年金制度の破綻で大混乱へ…!いま中国が抱える「2035年問題」の危機的状況

2050年には納付者1人で受給者1人養う

中国の「養老金(年金)」制度を構成する主体は「基本養老保険」であり、2023年末時点における基本養老保険の加入者数は10億6643万人に及んでいる。

中国政府「人力資源・社会保障部」が発表した2023年の統計公報によれば、その内訳は、「城鎮職工基本養老保険(都市の従業員を対象とする年金保険)」の加入者が5億2121万人、「城郷居民基本養老保険(都市住民と農民を対象とする年金保険)」の加入者が5億4522万人であった。

なお、前者の中で企業勤務の従業員を対象とする「企業職工基本養老保険」の加入者は4億6044万人で、全体の88パーセントを占めた。

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これら2つの基本養老保険の加入者数はほぼ同じだが、その保険収支には大きな差がある。即ち、2023年統計によれば「城鎮職工基本養老保険」が、収入:7兆506億元、支出:6兆757億元、累積残高:6兆3639億元であるのに対して、「城郷居民基本養老保険」は、収入:6185億元、支出:4613億元、累積残高:1兆4534億元であり、後者に対する前者の規模は収入が約11倍、支出が約13倍、累積残高が約4倍となっている。

さて、2019年4月10日、中国の最高学術機構である「中国社会科学院」所属の「世界社保研究中心(センター)」は『中国養老金精算報告2019~2050』(以下『養老金報告』)を発表した。

『養老金報告』は上述した「企業職工基本養老保険」の支出圧力が、途切れることなく上昇するとの警告を発したのだった。端的に言えば、2019年時点では2人の保険料納付者で1人の退職者を扶養していた計算になるが、このまま行けば2050年にはほぼ1人の保険料納付者で1人の退職者を扶養することになるというものだった。さらに、報告は政府からの財政支援を含めても「企業職工基本養老保険基金」の累積残高は2035年までには枯渇すると予測したのだ。

定年延長に手を付けたが

これに加えて、『養老金報告』は次のように述べた。先進国が「辺富辺老(金持ちになりつつ老いて行く)」と「先富后老(先に金持ちになってから老いる)」という状況であるというのに対して、中国は「未富先老(金持ちになる前に老いる)」という状態である。

高齢化が加速する現代において、年金赤字の圧力に直面して、「未富先老」という状況を打破して、高齢者を養うための保障を提供するには、中国の社会保障はどのように発展すべきなのか。

納付された年金保険料の支出が収入を上回れば、年金保険料の累計残高は必然的に減少する。上述した『養老金報告』に掲載された「全国企業職工基本養老基金の累計残高」の統計予測によれば、累計残高は2027年に過去最高の約7兆元(約140兆円)で天井を打ち、その後は高齢化に伴う年金受給者の増大による支出増を補うために累計残高からの支出を余儀なくされ、2035年には累計残高がゼロになって枯渇することになるという。

この「養老金(年金)」制度の2035年問題という危機的状況を踏まえて、中国政府が上述した『養老金報告』に基づき打ち出したのが「養老金制度の改革」であった。2025年1月1日に法定定年退職年齢の改定が施行された。これは2024年9月13日に第十一次全国人民代表大会(中国の国会に相当)の常務委員会で決議されたもので、今後15年間をかけて現行の法定定年退職年齢を段階的に延長するというものであった。

その内容は、(1)男性従業員の法定退職年齢を現行の60歳から63歳に、女性従業員の法定退職年齢を現行の50歳と55歳をそれぞれ55歳と58歳に段階的に延長するというものであり、これに加えて(2)「養老金(年金)受給資格」に必要な「養老保険納付期間」の最低を15年から20年に徐々に引き上げるというものであった。詳細は表1と表2の通り。

なお、男性と女性(管理職)が改定後の最終年齢(B)<63歳と58歳>に達するには、2025年1月1日起算で12年かかるので、2037年12月31日に到達する計算になる。また、女性従業員が改定後の(B)<55歳>に達するには、2025年1月1日起算で10年かかるので2035年12月31日に到達する計算になる。

上記の「養老金制度の改革」に加えて。中国政府は2024年12月15日から「個人養老金(個人年金)制度」を全国で実施する旨の通知を出した。この個人年金制度は2022年末から全国36都市で先行実施されていたものであったが、この全国展開が始まったのだった。

個人年金は公的年金に加入していることを条件とする任意参加の制度であり、特定の商業銀行に口座を開設し、その口座に年間1万2000元を上限とする拠出金を納入して金融商品の運用を行い、所得税の優遇を受けると同時に運用益を受け取ることができるものである。

要するに、個人年金は公的年金の不足部分を補填する仕組みであり、金銭的に余裕のある富裕層を対象にしたものでと言えるが、統計によれば、2024年11月末までに7279万人がすでに個人年金口座を開設したという。

格差偏在~公務員と一般住民の受給額差約30倍

ところで、中国における養老金(年金)の金額はどれ程なのか。2024年11月に全国人民代表大会常務委員会が発表したデータによれば、2012年から2023年までに、城鎮企業職工基本養老保険に加入していた企業退職者の1人当たり月平均の年金受給額は1686元(約3.37万円)から1.88倍の3162元(約6.32万円)まで上昇した。これに対し、城郷居民基本養老保険に加入していた都市居住者の年金受給額は82元(約1640円)から2.6倍の214元(約4280円)になったという。換言すれば、2023年時点における前者と後者の1人当たり月平均の年金受給額は約15倍もの差が存在したのだった。

