今年中にGDPで日本を追い抜く見込みのインド。人口減に歯止めがかからない中国に対し、現在も人口増が続くインドだが、高所得者層が多く住む都市部に絞ると、出生率低下の影が忍び寄っていると第一生命経済研究所の主席エコノミスト・西濱徹氏は『インドは中国を超えるのか』(ワニブックス刊)で解説している。
「一人っ子政策」から脱却も第1子が生まれない
国際連合(国連)による推計では、2023年にインドの人口が中国の人口を上回り世界最大になったことが明らかにされました。その後も、中国においては人口が減少している一方、インドでは人口増加が続くなど、両国の人口動態を巡っては違いが際立つ動きがみられます。
中国においては、長らくいわゆる「一人っ子政策」が採られてきたため、その影響でここ数年は少子高齢化の進展が懸念される状況が続いてきました。こうしたなか、習近平政権は2016年に一人っ子政策を廃止するとともに、出産人数を2人までとする事実上の「二人っ子政策」に転換したことに加え、2021年には出産人数を3人までとする「三人っ子政策」に舵を切るなど出産制限政策を大きく転換させてきました。しかし、こうした政策転換にもかかわらず出生数は減少しており、コロナ禍によって減少の動きに拍車が掛かる事態となっています。
出産制限の緩和を受けて比較的裕福な家庭においては第2子の出産が増えている模様であるものの、それ以上に第1子の出産が大きく減少しており、少子化に歯止めが掛からない事態となっています。
結婚しない若年層が増える中国
そうした背景には、中国において婚姻率が低下している、いわゆる結婚しない若年層が増加していることが挙げられています。事実、ここ数年の婚姻数は大幅に減少しており、2013年の1346万組をピークに頭打ちの動きを強め、2022年にはコロナ禍も影響する形で683万組とほぼ半減してしまいました。
こうしたことから、結果的に出生機会そのものが減少していることが影響していると考えられます。
さらに、ここ数年の中国においては若年層による高等教育を受ける機会が大幅に拡大する一方、それに見合った雇用機会の創出が遅れたことでミスマッチが拡大し、結果的に雇用環境が厳しさを増す動きがみられます。
そして、足下の中国においては都市化率が60%を上回っており、国民の3分の2近くが都市部に集中するなかで核家族化も進み、近年における生活費や教育費などの高騰も結婚や出産のハードルを上げているとされます。
そうしたなか、コロナ禍を経て若年層を取り巻く雇用環境は一段と厳しさを増しており、そのことが婚姻に対する意欲を大きく後退させているとみられます。中国共産党は、2024年に開催した習近平政権3期目における中期的な経済政策の運営方針を討議する3中全会(第20期中央委員会第3回全体会議)において、若年層の雇用機会の拡大を目指す方針を決定しているものの、具体的にどのような方法で実現するかについては明確にされていません。
若年層を取り巻く環境が大きく改善するとは見通しにくい上、先行きに対する見方も厳しさを増すなか、今後の中国における婚姻数や出生数が増加に転じるかは極めて不透明と捉えられます。
さらに、中国の平均年齢は40歳弱と新興国のなかでは比較的高水準に達している上、2022年に中国の総人口は減少に転じました。また、世界銀行が2024年に公表した人口推計に基づけば、2054年にかけて2億人以上も人口が減少するとともに、その後も今世紀末には2024年時点と比較して半減するなど、今後も減少の動きは続くと見込まれ、そのペースが徐々に加速していく可能性も充分に考えられます。
2064年に人口17億人が予想されるインド
人口減少が顕在化しつつある中国に対し、インドは平均年齢が28歳台であるなど総人口に占める若年層の割合が比較的高く、人口ピラミッドも三角形に近い形状を維持しています。こうした人口構成も影響して足下においても人口増加の動きが続いているほか、先に述べたように5年ごとに実施される総選挙においては有権者数が大幅に増加する動きも確認されています。
さらに、国連による最新の人口推計によればインドの人口は2064年に17億人弱でピークを迎えるとしており、つまり向こう40年近くに亘って人口増加が続くと見込まれています。よって、インドの人口を巡っては減少ペースが加速していくと見込まれる中国とは対照的な状況にあると捉えられます。
インドでも所得水準が高い地域では出生率低下
しかし、インドにおいても州ごとの出生動向については異なる見え方が生まれていることに注意する必要があります。インド全土における合計特殊出生率は2.0近くと人口増加が期待される水準を維持しているものの、所得水準が相対的に高い地域においては近年出生率の低下が顕著で、所得水準が低い地域における出生率の高さが全体的な水準を押し上げている動きが確認されています。
たとえば、農村部の合計特殊出生率は2.2とされるのに対して、都市部の合計特殊出生率は1.6と人口維持に必要とされる水準(1.8)を下回っているとされており、都市部においては人口減少の動きが顕著になっている様子がうかがえます。
なお、かつてのインドは合計特殊出生率が6.0に近い水準にあるなど、人口爆発とも呼べる状況に直面してきました。そのため、当時の政府は女性に対する避妊教育のほか、家族計画プログラムの積極的な推進による人口抑制策を展開しており、1970年代以降の合計特殊出生率は大幅に低下してきた経緯があります。
近年は高等教育の機会拡大に伴い女性の教育水準もともに向上しており、そうした動きに連動する形で所得水準の比較的高い地域においては女性が高等教育を享受することができるようになっています。そして、都市部を中心に自立した女性として生活を送ることが可能になったほか、そうしたことを背景に結婚や出産に対する見方も変化するとともに、合計特殊出生率の低下が顕著になっているとの見方もあります。
さらに、近年の経済成長を受けてインドにおける家族観が変化していることも出生率の変化を促す一因になっているとの見方もあります。それは、かつてのインドにおいては大家族がひとつの家の下で生活を営む姿が多くみられたものの、都市部においてはいわゆる核家族化が進んでいるとともに、都市部においては生活費や教育費が高騰するなど、子供を産み育てる環境が大きく変化していることも影響していると考えられます。
その意味では、インド全体では少子高齢化が懸念される状況ではありませんが、都市部において着実に進行する少子高齢化は人口動態に影響を与える可能性に注意する必要があります。
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