災害を生き延びるためにはどうすればいいか。備え・防災アドバイザーの高荷智也さんは「『避難所に行けば何とかなる』と考えている人がいるが、それは誤りだ。発災後72時間は人命救助が優先される。最低3日、できれば1週間は、自助で生き残る備えが必要だ」という。何をどのくらい備えればいいのか。ノンフィクションライターの川口穣さんが話を聞いた――。
災害は「生き延びて終わり」ではない
地震発生の翌日に最大610万人が避難所へ。1週間後には、避難所以外に身を寄せる人も含め、避難者は最大1230万人に上る。避難所避難者や断水世帯を中心に水や食料の膨大な需要が発生、家庭内備蓄・公的備蓄・応急給水だけでは間に合わず、発災1週間で食料最大9160万食、飲料水最大1億4080万リットルの不足が見込まれる。さらに、道路の渋滞や寸断で物流も滞り、買い占めなどの問題も想定される――。
政府の「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」は、近い将来に高い確率で発生が予想される南海トラフ地震の被害想定をおよそ12年ぶりに見直し、3月31日に公表した。
人的被害や建物被害の甚大さもさることながら、災害を生き延びた後も、深刻な「食料危機」が被災者を襲うことが見てとれる。
災害支援団体「災害救援レスキューアシスト」代表で、各地の災害現場で活動する中島武志さんはこう指摘する。
「食料問題は、災害を生き延びた被災者を襲う最も深刻な問題のひとつです。いま、被害想定通りの規模で南海トラフ地震や首都直下地震が起きれば、餓死者が出かねないと懸念しています」
筆者撮影
中島武志さん。災害支援団体「災害救援レスキューアシスト」代表として、災害が起きると72時間以内(早ければ24時間以内)に被災地に駆けつけ支援活動にあたる
避難所に断られ「9日間何も食べてない」
中島さんは、東日本大震災で見た光景が今も忘れられないと話す。
2011年3月20日、中島さんは宮城県石巻市にいた。避難所などを回り被害状況の調査をしていると、ある男性から声をかけられた。
「9日間、何も食べていないんです。何か、食べるものはありませんか」
男性は高齢の母親と2人暮らし。発災直後に避難所に入ったものの、母親が認知症で自分の便を壁に塗ってしまい、追い出されたという。その後、食料だけでもわけてもらえないかと避難所に何度か足を運んだが、断られた。
中島さんが昼食用に持っていたカロリーメイトやインスタントラーメンを渡すと、男性は号泣した。
「地震のあと、初めて人に助けてもらった。みんなみんな人でなしだった。本当にありがとう、本当にありがとう。これ、ばばぁに食べさせたら元気になっぺ」
発災からの9日間、この地区に食料の支援がまったくなかったわけではない。
避難所には何度かパンやおにぎりが届いたし、近くの県営住宅にも支援物資が届いていた。しかし、いずれも受け取りが避難者や住民に制限されていたという。
撮影=岩元暁子
2011年4月の宮城県石巻市。多くの被災者が過酷な避難生活を送った ※本文に出てくる男性がいたのと同じ場所ではありません。
男性のように一度入った避難所を追い出されるケースは多くはないが、障害やペット連れを理由に受け入れを断られたり、赤ちゃんの夜泣きなどを懸念して避難所入りをためらったりする人もいる。災害救助法の事務取扱要領では、在宅避難者にも食事の提供が必要であることが明記されている。しかし、実際には発災直後から充分な量の食事が届くことはまれで、在宅避難者を中心に食料を受け取れない被災者はしばしば発生する。
「9日間はレアケース」で片づけてはいけない
食料支援自体がなかなか届かないケースもある。
2024年1月1日、正月の団欒を襲った能登半島地震の際、中島さんは真っ先に半島最先端に位置する珠洲市折戸地区に入り、支援活動を行った。中島さんが拠点を置いた自主避難所は、最大で避難者約250人。近隣にはほかにも自主避難所が多数あった。ただ、この地区にはなかなか公的な支援が届かなかった。自衛隊からパンやカップ麺が届けられたのが発災8日目ころ、行政からの支援が届いたのは14日目ころだったという。
筆者撮影
能登半島地震では多くの家屋が倒壊した。在宅避難が難しい場合、避難所で生活を続けるか、安全な親戚・知人宅への避難や遠隔地への避難を検討することになる
