法改正でリフォーム難民が続出する恐れ
2025年の4月に改正建築基準法が施行されます。その影響で、来年の4月以降、耐震補強や断熱・気密リノベーションを行うことがとても難しくなります。
というのは、この法改正による「4号特例」の大幅縮小により、住宅業界でかなりの混乱が起こることが予想されているのです。結論から言うと、耐震補強などのフルリノベを検討している人にとっては、着工がいつになるのかわからないという深刻な事態が起こりそうです。
写真=iStock.com/Bim
筆者は、高性能な住まいづくりをサポートする会社を経営しており、最近は断熱フルリノベーションをサポートする機会も増えています。本稿では、その専門家の立場から、今回の法改正がフルリノベを検討している方にどのような影響が及ぶのか、また住宅業界全体への影響の可能性について説明したいと思います。
いまリノベを考えている方は、とにかく急いで計画を進めることをお勧めします。
「姉歯事件」以上の官製不況が訪れるかもしれない
フルリノベが難しくなるだけでなく、この法改正の影響で、深刻な官製建設不況が引き起こされることも懸念されています。
2005年に起きた「姉歯事件」を覚えているでしょうか? 建物の安全性に関わる構造計算書の偽造が発覚したことを受け、2007年には建築基準法が改正されました。手抜き工事や欠陥住宅の見直しが進んだことはよかったのですが、同時に業界では「改正建築基準法不況」ともいえる状況が起きたのです。
建築確認手続きの厳格化によって現場の実務が大幅に滞り、同年8月の新設住宅着工数は前年比-43%、9月は-44%と激減。住宅会社の倒産が増加、建材メーカーなどにも悪影響がおよび、建築関連業界へのダメージは極めて大きなものでした。
2007年度の実質経済成長率は、当初は2.0%増との見通しだったのが1.3%増にとどまっています。当時政府は、主な原因が建築基準法の改正に基づくものであると認めています。
今回、もしかすると、この時の不況を大きく超える深刻な官製建設不況が起こるかもしれないのです。
「家の耐震工事」を検討している人はピンチ
今年1月1日に発生した能登半島地震では、全壊した住宅戸数は6038戸、半壊は1万7944戸と甚大な被害が出ています。南海トラフ地震への不安も高まる中、住宅の耐震化は喫緊の課題のはずです。
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地震で被害を受けた総持寺祖院=2024年1月14日、石川県輪島市門前町
内閣府は、住宅の耐震化が順調に進んでいないため、2009年に住宅の耐震化に対する国民の意識についての調査を行っています。この調査で、耐震補強工事の実施予定がない理由として、「お金がかかるから」がダントツの1位になっています。耐震補強工事の推進のためには、いかに費用負担を軽減するかが重要なはずです。
ところが、今回の法改正で、大規模な修繕や大規模な模様替えを行う場合、建築確認申請が必要になります。すべての耐震補強工事で確認申請が必要になるわけではありませんが、一定以上の本格的な耐震補強を行う場合は必要です。
当然、今までよりも手間も費用も余分にかかることになります。なかなか進まない耐震補強工事がよりいっそう進まなくなる要因になりそうです。
中小工務店や建材メーカーの倒産が増加する
工務店業界にとっても死活問題になりそうです。
ここ最近、新築住宅の着工戸数が大きく減少しています。もともと新築住宅着工戸数の減少は予想されていたことですが、予想を上回るペースで減少しているのです。中でも、注文住宅の着工戸数の減少はとても大きくなっています。これは、建築コストが上昇しているのに対し、家計の住宅購入に利用できる資金が伸びていないためと指摘されています。
注文住宅建設が中心の工務店にとっては、かなり深刻な状況です。そのため、多くの工務店は、生き残りをかけて、新築からリノベーションにシフトを進めています。この状況下で、リノベーションの受注をストップせざるを得なくなれば、中小工務店や建材メーカー等の倒産が一気に増加する可能性があるのです。
一方、国や自治体も、近年、新築よりも既存住宅の省エネ化に力を入れています。巨額の予算措置を行い、断熱リノベーションにかなり手厚い補助制度を用意しています。今回の法改正は、アクセルを踏み込みながら急ブレーキをかけるようなもので、政策な整合性がまったくとれていないように思われます。
築40年超も最新の住宅に生まれ変わる「フルリノベ」
断熱・気密フルリノベとは、通常の水回りやクロスの張り替え等のリフォームにとどまらず、断熱・気密性能と耐震性能の向上を伴う改修工事のことを言います。一般的には写真のように、柱・梁等の構造材をむき出しの状態(スケルトン状態)にして、耐震補強・シロアリ対策、床(基礎)・壁・天井(屋根)に断熱材を十分に施し、同時に気密処理も行って気密性能も確保します。
築40年以上の築古の既存住宅でもフルリノベにより、一般的な新築住宅よりも耐震・断熱・気密性能をはるかに高性能にできるということを知らない方は、意外にまだ多いようです。
出典=プレイスコーポレーション
古い家を解体して新築するのに比べると、解体費がかからないことや、新築よりも工事費が安いため、数百万円程度安く収まります。
さらに国や自治体の手厚い補助金も活用できるため、既存住宅を解体して建て直すのに比べれば、建物規模や条件にもよりますが、トータルでおおむね600万~700万円程度安い費用で高性能住宅での暮らしを実現することができます。
そのため、高性能住宅の新築を断念した層を中心に、近年、中古住宅購入+断熱フルリノベを選択する方が増加しており、貴重な住まいづくりの選択肢になっています。
これまでは不要だった「確認申請」が義務に
ではなぜ、来年度の法改正で、フルリノベが難しくなるのでしょうか?
