「発達障害による行動を正そうと怒ってばかりいると、子どもの自己肯定感が下がってしまい、うつ病につながるケースも。発達障害について正しい理解が必要です」と、齊藤先生。 イメージ写真:アフロ
北海道大学病院子どものこころと発達センター特任教授・齊藤卓弥(さいとう・たくや)先生に聞く「子どものうつ病」について。
第1回は、子ども特有のうつ病の特徴と症状、子どものうつ病が見逃されやすい理由を伺いました。第2回は、うつ病になりやすい子どもの特徴と二次障害、うつ病の診断・治療について。うつ病を患う子どもの40%以上は、発達障害などほかの精神疾患を抱えているといいます。
うつ病になりやすい子どもには、どのように向き合えばよいのでしょうか? うつ病の診断方法から治療法まで、齊藤先生に聞きました。
齊藤卓弥先生(以下、齊藤先生) 一般的にうつ病は、①遺伝的要因と②環境的要因、その両方が影響しあって発症すると考えられています。
①遺伝的要因とは、ひとつは両親や祖父母など身近な家族にうつ病の人がいること。遺伝の影響だけでうつ病になることはありませんが、罹患の確率が上がることがわかっています。
また、子どもに限らず、まじめ、がんばり屋、内向的、緊張しやすい、対人関係がうまく作れない性格の人は、うつ病になりやすい傾向にあります。
②環境的要因は、より影響が強いです。うつ病になるきっかけはさまざまで、例えばお子さんの場合、家庭不和や学校でのいじめ、転校・転居による生活環境の変化などが心身にストレスを与え、うつ病を招くケースがあります。
ただ、遺伝的要因と違って環境的要因は、問題を解決すれば罹患や悪化を防ぐことも。子どもの心の負担にならない環境を整えることは非常に大事だと思います。
発達障害からの“二次障害”でうつ病に
──「遺伝的要因」のほかに、うつ病になりやすい子どもの特徴はあるでしょうか?
齊藤先生 子どもの場合、大人以上にうつ病と別の精神疾患を同時に抱える併存症が多く見られます。うつ病のお子さんのうち、40~90%はほかの精神疾患を伴うといわれるほどです。
中でも多いのは、不安症。理由もなく突然激しい不安に襲われるパニック症、人前に立つと激しい不安や緊張、恐怖を感じる社交不安症(対人恐怖症)など、これらをまとめて不安症といいます。
うつ病と不安症、どちらが先になるかは人によりますが、不安症からだんだんとうつに高じていく“二次障害”としてうつ病を発症するお子さんが多いです。
また、発達障害、特にADHD(注意欠陥・多動症)のお子さんも“二次障害”としてうつ病になりやすい傾向にあります。ADHDとは、注意力が足りない、落ち着きがない、衝動的な行動をするのが特徴で、日常生活に困難が生じる場合に診断されます。学童期の子どもの3~7%はADHDであるという調査結果もあり、子どもに多い脳の疾患です。
ADHDのお子さんは必要なケアがなされていないと、学校でも家庭でも責されたり理解されなかったり、ストレスをためながら生活することになります。そうした日々が続くと、だんだんと自己肯定感が下がってしまい、うつにつながりやすいわけです。
私が診察した小学校低学年のADHDのお子さんの話ですが、親御さんは「うちの子は忘れ物をしてもまったく気にしないので、つい怒ってしまう」と悩んでおられました。ところが、お子さんにうつ病のテストを受けてもらうと、「生きていてもしょうがないと思う」にチェックが付いている。ニコニコしているように見えても、本人は忘れ物をしたこと、親から怒られたことに傷ついているんですね。
発達障害の中ではADHDのほか、人とのコミュニケーションが苦手なASD(自閉スペクトラム症)も、うつ病を発症しやすいと言われています。読み書きや計算など、ある特定の学習が苦手なLD(学習障害)の子どもは、大人になってからうつ病になりやすいとの報告があります。
こうした発達障害からうつ病になる“二次障害”は、必要なケアがなされれば防げる病気です。子どものときだけではなく、うつ病は一生に関わることです。親御さんがお子さんの特性を理解し、医療機関やスクールカウンセラーからサポートを受けるなどして柔軟に対応していくことが重要ではないでしょうか。
うつ病の起因となる問題を取り除いていく
──うつ病は、どのように診断・治療をするのでしょうか?
