国宝の最寄り駅なのに長らく閑古鳥…今、なぜ若者が集まる? 駅舎リニューアルが起爆剤、出店相次ぎSNSで注目 建築デザイン会社の仕掛けはまだまだ続く 霧島神宮駅

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観光客でにぎわう霧島神宮駅前=霧島市霧島大窪

 鹿児島県霧島市霧島大窪のJR日豊線・霧島神宮駅は3月22日に駅舎リニューアルから1年を迎える。駅前にはカフェやギャラリーなど多彩な店がオープンし、連日多くの観光客が訪れるようになった。国宝・霧島神宮の最寄り駅にもかかわらず沈滞していた一帯は、駅舎を中心ににぎわいを取り戻しつつある。
 スイーツを手に散策する男女、足湯にのんびりつかる家族、駅舎を背に記念撮影する若者…。2月中旬の休日の昼下がり、霧島神宮駅には多くの人がいた。駅舎リニューアル前には見られなかった光景だ。
 列車から下車する人もいれば、バスやタクシーで訪れる人もいる。駐車場は車でいっぱい。県外ナンバーが混じる。家族4人連れの福岡県柳川市の公務員、田中健二朗さん(35)は、交流サイト(SNS)で話題になっていると知り車でやってきた。「新しい駅舎は木の温かみがあっていい。周辺のお店もおしゃれな雰囲気で気に入った」
 駅舎内にはクレープ・ガレット店とハンドメード作品を扱うカルチャーショップができた。周辺にあった古い石倉は、カフェバーとギャラリーに変わった。プライベートサウナもできた。近くにコンビニもオープン。新規・改装出店はこの1年で7店に上る。
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 駅周辺のエリアを地元住民は「駅前(えきぜん)」と呼ぶ。役場や店々が並び、旧霧島町の中心だった。近くで生まれ育った後庵博文さん(74)は、駅前を散策する観光客を目にするようになって、かつての「七夕まつり」を思い出す。店が連なる通りを、七夕飾りが彩った。隣町からも人が集まる地域最大のイベントだったという。
 だが20年前の市町合併に伴い、寂れていく。82人いた役場職員は総合支所となって現在21人。人口流出も進んだ。国宝指定で脚光を浴びる霧島神宮の最寄り駅とはいえ、片道5キロ以上あり交通の便も悪かった。後庵さんは「駅前は沈んだままだった」と語る。
 駅前一帯の商店主らでつくる「霧島中央通り会」は、合併前の約50人の会員が今は22人。その上、高齢化と後継者難が深刻だ。1954年創業の菓子屋「菓子舗大塔」の大塔主税さん(68)は、自分の代で店を閉じるつもりだ。「これからの駅前をつくるのは若い世代。商売を始めようと考える人が入ってくれたらいい」。駅前によみがえりつつある活気に期待を寄せる。
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 駅前活性化の中核を担っているのは、鹿児島市の建築デザイン会社「IFOO」(イフー、八幡秀樹社長)だ。2022年にJR九州の地域活性化に取り組む「にぎわいパートナー」となり、駅舎改修に乗り出した。同時に駅周辺ににぎわい空間を生み出す「光来(こうらい)」プロジェクトを展開。直営店を出店し、地元の商店主らと協力しながら事業承継も進めている。
 駅近くの「お食事処みかど」は昨年8月、おむすび専門店に生まれ変わった。84年続いた食堂。2代目の岡元昭美さん(81)が作るうどんやそば、ちゃんぽんが自慢の店だった。
 跡継ぎがおらず、店はもう残せないと思っていた。そんな時に出会ったのが、イフーの八幡社長(60)=旧霧島町出身=と社員の上原奈津子さん(46)。岡元さんはイフーの理念と上原さんの人柄を気に入り、店を引き継いでもらうことにした。
 古い食堂を改装し「御結屋EKIZENみかど」として再出発。岡元さんは従業員として働き、上原さんを支える。「観光客が多いが、食堂時代の常連客も通ってくれている」と上原さん。岡元さんは「店と一緒に自分も若返った気分。先代が残した屋号が守れてうれしい」と笑う。
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 イフーは昨年5月、霧島総合支所そばに「霧島オフィス」を開設した。八幡社長は「この地に根を下ろす覚悟を示した」と話す。霧島オフィスには22人が在籍し、うち14人は現地採用。建築と企画運営、商品開発・販売の3チームに分かれ、まちづくりを進める。
 3月には石倉横でレストランを開業、年内には駅舎向かいに旅館を整備する計画だ。イフーは注文住宅ベガハウスのグループ会社。デザイン設計から施工、施設の管理運営まで手掛けてきた強みを生かす。
 リニューアル効果は数字にも表れる。JR九州によると、駅利用者は3割増えた。霧島市は昨年7月、鹿児島空港から同神宮を結ぶ「霧島神宮アクセスバス」の実証運行を始めた。当初月500人の利用を見込んだが、昨年11月は1010人と大幅に超えた。25年度当初予算案に今春の本格運行に向けた事業を盛り込む。市観光PR課の山口清行課長(55)は期待する。「霧島地域の新たな観光の要衝になってほしい」
霧島神宮駅 1930年開設。新駅舎は鉄筋コンクリート平屋の約290平方メートル。県産杉をふんだんに活用し、温かみのある空間に仕上げた。高さ4メートルの樹齢100年の杉の柱を中心に据える。天井に木の格子を組み神宮の森をイメージしている。

 JR霧島神宮駅リニューアルプロジェクト「光来」の現場責任者を務めるイフーの太田良冠さん(34)に現状と今後の展望を聞いた。
 -霧島神宮駅が持つポテンシャルは。
 「駅の周りは豊かな観光資源がある。年間150万人が参拝する国宝・霧島神宮をはじめ、登山客を引きつける霧島連山、富裕層向けの別荘地や高級ホテルがあり、商圏として魅力的だ。今までは観光客が回遊したり滞在したりする場所がほとんどなかった」
 -客層はどう変化しているか。
 「リニューアル効果が一巡し、駅舎を目当てに来る人は2割ぐらい。今はむしろ駅周辺にある店や施設に魅力を感じて立ち寄り、ここでしか味わえない食や、生活を豊かにする良質な手作り製品を求めてやってきてくれる人が増えている」
 -イフー直営店の売り上げも好調だ。
 「五つある直営店のうち、駅舎内のカルチャーショップ『慈慈(じじ)』は、『食と職』に光を当てた高価な手仕事の品々をそろえるが、高くて買わずに帰る人が多かった。ただ次第に観光客の間で認知が広がると『過疎地域の駅にこんないいものがあるのか』と驚かれるようになった。商品知識の深い販売員の努力も大きい。2月の売り上げはこれまでで最高になりそうだ」
 -今後の展望は。
 「年内に整備するのは高級民泊施設で泊食分離型。宿泊施設と食事を提供する場所を分けることで、周辺の飲食店での利用を促し回遊性を高める狙いがある。まちづくりは一足飛びに進むものではない。地道に営業しながら改善を繰り返し、来訪者に誠実に向き合うしかない。そうすることが一人一人の『この駅に来て良かった』につながると思う」
おおた・りょうかん 1990年、横浜市生まれ。慶応大学大学院修了。都内のITベンチャーや長島町地域おこし協力隊員などをへて、2022年にイフ-に参画。霧島神宮駅リニューアルプロジェクト「光来」トータルマネージャー。同大SFC研究所上席所員。

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