日本では観られない『火垂るの墓』 世界から“反戦映画”として最高の褒め言葉を受ける

世界190以上の国と地域で配信がスタートした『火垂るの墓』。世界の評論家はこの作品をどのように見たのか、その内容を探ります。

世界への配信にどんな評判が?

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画像は『火垂るの墓』ポスタービジュアル (C)野坂昭如/新潮社, 1988

 2024年9月16日より、高畑勲監督作品『火垂るの墓』が世界190以上の国と地域で配信がスタートしました。残念ながらまだ日本では配信が解禁されていませんが、海外でこの作品はどのように評価されているのでしょうか?

 例えばアメリカを代表する著名な映画評論家ロジャー・イーバートさんは、「『火垂るの墓』は、アニメーションの見直しを迫るほど強力な感動体験だ。(中略)これまでに作られた戦争映画の傑作のリストに、必ず加えられるべき作品である」と絶賛していますし、The Cinephile Fixというサイトでは、「はっきり言おう。高畑勲監督、スタジオジブリ制作の『火垂るの墓』は、史上最高のアニメーション映画である。実写映画も含め、映画史上最も心に響く、胸を引き裂かれるような悲劇的な物語である」と最大級の賛辞を送っています。

 特に多くの評論家が指摘しているのが、徹底したリアリズム描写です。「野坂昭如の第二次世界大戦末期の物語を原作とする『火垂るの墓』は、主にアニメーションを使用して、悲惨なリアリズムを強調している」(Newyork Times)、「説得力のあるリアリズムと日常の重要性をしっかりと把握した描写により、節子の肉体的・精神的な崩壊を描いている」(SLANT Magazine)など、宮崎駿監督がファンタジーへの想像力の翼をはためかせているのに対して、高畑勲はあくまで自然主義的なタッチであることに注目しています。

 また、ディズニー映画と比較する論調も多く見受けられます。「ムファサの死(筆者注:『ライオン・キング』)やバンビの母親を失う場面がつらすぎて、見るに耐えないと思ったとしても、それは真の悲しみを理解していないということだ」(The Cinephile Fix)、「『バンビ』や『カールじいさんの空飛ぶ家』がアニメーション映画としてこれ以上ないほど感動的だと思っていたなら、この日本映画の傑作をぜひ見て欲しい」(The Gurdian)。

『火垂るの墓』のリアリズム描写とディズニー作品のデフォルメされたCG表現を比較して、「高畑監督はディズニーと競っているわけではない。ハリウッドのアニメ作品では決して見られないような表現を追求することで、このジャンルを成長させている」(REELVIEWS)と論じている評論家もいます。特にアメリカでは、いかに高畑勲監督の演出手法がワン・アンド・オンリーであるかが伝わります。

 そして、『火垂るの墓』が反戦映画であることに異議を唱える評論家はほとんどいません。思えば、クリストファー・ノーラン監督による最優秀アカデミー作品受賞作『オッペンハイマー』は、原爆投下後の広島と長崎の惨状についての具体的な描写がいっさいないことに対して、日本のみならずアメリカでも批判が巻き起こりました。「反戦映画だ」「いや、反戦映画ではない」という議論がSNSで交わされたのです。

 一方で『火垂るの墓』が描くのは、太平洋戦後直後を舞台に、ある兄妹が空襲をどのように生き延び、どのような末路を迎えたかという、非常にミニマルな物語です。「親も家も失い、飢えと米軍の爆撃、そして大人の身勝手な無関心に苦しめられながら、放浪を余儀なくされる。しかし、苦悩と絶望だけではない。自然の美しさや子供らしい喜びの瞬間もある。それだけに悲劇がより一層胸に迫る」とThe Gurdianが記した通り、彼らの旅路にフォーカスを当てたからこそ、観る者の心を大きく揺り動したのでしょう。市井の人びとを丁寧に描くことで、たぐいまれな反戦映画となったのです。

 アメリカの映画レビューサイト「Rotten Tomatoes」には、プロの批評家による評価のトマトメーターと、一般ユーザーによる評価のオーディエンススコアのふたつがありますが、『火垂るの墓』はそれぞれ100%と95%という高評価をマークしています。ここに書かれた、あるオーディエンスのレビューが、ある意味で『火垂るの墓』という作品の本質を端的に言い表しているかもしれません。

「素晴らしい映画だ。もう二度と見たくない」(Good, great, amazing movie. Never watching again)

 それは、二度と戦争の惨劇を目にしたくないという、反戦映画として最高の褒め言葉ではないでしょうか。

(竹島ルイ)

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