転車の照会件数を計上しているという話も聞いた。その結果、テキトーな放置自転車の防犯登録を無線で照会する者もいた。うっかり盗難手配の出ている放置自転車を「職質」してはマズいので、あらかじめその防 犯登録を交番で調べておく。これを「カラ鳴き」と呼んだ。仮に検挙がなくても照会件数が多ければ「まあ仕方ないか」と許される空気があったのだ。

「ほかにやることねーの?」

「そんなことしていいの?」と思われるだろうが、ここまでは「違法(注5)」ではない。

とはいえ、これはノルマのための仕事で、やる意義が見いだせない。新人の私はどんなにノルマに困っても、この方法をやる気にはならなかった。奥の手は使わなかったが、駐車禁止、右折禁止、一時停止違反など、交通違反はひととおり取り締まった。

「ほかにやることねーの? ヒマだねえ」なんて嫌味をぶつけられたことも多々ある。自分が正義だと信じられるなら毅然としているだけだが、どこかに「たしかに……」と思うところがあると、心が揺れる。たまに情けなくなることもある。

ノルマに追い回されて疲弊する浦口や神宮司を見ていると、私も将来こうなるのかと思い、このままでいいのかという迷いも生じてくるのだった。

【注5】「違法」ではない

某署のおまわりさんが放置自転車を回収したうえで(しかもご丁寧にパンク修理まで施して)路上に再放置して「おとり捜査」に使ったとして処分された。これは当然、犯罪行為であり、許されるものではない。

つづく記事〈“コスパの悪い犯罪者”は捕まえたくない…《元警察官が告白》60代万引き犯を5分で解放した「切実な内部事情」〉では、警察官のさらなるノルマの実態が明らかになる。

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