それでは「機関事業単位(公務員や公的機関)」退職者の1人当たり月平均の年金受給額はいくらなのか。この種の数字は公表されていないが、『中国労働統計年鑑』のデータによれば、2022年の全国機関事業単位の退職者1人当たり月平均の年金受給額はおよそ6100元(約12.2万円)であった。2023年の数字はこれよりも多少高くなっているはずであり、上述した都市居住者の年金受給額との差は30倍前後である。

なお、「機関事業単位」の退職者は基本養老保険の基礎の上に「職業養老金」と称する年金制度の恩恵を受けているので年金受給額が大きい。

ここで問題となるのは上述したように年金受給額の差が大きい城郷居民基本養老保険の年金受給者である。中国の検索エンジン「百度(バイドゥ)」が2025年2月13日に公開した資料によれば、全国で60歳以上の農村老人が毎月受給する養老金(年金)は平均123元(約2460円)であり、2024年よりも20元(約400円)増加した。ただし、具体的な年金受給額は各個人が付保した保険の内容や地域の格差によって異なり、全国共通の統一数字ではない。なお、60歳以上の都市老人が毎月受給する年金は上述したように2024年11月公表のデータにある214元(約4280円)であった。

そこで、上述の「中国老人養老金資料」に掲載された60歳以上の農村老人が毎月受給する1人当たりの年金額を地域別に見てみると以下の通り。

北京市:毎月924元(約1万8480円)

上海市:毎月1490元(約2万9800万円)

チベット自治区:毎月248元(約4960円)

浙江省・江蘇省などの発達地区:毎月200元以上(約4000円以上)

東北地方等の地区:毎月110~140元(約2200~2800円)

2月11日、東北地方黒龍江省の某ブロガーが彼のブログに年金の実態を次のように書き込んだ。黒龍江省の某村落に居住する73歳の老婦人は一人暮らしで、毎月受給する150元(約3000円)の基本養老金(基本年金)だけを頼りに生活している。倹約すれば150元でも暮らせない訳ではないが、冬季の暖房費や発病時の医療費の出費は避けようがない。たかだか月額150元の年金で一体何ができるというのか。病気になっている暇はないというのが偽らざる現実である。農村老人の大多数は基本年金を「命根子(命綱)」として生活しているが、その金額が少な過ぎて有効な保障手段とはなり得ていないのが実情である。

東北地方(黒龍江省・吉林省・遼寧省)の年金額が他地域に比べて低いのは何故か。2022年1月に中国政府「人力資源・社会保障部」は「企業職工基本養老保険」の全国一本化を宣言したが、それ以前は一級行政区(省・自治区・直轄市)が個別に管理運営する仕組みであり、経済発展の水準や人口年齢構成、財政状況の差異により年金財政は赤字が蔓延していた。

2021年の企業職工基本養老保険基金の全国合計の収支は0.3兆元の黒字(収入:4.4兆元、支出:4.1兆元)だったが、香港とマカオを除いた31ある一級行政区の中で黒字だったのは、広東省、北京市、福建省、江蘇省、浙江省、上海市、山東省の7行政区しかなく、これに加え収支が均衡であった貴州省、雲南省、チベット自治区の3行政区を除いた21行政区は程度の差こそあれ全て赤字であった。

そこで中央政府が2018年から採用したのが「基金調剤制度(基金調整制度)」であり、黒字の行政区から上納させた資金を赤字の行政区へ配分し、年金基金の不足分を補填することで年金の支給を履行したのだった。この補填金額は2018年から2021年までの4年間で6000億元(約12兆円)に達し、2021年だけで2100億元(約4.2兆円)であった。

2021年に赤字が最大だったのは遼寧省であり、黒龍江省、湖北省、吉林省がそれに続き、東北3省は困窮に喘いでいた。こうした事情で年金資金に事欠く東北地方等の地域では年金額を抑えざるを得ないのである。

上述したように「企業職工基本養老保険」の全国一本化を実施したとしても、基金調整制度が正式なシステムとして組み込まれただけで、年金資金の補填機能であることに変わりはない。こうした背景も中国政府が2019年の『養老金報告』を踏まえて、「養老金制度の改革」に舵を切らざると得なかった理由なのである。

2030年に65歳以上が20パーセント超

中国政府「民政部」と「全国老齢弁公室」が2024年10月に発表した『2023年度国家老齢事業発展公報』によれば、2023年末時点における中国の60歳以上の人口は2億9697万人で総人口の21.1パーセントを占め、65歳以上の人口は2億1676万人で総人口の15.4パーセントを占めた。

国連の定義によれば、65歳以上の人口が総人口の14パーセントを超えた社会を「高齢社会」と呼ぶが、中国はすでに2021年末に65歳以上の人口が総人口の14.2パーセントとなり、高齢社会に突入していた。

2024年12月6日に発表された『中国銀発経済発展報告(2024)』によれば、中国は2030年前後に65歳以上の人口が2.6億人に達し、総人口の20パーセントを超えて「超高齢社会」に突入するとあり、予測では2060年には65歳以上の総人口に対する比率は37.4パーセントに達するという。

こうした高齢者人口の予測を踏まえると、中国政府は2035年を待たずに更なる年金制度改革の実施に踏み切らざるを得なくなるのではないだろうか。為政者には「養老金(年金)」が高齢者にとっての「命根子(命綱)」であることを肝に銘じて、後手に回らぬよう、先手を打って欲しいものである。

年金制度の破綻で中国が混乱し、中華人民共和国が瓦解するようなことになれば、その余波は世界中に大きな影響を及ぼすことになるだろうが、それは歴史の必然なのかもしれない。

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