「障害年金」は、病気やケガによる経済的リスクをカバーしてくれる現役世代も対象の保障だ。被用者保険に加入している人はさらに手厚い保障を受けられるのをご存じだろうか。『医療費の裏ワザと落とし穴』第287回は、その保障内容や、もらうための要件について徹底解説する。(フリーライター 早川幸子)
2024年10月から社会保険の適用拡大 加入で手取り収入は減るが、保障は充実
社会保険は、「保険」と名前が付いているように、病気やケガ、死亡などによる経済的リスクを相互扶助の仕組みでカバーするものだ。
2024年10月から、この社会保険の適用範囲が拡大され、従業員数51人以上の事業所で働くパートやアルバイトの人も、一定要件を満たした場合は被用者保険(賃金労働者のための社会保険)に強制加入することになった。
被用者保険が適用されると、毎月の給与やボーナスから保険料が天引きされ、手取り収入は減ってしまう。だが、保険料を負担した分だけ給付も増えるので、病気やケガをしたときは自営業者や専業主婦の人より充実した保障を受けられるようになる。
前回(第286回)の本コラムで見たように、健康保険からは「傷病手当金」「出産手当金」という2つの給付を受けられるようになる。さらに、厚生年金保険に加入すると、老後にもらえる「老齢年金」が増えるだけではなく、病気やケガをして障害が残った場合の「障害年金」も手厚い保障を受けられるようになる。
今回は、被用者保険に加入している人の障害年金の保障について詳しく見ていこう。
現役世代でももらえる障害年金 厚生年金加入で給付額アップ
年金というと「老後にもらうもの」というイメージが強い。だが、公的な年金保険は、「老病死」による経済的リスクをカバーする設計になっており、「老齢年金」のほかに、「遺族年金」「障害年金」という保障も備わっている。
この3つの保障のなかで、病気やケガをして障害のある状態になり、仕事や生活が制限される場合に給付を受けられのが「障害年金」だ。
障害年金は、事故や病気で手足を切断したり、失明したりするなど、身体に重い障害が残った人しか対象にならないというイメージを持っている人も多いだろう。だが、内臓疾患や精神疾患による障害も対象で、要件を満たせば、がんによる障害も対象になる。
「老齢年金」の給付対象は、原則的に65歳以上の高齢者だけだが、「障害年金」は現役世代も対象だ。病気やケガによる経済的リスクをカバーしてくれるので、現役世代の人にとっても重要な保障だ。
社会保険の適用を受けて厚生年金保険に加入すると、障害年金も2階建てになり、万一のときにより多くの給付を受けられるようになる。
まず、加入している公的年金保険の種類に関係なく給付を受けられるのが、障害基礎年金だ。障害の程度に応じて給付額は異なり、「1級」は102万円、「2級」は81万6000円(年金額等は2024年のもの。以下同)。生計維持関係にある子ども(18歳になった後の最初の3月31日までの子)がいる場合は、1人につき23万4800円が上乗せされる(3人目以降は7万8300円)。
自営業者などの国民年金加入者は、この障害基礎年金しか受け取れないが、厚生年金に加入すると障害厚生年金の上乗せがある。
障害厚生年金には、「1級」「2級」に加えて、独自の「3級」という給付がある。また、より軽い障害でも、一時金として給付を受けられる「障害手当金」も用意されている。
勤続年数が25年未満の場合は25年とみなして計算
給付額は、在職期間中の給与と勤続年数によって異なり、「1級」が【報酬比例の年金額×1.25】、「2級」が【報酬比例の年金額】。「3級」は【報酬比例の年金額】だが、61万2000円が最低保障額となっている。
一時金の「障害手当金」は【報酬比例の年金額×2】で、122万4000円が最低額として保障されている(最低保障額は、生年月日が1956年4月2日以降の場合)。
さらに、障害の状態が「1級」「2級」の人で、65歳未満の配偶者がいる場合は、「加給年金額」23万4800円が上乗せされる(生計維持関係にある場合)。
たとえば、勤続期間中の月収の平均が10万円で、厚生年金の加入期間が10年の場合、「1級」は障害厚生年金が約20万1000円上乗せされて、約122万1000円の給付が受けられる。「2級」は約16万1000円の上乗せがあり、給付額は約97万7000円になる。
