早くも危険水域の支持率となっている石破内閣の閣僚ら=10月1日、首相官邸この記事の写真をすべて見る
石破茂内閣が早くも“危険水域”に陥っている。発足直後は“ご祝儀”ともあって高くなる傾向にある支持率が驚くほど低いのだ。就任直後から石破首相のやることなすことが裏目に出ているようにも見える。国民人気の高いことが武器でもあった石破首相に何が起こっているのか。政治ジャーナリストの安積明子氏に聞いた。
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衆議院選の最中の10月17日に公表された時事通信の世論調査は、不振にあえぐ自民党に激震をもたらしたに違いない。1日に発足したばかりの石破茂内閣は、本来なら“ハネムーン期間”を満喫しているはずなのだが、内閣支持率が28%と早々と30%を割り込んだ。2000年以降で最低の支持率だった森喜朗内閣の33.3%より低く、しかも不支持率の30.1%を下回っている。
衆議院を解散した10月9日夜、石破首相は官邸で開かれた記者会見で、歴代政権と同様に勝敗ラインを「自公で過半数」と明言した。これはこれまで形式的に述べられてきたにすぎなかったが、今回は現実的な目標とされている。自民党はもう、単独で過半数を獲れなくなってしまったのか。
“化けの皮”が剥がれつつある
その原因はどこにあるのか。ひとつは自民党の選挙の顔となった石破首相だろう。
2012年の自民党総裁選では、第1回の投票で安倍晋三元首相を含む5人の候補者の中で1位となり、「国会議員の間ではいまいちだが、国民の人気が高い」と一躍もてはやされた石破首相だが、どんどん“化けの皮”が剥がれつつある。まずは「政治とカネ」の問題をめぐる処理で、それを是正すべきは新たに選出された総理総裁であるはずが、就任早々の衆院解散でうやむやにしようとした。しかも、通例なら「有権者へのプレゼント」として行われるはずの補正予算も成立させず、“裏金議員”についても石破首相は「説明を尽くした上で原則公認」と述べていたにもかかわらず。
国民の多くはここで、石破首相を見限ったに違いない。小泉進次郎選対委員長の主導で厳しい処分が決まり、自民党は前職12人の非公認と同34人を比例名簿に登載しないことを決定したが、これも朝令暮改に見えたのだろう。低支持率は有権者が石破首相に「決断力なし」と評価した結果ではなかったか。
そして決断ができないのは、石破首相の党内基盤が盤石なものではないからだろう。党首討論などで野党に攻撃された時に石破首相が見せる苦渋の表情には、自分の力ではどうしようもない事情があることが伺える。
もうひとつの原因は、“一強多弱”に長年甘んじてきた自民党自体に存在する。
2012年に民主党から政権を奪還して以来、自民党は同年12月の衆院選で480議席中294議席、14年12月の衆院選で291議席、17年10月の衆院選で284議席、21年10月の衆院選で261議席を獲得し、いずれも単独過半数を維持してきた。その背景にあったのは故・安倍晋三元首相の存在で、「岩盤支持層」と言われる保守層の支持をがっちりと掴んでいた。
なお21年の衆院選で自民党は21議席を減少させたが、当時の自民党の顔は安倍元首相ではなく、岸田文雄前首相だったことに留意する必要がある。要するに自民党は「安倍ブランド」を掲げることでその勢力を伸ばし、維持してきたのではなかったか。
盗撮、パパ活、裏金逮捕…「魔の〇回生」
そして安倍一強政治は「魔の〇回生」をも誕生させた。「魔の2回生」としては、未公開株取引による金銭トラブルを週刊誌で暴露された武藤貴也氏や、複数の女性スキャンダルが報じられた中川俊直氏、秘書への暴言などが暴露された豊田真由子氏や知人女性への準強制性交・盗撮が発覚した田畑毅氏などがいる。
最近でも“パパ活”が報じられた吉川赳氏、洋上発電の会社から不透明な政治資金を受け取ったとして逮捕された秋本真利氏や巨額な裏金をため込んでいた堀井学氏、池田佳隆氏などの「魔の4回生」がいて、名前を挙げればきりがない。
こうした「安倍チルドレン」とも呼ばれる彼らが05年に誕生した83人の「小泉チルドレン」と異なるのは、小泉チルドレンがすぐさま09年の政権交代選挙で選挙の厳しさの洗礼を受けたが、安倍チルドレンの多くは14年、17年と順風選挙で当選を重ね、21年の衆院選でも立候補した71人のうち67人がバッヂを付けている。なかには総裁選に出馬した小林鷹之元経済安全保障担当相といった逸材も存在するが、「そもそも野党時代の自民党には、“新規参入”が難しくなかった。とんでもない輩も混じっていた」(永田町関係者)といった評価が一般だ。
さらにここに来て綻びが明らかになったアベノミクスが、石破政権のアキレス腱となっている。輸出を促すためにゼロ金利政策で円安を誘導してきたはずが、輸入価格の高騰を招き、国民の生活を圧迫しているからだ。しかもアベノミクスが成功するための鍵であった「トリクルダウン」はついに実現することなく、豊かな日本の象徴だった「分厚い中間層」は無残にもやせ細り、国民の格差は拡大するばかりとなっている。
そうした不満が噴出するきっかけとなったのは、22年7月8日の暗殺で、安倍元首相を失ったことではなかったか。これまで安倍元首相を支持していた層も求心力を失い、分裂していった。もっともそうした層を繋ぎとめるべく、岸田前首相は防衛増税を決断し、防衛装備移転三原則の見直しにも手を付けるなど、宏池会の“リベラル色”を薄めることに尽力した。にもかかわらず、その効果はいまいちで、岸田前首相はとうとう8月14日に総裁選不出馬を表明した。
救世主のはずが墓堀人?
こうした経緯を踏まえるなら、石破首相が「やるべきこと」は明らかだった。安倍元首相が残した岩盤支持層を繋ぎとめる一方で、安倍政権時に見捨てられた人たちを救うことだ。新しい自民党をつくるため、まず何をやることが重要か。未曾有の人口減・少子化に対処するために、いったい何が必要か。12年の総裁選で惜敗して以来、10年以上にわたる臥薪嘗胆時代は、これらを考える時間として十分だったはずだ。
にもかかわらず、石破首相は総裁選で金融資産課税強化や法人税増税の可能性を口にした。これではいまだ財務省の代弁者のような立憲民主党の野田佳彦代表と大差なく、総裁選で勝利した瞬間に株価が大暴落するのは当然だ。
すなわち国民が抱いていた「筋を通す」「正論を吐く」といった石破首相のイメージが、総理総裁になったとたんに崩れてしまったのだ。そして自民党のグダグダ振りも直せず、「かつての日本はもっと思いやる社会でした」(10月4日の所信表明)と、「過去の幻想」に頼るばかりになっている。
「救世主のはずが墓掘人だった」というのはよくある話だ。石破首相はいったいいくつの墓を掘ることになるのか。
(政治ジャーナリスト・安積明子)
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