「ちょうどお正月だったので、最初の2~3日は被災した家からお正月料理を持ち寄り、その後は地区の備蓄やわずかに届いた民間の支援で何とか食いつないでいました。大規模な災害が起きると、行政機能が麻痺してどこにどれだけの物資が必要かの現状確認が滞り、物資を調達して配送するロジも混乱します。道路状況によって物流にも影響がでる。食料が必要量届くようになるには、かなりの日数が必要です」(中島さん)
避難所や地区防災倉庫の備蓄を拡充するなど、行政がすべき対策もあるだろう。ただ、想定される被災者全員分の食料を備蓄するのは現実的ではない。
筆者撮影
応急危険度判定によって「危険」とされた家屋。在宅避難はできず、家屋から物資を取り出すのも難しい。2024年3月、石川県珠洲市で
「避難所に行けば何とかなる」はウソ
『今日から始める本気の食料備蓄』などの著書がある備え・防災アドバイザーの高荷智也さんは、「最低3日、できれば7日」分の食料を個々人で備蓄しておくべきだと言う。
「『避難所に行けば何とかなる』と考えている人もいますが、残念ながら誤りです。避難所が想定する定員はおおむね住民の1~2割。備蓄されている食料も基本的にはその人数分で、それも十分な量があるわけではありません。また、発災後72時間は行政は人命救助や道路啓開に力を注ぐので、生き残った人への支援はそのあとになります」
特に、南海トラフ地震のように被災範囲が広大になる災害や、多数の避難者が想定される大都市圏、交通の便が悪い遠隔地などは支援が遅れる可能性が高い。
筆者撮影
防災備蓄倉庫に積まれた食料の一例。自治体にもよるが、簡易的なものが中心で量も十分でないケースが多い
南海トラフの場合、「1カ月分の備蓄が必要」と指摘する専門家もいる。高荷さん自身も「できるなら2週間や、それ以上が理想的」とするが、「現実的で息切れしない量」としてまずは7日分を勧める。
食料備蓄は、「①非常持ち出し袋に入れる最低限の食料」と、「②在宅避難に備えた7日分の食料」の2種類を用意する。
「非常持ち出し袋に入れるのは、最低限、命をつなぐためのものです。調理不要、食器も不要で食べられるもの、真冬の寒い環境でもおいしく食べられるもので、長持ちするものを選びましょう」
栄養バーやレトルトパウチのパン、ゼリー飲料などが代表的だ。
避難所など大勢の人がいる環境で食べることも想定されるので、レスキューフーズ(発熱剤で温めて食べられるカレーや牛丼などの食事)のようなにおいを発するものはあまり適さないという。
写真=高荷智也さん提供
高荷さんが非常持ち出しセットに入れている水と食料。飲料水のほか、保存用のようかん、ゼリー飲料、エナジーバー、栄養補給用のサプリを含めている。避難所で食べることを想定し、常温以下で食べやすくてにおいを発しないものを選んでいる
写真=高荷智也さん提供
高荷さん自身の非常持ち出しセット。銀色のリュックは大きさの参考用で、実際にはアウトドア用のバックパックに詰めている。徒歩で避難し、避難所で3日間程度生活することを想定して、必要なもの・あると便利なものをできる限り取り揃えた。総重量は13キロほど
写真=高荷智也さん提供
徒歩で避難し、避難所で3日間程度生活することを想定した、最低限の非常持ち出しセット。重量は5.6キロほどに収めた
備蓄食に「おいしさ」が重要なワケ
そして、在宅避難に備えた7日分の食料は、被災後の生活を成り立たせるためのものだ。
避難所は快適な生活環境とは言えず、状況が許せば自宅や知人宅などで在宅避難生活を送るケースが多い。寝泊まりは避難所でも、日中は自宅の片づけをして過ごす場合もあるだろう。
十分な食料支援が届いたり、自分で入手したりできる状況になるまでに必要な食料を自宅に常備しておくのだ。
ポイントは、食べ慣れていて、おいしく食べられるものを中心に選ぶこと。
「強いストレスがかかる被災生活のなかで、食事はメンタル面にも大きな影響があります。乾麺やレトルト食品など保存がきくもののなかで、自分が好きだと思えるものを中心に選ぶといいと思います」(高荷さん)
プロテインやサプリを常用している人ならば、日常使いしているものを多めに用意しておくと、栄養バランスがとりやすい。普段から食べている嗜好品なども精神的な安定に寄与するだろう。
「1週間分の食料を余分に用意しておく、というと負担に感じるかもしれません。でも、それほど難しくない。1人あたり1万円もあれば、量も栄養も十分な防災備蓄食を用意できます」
写真=高荷智也さん提供
1万円で購入した1週間分の食料。1日3食、計21食分になる
食料備蓄の“ありがちな失敗”
食料の備蓄には、日常的に消費する食べ物を多めに用意して、消費しながら備蓄する「ローリングストック」という方法がよく知られている。それでも、備蓄食料品の賞味期限が過ぎてしまうのはありがちな「失敗」だ。高荷さんは続ける。