障害厚生年金は、勤続年数が25年(300月)未満の場合は、300月とみなして計算するので、たとえ勤続年数が短くても、報酬比例部分の年金額は一定の上乗せが受けられるようになっている。
障害認定を受けている限り、報酬比例部分の上乗せが続くので、厚生年金保険に加入するメリットは大きいのだ。
初診日が厚生年金加入中なら退職後も障害厚生年金がもらえる
ただし、病気やケガをして障害年金をもらうには、次の3つの要件を満たす必要がある。
(1) 初診日に被保険者であること
(2) 保険料の納付要件を満たしていること
(3) 障害認定日に規定の障害状態に該当していること
(1)の初診日は、その障害の原因となった病気やケガで、初めて医師の診察を受けた日だ。もらえる年金の種類は、この初診日に加入していたのが厚生年金なのか、国民年金なのかによって変わってくる。障害年金を請求する時点で被用者保険の資格を喪失していても、退職前に初診日があった場合は障害厚生年金の給付対象になる。
障害年金の給付を受けるには、原則的に「初診日がある月の2カ月前までの公的年金保険の加入期間のうち、保険料の納付済み期間(または免除期間)が3分の2以上あること」という要件を満たす必要がある。ただし、特例として、初診日が2026年3月末までは、初診日に65歳未満で、初診日のある月の2カ月前までの直近1年間に保険料の未納がなければ給付を受けられることになっている。
(3)の障害認定日とは、障害の程度を判定する日のことだ。原則的に初診日から1年6カ月たった日の障害の状態で、もらえる年金の等級などが判断される。初診日から1年6カ月経過していなくても、症状が固定した状態になった場合は、その時点で障害認定が行われる。初診日から1年6カ月経過した時点では症状が軽かったものの、その後、症状が重くなって障害状態になった場合は受給できる可能性がある。
このように給付には一定の要件はあるものの、障害年金は病気やケガをした場合の経済的リスクをカバーできる強い味方だ。厚生年金に加入している人には、勤続期間中の所得に応じた障害厚生年金が上乗せされるので、万一の給付額が多くなる。
また、障害年金は、初診日に加入していた年金制度によって給付額が変わってくる。その障害の原因となった病気やケガで、初めて医師の診察を受けたときに厚生年金保険に加入していれば、障害認定日に仕事を辞めていても障害厚生年金の給付が受けられる。
こうした保障を考えると、保険料を負担しても社会保険に加入する価値は十分にあるはずだ。
社会保険の適用範囲はさらに拡大する可能性大
パートやアルバイトなどの短時間労働者のなかで、社会保険の適用対象となるのは、「週の労働時間が20時間以上」「月額賃金8万8000円以上(年収106万円以上)」「勤務期間2カ月以上の見込み」「学生ではない」という要件を全て満たしている人だ。
適用範囲は企業規模に応じて段階的に拡大され、2016年10月に従業員数501人以上の企業、22年10月に101人以上の企業、そして、24年10月からは51人以上の企業に適用されることになった。
社会保険の適用対象になると、給与から保険料が天引きされ、手取りは減ってしまうため、社会保険が適用される「年収の壁」を超えないように労働時間を調整するケースも報告されている。
だが、厚生労働省の審議会では、事業所の規模などによって社会保険の適用状況が変わるのは不公平という意見も出ており、今後は社会保険の適用対象がさらに拡大していく可能性が高い。
制度が変わるたびに、保険料を負担したくないからといって働き方を調整していると、収入はどんどん減っていき、万一のときにもらえる保障も確保できなくなる。
今回見てきたように、社会保険は「保険」である以上、保険料を負担した分だけ、それに見合った給付がついてくる。厚生年金に加入すれば、障害年金の上乗せもあり、病気やケガをしたときの保障をさらに充実させることができる。
変化する時代の波に遅れないためには、保険料の負担を恐れずに、年収の壁を超えて収入を増やしていくことが得策ではないだろうか。
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