ウクライナのゼレンスキー大統領は11日、越境攻撃を続けるロシア南西部・クルスク州で、約5万人の敵と交戦中だと明らかにした。5万人のなかには、ロシア軍のほか、北朝鮮兵約1万1千人も含まれているとみられる。韓国政府や自衛隊元幹部らは、無人機(ドローン)など現代戦に不慣れな北朝鮮兵に、多数の死傷者が出ると予測している。 韓国の専門家の1人は「1万人以上の兵士に多数の死傷者が出れば、両親などは黙っていないだろう」と語る。韓国政府によれば、北朝鮮軍兵士のロシア派遣は志願制ではなく、命令による強制配備だという。北朝鮮軍は130万人前後とされるが、戦闘力を持つ兵士は60万人前後とみられ、その多くは忠誠心が比較的高い中間幹部家庭の出身だ。今回派兵された兵士の多くも、中間幹部家庭出身とみられる。関係者に動揺が広がれば、金正恩体制を根幹から揺さぶる事態に至ることが考えられる。運よく生き延びても、海外の情報を北朝鮮に持ち帰ることになる。いずれにしても、金正恩体制にとって、ロシア派兵は「大きな勝負手」(韓国政府関係者)だと言える。 逆にいえば、北朝鮮はそれほど追い詰められている。日米韓などのドラマや音楽などが北朝鮮の一般社会に浸透しているからだ。「たかがドラマや音楽くらい」では済まされない。独裁国家の北朝鮮で、最高指導者よりも魅力を感じる人物が登場すれば、それは体制の崩壊につながる。韓国政府関係者は「体制の崩壊とは、すなわち金正恩らの死を意味する」と語る。朝鮮中央通信は12日、ロシアとの包括的戦略パートナーシップ条約を批准したと報道した。金正恩総書記はこの条約について繰り返し、「軍事同盟だ」と強調してきた。金正恩氏はロシア派兵を通じ、「朝鮮半島有事になれば、ロシアも参戦するぞ」と訴えたいのだ。北朝鮮の体制は揺らいでいる。 焦る北朝鮮は更なる挑発に打って出るかもしれない。韓国の情報機関、国家情報院は9月26日、韓国国会での報告で、北朝鮮が米大統領選後に7度目の核実験に踏み切る可能性があると説明した。北朝鮮はここ数年、様々な戦略・戦術ミサイルを発射し、核関連施設の公開にも踏み切ったが、米韓両政府の強硬な姿勢を崩すに至っていない。抑止力の強化に焦る金正恩氏は、核実験にまで踏み込むつもりかもしれない。
中国の反応と対応
この動きは中国を緊張させている。中国は2022年春ごろ、核実験の動きをみせていた北朝鮮に対し、水面下で圧力をかけた。北朝鮮の核開発が、日本や韓国、台湾などに広がる「核ドミノ現象」を恐れたからだと言われる。中韓関係筋によれば、習近平中国国家主席は金正恩氏に親書を送り、中国が北朝鮮を支援してきた経緯に触れながら、核実験を思いとどまるよう訴えたという。あれから2年半が過ぎ、北朝鮮はロシアに急接近した。体制も危うい。今度は中国の説得にも耳を貸さないかもしれない。 中国も手を打っているようだ。中国政府は8日から韓国を含む一部の国を対象に短期滞在のビザを免除すると発表した。これには韓国政府が驚いた。尹錫悦政権は米韓同盟第一主義で、中韓関係がぎくしゃくしていたからだ。韓国政府関係者は「我々が驚いたくらいだから、北朝鮮はもっと驚いただろう。挑発を続けるなら、中国は韓国に接近するぞという脅しのメッセージかもしれない」と話す。 米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」は4日、北朝鮮でコメの価格が1キロあたり1万ウォンまで上昇したと伝えた。北朝鮮当局が最近、労働者の給与を大幅に引き上げたことに伴うインフレ現象かもしれないが、通常5千ウォンあまりのコメの価格が収穫期直後に上昇するのは異例のことだ。背景には中国による食料輸出統制があるのかもしれない。国際機関は毎年、「北朝鮮で100万トン程度の食料が不足する」と報告してきたが、北朝鮮は生き延びて来た。背景には中国との密貿易や国家に申告しない土地での闇農業などがあったとされる。中国が食料輸出に制限をかければ、北朝鮮は窮地に陥る。 金正恩氏は今、来年1月に誕生するトランプ米政権をすがる思いで見つめているだろう。トランプ氏は大統領選前から、「(自身が大統領なら)1日で(ウクライナでの)戦争を終わらせるだろう」と語ってきた。早期停戦になれば、北朝鮮軍も損害を増やさずに済む。ただ、米国第一主義のトランプ次期政権は、朝鮮半島防衛に半身の姿勢になるかもしれない。韓国内では早くも「独自核武装論」の声が再び高まりつつある。北朝鮮が核実験に踏み切れば、朝鮮半島の混乱に更に拍車がかかるだろう。
牧野 愛博
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