ビートルズをしのぎ全米1位の大ヒットを飛ばした人気バンドが、“あっという間に凋落”した驚きの真相【『ブラッド・スウェット&ティアーズに何が起こったのか?』】

 グラミー賞最優秀アルバム賞を受賞した大人気バンドがわずかな間に消えてしまった。いったい何があったのか? 初めて明かされた真相に、洋楽ファンのジャーナリスト・相澤冬樹も驚愕!

米政府の思惑が強く働くサスペンス

 そんなに大したこととは思わなかったんだ。“鉄のカーテン”の向こうで本場のロックを聴かせてやろうぜってな感じでさ。ライブ自体は大成功だったけど、まさかこんなことになるなんてなあ……

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 “血と汗と涙”は努力と苦難の象徴。その名を冠したいかにもアメリカンなバンド「ブラッド・スウェット&ティアーズ」(1967年結成)は、ロックとジャズを融合しホーンセクションを配したブラス・ロックの先駆者だ。映画冒頭で響くホーンの「パパパパパ、パパパパーパ」というイントロで「あ、これ知ってる」と気づく方もいると思う。70年代ワイドショーの人気コーナー「テレビ三面記事」で使われていた。この「スピニング・ホイール」という曲を含むアルバム『血と汗と涙』は全米1位の大ヒットとなり、1969年のグラミー賞でビートルズの『アビー・ロード』をしのぎ最優秀アルバム賞に輝いた。

 それから数年、ロック好きの高校生だった私にとってすでに「過去の人たち」というイメージだった。その背景にまさかこんな事情があったとは、映画を観るまで知らなかった。それは一言で言うなら「米政府の思惑が強く働くサスペンス」だ。

 1970年、人気絶頂だったバンドは、米国務省が主催する東欧3か国のツアーに出かける。冷戦のさなかでヨーロッパは“鉄のカーテン”により東西に分断されていた。米政府には、芸術などのソフトパワーで東欧諸国に切り込みたいという思惑があった。

共産圏ツアーをやるか、解散するかを迫られていた

 当時アメリカはベトナム戦争の真っただ中。戦争反対の声とともにニクソン政権への批判が高まる時に、政府主導のツアーは非難を浴びると反対したメンバーもいた。それでも彼らは共産圏に入る初のロックバンドとなる。なぜ? その理由が初めてメンバーから明かされる。バンドはある事情で「ツアーをやるか、解散するか」を迫られていたのだ。

 ツアーにはやはり国務省が手配した撮影クルーが同行する。この映画の最大の見所は彼らが東側諸国で撮影した映像だ。とりわけ圧政がひどかったと言われるルーマニア。飛行機から降りるとマシンガンを持った兵士たちが待ち構える。街では常に監視の目が光る。コーヒーショップで逆さまの新聞に穴をあけてこちらを見ている人物が。バレバレの尾行をする人物も。ピンクパンサーのような“お笑い”の世界が現実にあった。

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 だがコンサートが始まると客席は一気に盛り上がる。熱烈な拍手を送り、終了後もアンコールを求める声がやまない。バンドも再びステージに上がってアンコールに応える。共産圏を揺るがせたライブが映像で蘇る。当時の観客がインタビューに応えている。

「自由な感じが格別だった」

「世界がひっくり返るような体験だった。単なるロックコンサートではなく、私たちルーマニア人に国境の先の大きな自由を教えてくれた」

 この2年前、同じ東欧圏のチェコスロバキアで「プラハの春」と呼ばれる自由と民主化の動きがあったがソ連軍の介入で弾圧された。ルーマニアの人々も自由を求める気持ちがあったに違いない。客席には両手に手錠を付けて掲げる人もいた。大勢がピースサインを掲げながら「USA! USA!」とコールした。

突き付けられた10の要求

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 これはルーマニア政府にとっては都合が悪い。翌日のコンサートを前に米大使館を通しバンドに10の要求を突き付けてきた。守られなければショーは中止だという。その時のやり取りも映像で残されているが、ここも見もので笑うしかない。要求の第1は「ロックよりジャズを」。すかさずメンバーの一人が突っ込んだ。

「ルーマニア側の誰がジャズかどうか判断するの?」

 バンドは「冗談じゃない。俺たちのやり方でいくぜ」と開き直る。会場では犬を連れた警備兵が監視していたが「目一杯ロックで盛り上げた」。ボーカルがドラを鳴らしステージに放り出すお約束のパフォーマンスがある。「楽器を投げるな」と言われていたが客は願っているはずだ。「やっちゃえ!」。構わずこの日は客席に投げ込んだ。この精神こそ「権力への反抗だからだ。相手がルーマニア政府でもね」。

 この日も観客は演奏終了後も去ろうとしない。バンドはアンコールに応えようとしたが許されない。犬が客席に放たれ客は窓から逃げ出した。サインをもらおうとした若者が警察に血を流すまで殴られた。帰国したメンバーは会見で語った。

「この国(アメリカ)の過ちを批判していたが、もっとひどい過ちを見ると見方が変わる」

「共産主義の独裁とは米政府のプロパガンダなのか見てきたが、独裁は真実だった。恐ろしいほどね」

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「政権の手先になった」と非難されて

 当時のキッシンジャー補佐官がニクソン大統領に宛てた文書では、「このツアーはバンドメンバーにも良い影響を及ぼし、帰国後、よりバランスの取れた政治観を見せている」と書いている。これに対し「国務省主導のツアーに参加して政権の手先になった」と受け止める記事も相次いだ。

「ロックバンドが現政権と組んだということは、商業的成功を間違った方向に使ったということだ」「ファシスト・ロックバンドと呼ばれる日も遠くないだろう」

 一方で国務省は、撮影された映像を公開するとルーマニア政権との関係を大きく損なうと受け止めた。フィルムはこれまたサスペンスな方法で国外に持ち出されたが結局お蔵入りとなった。ツアーの映像は日の目を見ない。ツアーを迫られた事情も明かせない。誤解を解くことができないまま、バンドの人気は落ちていく。

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©2023 JAMES SEARS BRYANT

 人気者が、その行動や発言をきっかけに批判を浴び支持を失うことは、今の日本でもよくある。正義を理由にした排斥、「キャンセル・カルチャー」の怖さを考えさせてくれる。作品中で繰り返し演奏される「スピニング・ホイール」は、印象的なホーンのイントロに続き「上がったものは、落ちていく」と歌い出す。“血と汗と涙”のバンドの運命そのものだ。

『ブラッド・スウェット&ティアーズに何が起こったのか?』
監督:ジョン・シャインフェルド/2023年/アメリカ/112分/©2023 James Sears Bryant All Rights Reserved./全国順次公開中

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