「ローリングストックの原則は『普段から使うもの』を備蓄することです。ただ、レトルト食品や缶詰を普段あまり使わない家庭で『ローリングストックするために』とこれらを買いためると、結局使わずにローリングが止まってしまう。
2~3年後に大量の賞味期限切れ食品を抱えることになるんです。ローリングストックするのは、米や、黙っていても家族の誰かが日常的に食べるもの。それ以外は備蓄専用に用意するといいでしょう」
一般的な缶詰やレトルト食品は賞味期限が2~3年程度だが、備蓄食料として売られているものには賞味期限が5年や10年、長いものでは25年という商品がある。
一般的な食品より値は張るが、味も申し分ないものが多い。ローリングストックとこれら専用備蓄をミックスする手法を高荷さんは勧める。
“最低限”必要な3つのもの
ただし、こうした備蓄のハードルが高いと感じる人も多いだろう。
農林中央金庫が去年、20歳以上の男女3500人を対象に行った調査では、災害に備えた食料品の備蓄について、「十分備蓄している」人は7.3%にとどまった。
「備蓄しているが十分ではない」が55.2%と半数を超え、「備蓄していない」も37.4%にのぼっている。備蓄していない主な理由(複数回答)は「経済的余裕がないから」(28.4%)、「備蓄する場所がないから」(27.7%)、「何を買っていいかわからないから」(27.3%)、「備蓄品が無駄になるのが嫌だから」(23.3%)だという。
「いま何もしていなくて、1週間分の食料をそろえ、管理するのが難しい人もいるでしょう。健康な人なら、1週間程度であれば水と塩分、最低限のカロリーさえあれば生きていくことはできます。水を1人1ケース(2リットル×6本)と、食塩、氷砂糖を買ってきておいておくだけでも、最低限の備蓄にはなります」(高荷さん)
水の備蓄は、農林水産省や東京消防庁は1人1日3リットルを推奨している。ただし、この量を1週間分備蓄するのは防災意識の高い人でも負担が大きい。1人1ケース程度あれば、1週間分の最低限の飲み水にはなるという。10年保存水のような長期保存可能なタイプも多い。
また、食塩や氷砂糖も基本的には腐ることはないため、一度買えば「ほったらかし」にしておくことができる。
食塩に含まれるナトリウムは、体内の浸透圧を調整する役割を担っており、水分のバランスを保つのに欠かせない。体内では合成できないため、食事など外からとるしかない。
人間の体の60パーセントは水分だ。水が必要なのは言わずもがなだが、塩分も生命維持に欠かせない栄養素なのだ。
写真=iStock.com/MTStock Studio
※写真はイメージです
水と塩だけでも当分は生きていけるだろうが、カロリー補給も必要だ。
人間はどんなに快適な環境でも、ただ生きているだけでエネルギーを消費している。外から補給できなければ、体内の脂肪やたんぱく質を分解してその分を捻出することになる。
災害現場は過酷だ。気温は暑いかもしれないし、寒いかもしれない。じっと動かないままでいるわけにもいかない。最小限のカロリーをとれるだけでも、体の消耗を和らげられるはずだ。
まずはこれを始めの一歩に、できそうならば付け足していくといいかもしれない。
食料と同じくらい大切な備蓄
そして、もう一つ大切なのは「入口と出口をそろえる」こと。
食べ物や飲み物を口から体内へ取り入れれば、それは必ず、排泄物となって体外へ出ていくことになる。災害時、特に各地で断水する地震被害があると、被災地ではトイレが大きな問題になる。能登半島地震の際も、発災直後から各地の公共トイレが排泄物であふれかえる事態になった。
「1日飲まず食わずで過ごすことはできても、1日トイレをしないのは不可能です。携帯トイレは水や食料と並ぶ最重要備蓄品なんです」
経済産業省の基準では、1人1日5回、1週間で35回分。50回分のセットを人数分用意しておけば安心だろう。
南海トラフ沿いは、今後30年以内にマグニチュード8~9規模の地震が発生する確率がおよそ80%とされる。ほかにも、首都直下地震や日本海溝・千島海溝地震など、甚大な被害が懸念される地震想定が複数ある。日本列島が巨大災害の常襲地帯であることは、避けようのない事実だ。災害後を生き抜くための準備が、ひとりひとりに求められている。
筆者撮影
2018年の西日本豪雨の際、岡山県倉敷市にできた避難所の様子。発災から1カ月程度がたち、多少環境は整ってきた時期だが、避難所生活には制限も多い
コメント