宮崎県は東九州新幹線の3つのルートに関する調査結果を発表した。県や経済界は「新幹線空白県」の解消を期待しているが、実現には財務省という大きな壁が立ちはだかっている。
「新幹線空白県」脱却への挑戦
宮崎県が東九州新幹線3ルートの調査結果を公表した。県や経済界は「新幹線空白県」脱却に期待を寄せるが、実現には財務省の厚い壁が待ち構えている。
「(新幹線整備は)宮崎県の経済活性化や県民の暮らし向上に大きなインパクトを与える。県民の機運醸成に努めながら、国へ早期整備を要請したい」
県が実施した東九州新幹線の調査結果を報告した県議会本会議で、河野俊嗣(しゅんじ)知事は坂口博美氏(自民)の質問に答え、新幹線整備への強い意欲を示した。
整備新幹線は北海道、北陸、西九州の3路線で事業が終盤に差し掛かるなか、山陰や四国など全国の基本計画路線から次の整備計画路線に名乗りを上げる動きが続く。九州で新幹線が走らないのは、宮崎、大分の2県だけ。調査は東九州新幹線の整備計画格上げに向け、宮崎県の本気度を示すために進められた。
ただ、地域で機運が盛り上がらなければ、国を動かすのは難しい。河野知事は年明けの1月15日に宮崎県宮崎市の宮日会館でシンポジウムを開くことを明らかにした。整備計画格上げで動きが活発な山陰や四国などに対抗する構えだ。
宮崎~博多間で大幅な時間短縮
新八代駅(熊本県八代市)に停車する九州新幹線(画像:写真AC)
県が調査したのは
・基本計画路線となっている小倉駅(北九州市小倉北区)~鹿児島中央駅(鹿児島県鹿児島市)間の「日豊本線ルート379km」
・日豊本線ルートのうち、宮崎駅(宮崎市)~鹿児島中央駅間を先に整備する「鹿児島中央先行ルート103km」
・基本計画路線ではない九州新幹線新八代駅(熊本県八代市)~宮崎駅間の「新八代ルート141km」
の3ルート。2045年に整備が始まり、2060年に開業すると想定した。宮崎駅から博多駅(福岡市博多区)までの
・所要時間
・整備費
・費用対効果(費用便益比。1以上であれば、事業が経済的に有益と評価される)
・開業年の輸送密度(1kmあたりの1日平均輸送人員)
は次のとおりだ。
●日豊本線ルート
・所要時間:1時間38分
・整備費:約3兆8100億円
・費用対効果:1.2
・開業年の輸送密度:1万2416人
●鹿児島中央先行ルート
・所要時間:2時間12分
・整備費:約1兆600億円
・費用対効果:1.0
・開業年の輸送密度:5701人
●新八代ルート
・所要時間:1時間24分
・整備費:約1兆5000億円
・費用対効果:1.2
・開業年の輸送密度:8710人
宮崎駅前から高速バスで新八代駅へ向かい、九州新幹線に乗り換えるルートの3時間以上に比べ、いずれも大幅な時間短縮が可能だ。輸送密度は全線平均だと日豊本線ルートが高いが、都城市や小林市など県南部では2000~3000人台と極端に落ち込む。整備費は距離が長い日豊本線ルートが大きい。
宮崎市橘通中央商店街の店主は
「中心市街地の商業は郊外のショッピングセンターとの競争や人口減少で空洞化が進みつつある。地域振興の起爆剤となる新幹線整備には賛成だ」
と期待している。
財政等審議会が着工5条件維持を建議
財務省(画像:写真AC)
だが、そんな期待に
「水を差す動き」
が中央で出てきた。財務省の諮問機関(政府や行政機関、組織が政策や決定事項について専門的な意見や助言を求めるために設置する機関)である財政等審議会が11月末、予算編成など国の財政運営に対する建議を提出したことだ。審議会はそのなかで整備新幹線について、着工5条件の維持を強く求めている。着工5条件は
・安定的な財源見通し
・収支採算性(営業主体の収支改善効果が30年平均でプラス)
・投資効果(費用便益比が1を超す)
・営業主体となるJRの同意
・並行在来線経営分離についての沿線自治体の同意
で、問題になるのは投資効果の部分だ。財政等審議会は
「5条件がすべて確認された場合のみ着工する考え方を変更すべきでない」
と主張している。宮崎県の調査では、費用便益比が3ルートとも1を上回ったが、これにはからくりがある。開業までGDP(国内総生産)が平均的成長をしたと仮定し、将来の価値低下を割り引く社会的割引率を現行の4%でなく、
「1%」
で計算していることだ。社会的割引率は現行の4%が高いとする指摘があるため、国土交通省は1%、2%の数値を参考値にすることを認めている。しかし、率を下げれば投資効果が高く出る。4%だと3ルートの費用便益比は
・日豊本線ルート:0.5
・新八代ルート:0.5
・鹿児島中央先行ルート:0.4
そろって着工5条件を満たさない。2%でも同様で、実際の投資効果はかなり厳しい。
地域の意向と国の判断の対立
四国新幹線のルート(画像:四国新幹線整備促進期成会 )
建前上は財政等審議会の意見が100%財務省の意向となるわけではない。ただ、財務省の意向がある程度反映していることは否定できない。国の方針が建議通りになれば先行きに暗雲が漂うが、宮崎県総合交通課は
「格上げや着工は政治判断による部分が大きい。中央でどんな動きがあろうとも、地元の意向を伝え、新幹線誘致を実現させたい」
としている。建議が壁となるのは、他の基本計画路線も同じだ。四国新幹線に期待する愛媛県交通政策室は
「格上げや着工の判断を最終的にするのは国」
山陰新幹線の整備を目指す鳥取県交通政策課は
「どういう意見が出ようと、県の姿勢に変化はない」
と述べ、国への要望活動を継続する姿勢を強調した。
見えない人口減少時代の新幹線ネットワーク
赤色部分が山陰新幹線のルート(画像:鳥取市)
東九州新幹線など全国11路線が基本計画として示されたのは、半世紀以上前の1973(昭和48)年。このうち、中央新幹線だけが
「リニア中央新幹線(品川~新大阪間438km)」
として工事に入り、残りは塩漬けされたままだ。
基本計画路線はもともと人口の少ない地域を走るのに、日本の人口は今後、地方を中心に大幅な減少が予測されている。宮崎県は2020年の約107万人が2070年に
「約57万人」(47%減)
に減る見込み。国策で進めるとしても、国も地方も人口減少と高齢化で財政がひっ迫している。そんななか、国は2023年の骨太の方針で整備新幹線のあり方について調査検討するとしたが、基本計画の格上げについて明確な方向を示していない。
人口減少時代の新幹線ネットワークはどうあるべきなのか、国策で人口の少ない地域を通すとしたならこれまで通りの着工5条件でいいのか、本格的な議論を国政の場で始める時期に来ているようだ。
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