齊藤先生 お子さんにうつ病を疑われる症状があり、生活リズムの乱れや自殺念慮が見られるなど、今までの普段の生活から大きく逸脱した場合、受診をおすすめします。中学生くらいまでであれば児童精神科、高校生以上であれば精神科でも診られることがあります。
医療機関でうつ病の診断に使われるのは、以下の精神疾患の世界的な診断基準「DSM‐5準拠」です。中核症状からひとつ以上、関連症状から4つ以上の症状があり、さらに2週間以上続いて日常生活に大きな影響が出ている場合には、うつ病と診断がつきます。
精神疾患の世界的な診断基準「DSM‐5準拠」
◾中核症状
・抑うつ気分(子どもの場合、易怒的な気分)
・興味、または喜びの喪失
◾関連症状
・体重の変化、食欲の障害
・睡眠障害
・精神運動性の焦燥、または抑止
・易疲労性、または気力の減退
・無価値観、または過剰、不適切な罪責感
・思考力や集中力の減退、または決断困難
・自殺行動
齊藤先生 うつ病と診断がついたら、お子さん本人や家族にうつ病であること、うつ病がどんな病気であるかを十分に説明して治療を進めていきます。大切なのは、大人のうつ病と同じで、しっかりと休養すること。心と体を休ませるのが不可欠です。
アメリカでは、うつ病の治療として、認知と行動に働きかけて健全なものに導く認知行動療法、身近な人との関係性に焦点を当てた対人関係療法などが一般的ですが、日本ではまだ対応できる医療機関が非常に少ないのが現状です。
まずは、お子さんがつらい気持ちを言葉で表現できるようにサポートすること。そして、医療関係者と家庭、学校、スクールカウンセラーなどが協力しながら、うつの要因となっている問題を減らしていけるように環境を整えることが、子どものうつ病への重要なアプローチとなります。
他国では薬物療法も取り入れていますが、日本では18歳未満への使用で有効性を承認されている抗うつ剤がないこと、また、抗うつ剤の有効性は年齢が低いと下がることから積極的には行いません。ただ、自殺念慮が強いケースなど症状が重い場合、家族に未承認であることを説明して処方することはあります。
ADHDなど発達障害の二次障害でうつ病を患っている場合も、まずはうつ病を治療してから、ベースにある発達障害の治療をするのが一般的だと思います。
──治療期間はどれくらい必要でしょうか?
齊藤先生 重症度にもよりますが、数ヵ月はかかります。うつ病はすぐに治る病気ではないですし、大人に比べて、子どもはより元の生活に戻るのが困難なのです。
なぜなら、大人はリワーク(※注 精神疾患が原因で休職している労働者に対し、職場復帰に向けて実施されるプログラム)などもあり、症状が回復し元の機能レベルに戻ることが治療のひとつのゴールなのですが、成長段階にある子どもはそうはいきません。
数ヵ月学校を休めば、授業は進んでいるし、仲のよかった友達も新しい関係性を築いている。そこに入っていくのは、とても難しいですよね。
単に気持ちの問題だけではなく、うつ病は疲れやすく、集中力を低下させてしまうため、よほど気力がないと周りに追いつくのは大変です。回復してもまた気持ちが落ち込んでしまい、うつを再発する子も多いのです。
これは、子どものうつ病の治療の大きな課題です。元に戻ることがゴールではなく、どうやって周りに追いつけるようにサポートするか。あせらせないように、過剰なストレスを与えないように見守ることが大事だと思います。
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第3回は、うつ病の予防・悪化・再発を防ぐために親ができることについて伺います。
取材・文/星野早百合
●齊藤 卓弥(さいとう・たくや)PROFILE
北海道大学病院子どものこころと発達センター特任教授、児童思春期精神医学専門医。アルバート・アインシュタイン医科大学(米)精神科助教授、日本医科大学精神医学教室准教授を経て、2014年より現職。
北海道大学病院子どものこころと発達センターの齊藤卓弥先生。子どもたちのために児童精神専用病床の新設を計画中だといいます。 写真:Zoom取材より
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