建物の新築や大規模修繕や模様替えを行う場合、確認申請が必要です。申請は、自治体や民間の指定確認検査機関が行います。
ただし、2階建て以下の小規模な木造建築物を対象に、建築確認で構造審査を省略する「4号特例」という制度があり、従来、新築では構造審査が不要でした。リノベにおいては確認申請自体が不要でした。
それが今回の改正で、この「4号特例」の対象建築物が大幅に縮小されます。新築は構造審査が必要になります。
また、既存戸建住宅のフルリノベ、つまり大規模修繕や模様替え(具体的には主要構造部:壁、柱、床、梁、屋根、階段の過半の修繕工事等を行う場合)、でも確認申請が必要になります。
この改正で、既存住宅の場合は、現行法に適合していない箇所があれば、リノベを考えている箇所でなくても、その部分も現行法に適合させる改修工事が必要になります(既存遡及に関してはかなりの部分で緩和あり)。
国交省「『4号特例』見直し3つのポイント」
そして、それ以上に問題なのは、とても大きな改正であるのにもかかわらず、制度設計が準備不足のままでの見切り発車になりそうだということです。そのため、少なく見ても6カ月間程度は、戸建住宅で大規模修繕や模様替えの確認申請手続きは、ほぼできない状況に陥るのではないかと言われています。
新築の手続きに手いっぱいでリノベまで対応できない
なぜ、大規模修繕や模様替えの確認申請手続きがストップしそうなのか? それには大きく3つの要因があります。
第一に、新築の手続きの変更により、自治体や指定確認検査機関が、新築対応の業務がかなり逼迫し、既存建築物に対応できない状況に陥ることが予想されるということです。
2025年の4月には、「4号特例」の縮小により、新築は構造審査が必要になります。そして同時に、改正建築物省エネ法も施行されます。これにより、新築時には、確認申請と同時に、「省エネ適判」という省エネ基準への適合判定の手続きが必要になります。「省エネ適合判定通知書」がないと、建築確認はおりません。これまで、住宅では「省エネ適判」は不要でしたが、4月から住宅も必要になります。
写真=iStock.com/Sakorn Sukkasemsakorn
※写真はイメージです
通常、「指定確認検査機関」と「省エネ適合判定機関」は、同じ会社が行っています。そのため、指定確認検査機関等は、この2つの変更で、新築の手続きの負荷がかなり増えます。
新築においても、確認申請手続きが停滞し、着工できるまでかなりの時間がかかることが予想されています。
「どこを補強するか」の判断基準が決まっていない
第2に、既存住宅の大規模修繕や模様替え手続きに関するマニュアルの整備が遅れており、指定確認検査機関の体制整備もまったく進んでいないという問題です。
新築住宅の確認申請手続きにおいては、ルールが明確になっており、指定確認検査機関等の担当者が判断に迷うことはそれほど多くありません。ところが、既存住宅については、現行法に適合していない場合、例えば基礎の耐力が足りていない際にどの程度の補強が必要なのか等、どのような改修をもって適合とするのか、審査時の判断に困ることが多くなります。
そのために、判断基準を明確にするマニュアルが絶対に必要です。特に、民間の指定確認検査機関の場合は、明確な判断基準がなく独自の判断で行うと、国土交通省から処分を受けるリスクがあります。その判断基準が示されない状況での施行になりそうなのです。
そして、指定確認検査機関は、いままで新築の確認業務ばかりを行ってきましたから、既存住宅の大規模修繕等について、経験・知見を積んでいる確認検査員が圧倒的に足りていないのです。
判断基準となるマニュアルが示されず、十分な経験のある確認検査員が足りていないのです。それでなくても、新築の確認業務の負荷増大でパンク状態になると予想されています。そのため、既存住宅の大規模修繕等の確認申請業務に積極的に対応できる指定確認検査機関がどれくらいあるのか、はなはだ疑問です。
築40年前後の家はより難しい状況に
そうした事情から、指定確認検査機関は、既存住宅の大規模修繕等の確認申請を受けたくないのが本音かもしれません。家の持ち主からすれば、受け付けてくれる指定確認検査機関探しにかなり苦労する事態に陥り、見つかっても審査期間が長引く可能性が高そうなのです。
そのため住宅業界では、既存住宅の大規模修繕等は一定期間、まったく行えない事態に陥ることが懸念されています。
第3の問題は、「検査済証」のない住宅の手続きです。
建築物の新築時には確認申請手続きを行い、「確認済証」が交付されてから着工します。そして建築工事が完了した際に、確認申請通りに工事が行われたことを現地で確認を受けて、「検査済証」の交付を受けます。
あらたに、確認申請手続きが必要な大規模修繕等の工事を行う際には、「検査済証」が手元にあることが前提となります。
最近の新築建築物は、「検査済証」の発行を受けるのが当たり前になっていますが、以前はそうではなかったのです。国土交通省によると、1999年以前は、「検査済証」の交付を受けていない建物が過半を占めています。フルリノベニーズが高い築40年前後の建物となると、「検査済証」がない住宅の比率は間違いなくさらに高くなります。
法適合状況調査のための時間も人員も足りない
大規模修繕等を行う建築物が建築時点の建築基準法令に適合していることを確かめる必要があるため、「検査済証」がないままでは、大規模修繕等のための確認申請を行うことはできません。図面が残っていなければ、現況の図面起こしからはじめて、法適合状況の調査を行うことが必要になります。
また、法適合状況調査の手続きは、その建物がある行政によって判断が異なっているのです。国土交通省が定めた法適合状況調査(検査済証のない建築物に係る指定確認検査機関を活用した建築基準法適合状況調査のためのガイドライン)に基づく運用をしている自治体と、そうではなく、一級建築士事務所による調査でよいとしている自治体等、対応が分かれています。
出典=国土交通省「検査済証のない建築物に係る指定確認検査機関を活用した建築基準法適合状況調査のためのガイドライン」
これまでは、普通の戸建住宅で、あらたに確認申請が必要な改修工事の件数はそれほど多くなかったため、法適合調査の手続きのニーズはあまりありませんでした。
ところが、今回の改正法施行で、これまでほとんどニーズのなかった法適合状況の調査ニーズが急増します。この調査ニーズの急増に、当面の間は、受け皿が足りない状況が続くものと予想されます。
歴史ある建物のフルリノベはさらに困難に
能登半島地震では、寺社仏閣など、歴史ある建物も甚大な被害を受けました。歴史ある建物にも耐震補強工事等を行い、長く残していきたいところですが、古民家や寺社仏閣などの歴史のある建築物のフルリノベはさらに大変なことになります。
国宝や重要文化財は文化財保護法の対象になるので、別の枠組みになりますが、それ以外の一般的な歴史ある建築物は、今回の法改正の枠組みに入ることになります。
建築基準法は、1950年にできた法律です。それ以前に建てられた建物には、当然検査済証はありませんし、法適合調査といっても法律がなかったわけですから、適合状況を調査しようもありません。指定確認検査機関ではルールが明確ではないため、まったく対応できないようです。そのため、特定行政庁(自治体)と個別協議しながら進めることになりそうですが、特定行政庁側も判断は手探りになりそうです。
そして、通常の検査済証のない建物のリノベーション案件も含めて、民間の指定確認検査機関ではなく、特定行政庁に集中することになります。特定行政庁のキャパシティオーバーが懸念され、歴史ある建築物の耐震補強工事が進まなくなる可能性があるのです。
フルリノベによる古民家再生もせっかく増えてきているところですが、今後はハードルがかなり上がりそうです。
古民家再生事例(出典=一級建築士事務所 KOTATSU+)
悪徳リフォーム会社がはびこる事態も
今回の制度変更でもう一つ大きな問題があります。それは、リノベの種類によって確認申請が必要なのかの判断基準があいまいなせいで、リフォーム会社・工務店によって、判断が異なってくる可能性があるということです。
フルリノベになれば、確認申請が必要になることは明らかです。ですが、正式な手続きを踏むと上述の通り、手間とコストと時間がとてもかかります。
そのため、この手続きを踏まずに工事を請けるコンプラ意識の低いリフォーム会社・工務店が出てくると思われます。遵法意識の高いリフォーム会社・工務店が工事を請けようにも請けられない状況を狙って、悪徳リフォーム会社が何も知らない家主に違法な工事をもちかけることも予想されます。
今回の法改正は、そのような悪徳リフォーム会社だけが生き残るという事態を引き起こしかねないのです。
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