医者にヨボヨボにされない47の心得②
職場健診、メタボ健診、老人健診…、健康でも検査を受け続けるのは日本人だけ。病名がつき、薬が出され、それがヨボヨボ道の入り口となるとしたら…。欧米の大規模な臨床試験で健診には予防効果がないどころか医療の厳しい管理でかえって命を縮める可能性もあるわかった。
それにもかかわらず基準値はなぜ厳しくなるのか。残りの人生を楽しんで生きる高齢者が一人でも多くなってほしい、という目的で書かれたのが『医者にヨボヨボにされない47の心得 医療に賢くかかり、死ぬまで元気に生きる方法』。今回は本書から健診のレールに乗せられない新常識をお伝えします。
長いあいだ、職場健診を受けてきた人は、定年退職後も引き続き、特定健診(メタボ健診)を受ける人が多いようです。自治体から受診のお知らせがくるので、「年に一度だから、受けておくか」と軽い気持ちで受診したりする人も多いでしょう。
でも、この行動こそ、飛んで火にいる夏の虫。60歳をすぎても健診を受け続けていると、かえって医者にヨボヨボにされてしまうかもしれないのです。
その理由を述べる前に、健診について少し解説しておきましょう。
健診は、日本だけのフシギな慣習
健診は、日本人にとってなじみ深いものですが、実は世界ではほとんど行われていません。ひとつの診療科のみの狭い領域で問診や検査を受けられる国はありますが、体調が悪いわけではない人に対して、法律に基づいて半強制的に健診を実施している国は、日本以外にありません。「健診を受けるのが当たり前」というのは、世界ではめずらしいことなのです。
日本の健診の始まりは、1911年に制定された工場法で、当時問題となっていた結核や赤痢などの感染症の蔓延を防ぐことが主な目的だったとされています。54年には世界で初めて、組織的な人間ドックがスタートしました。ドックとは船のドックヤードにたとえてつけられた通称です。72年には労働安全衛生法が制定され、労働者は年一回、健診を受けるよう、事業者に義務づけられました。
2008年からは、40~74歳のすべての公的保険加入者を対象に、腹囲や体重、血圧、血糖値、脂質を測定して、生活習慣病のリスクの高い人を早期に見つけるメタボ健診が始まっています。さらに75歳以上を対象にした老人健診(後期高齢者医療制度)も、任意ですが受けることができます。つまり、日本では、その気になれば死ぬまで健診を受けることができるということです。
治療したら命を縮めた「フィンランド症候群」
さて、ここからが本題です。健診というのは、基準値から外れた「異常値」の人を選び出して、その人たちを医療につなげていくしくみです。それにより、高血圧、脂質異常症、糖尿病、肥満などを防いだり、改善したりすることで、脳卒中や心筋梗塞などにならないようにしようというのが建て前です。
だから、異常値と判定された人の多くは、医者から薬を飲むように言われ、食事や運動などの生活指導を受けることになるのですが、それが本当に病気の予防になるかどうか――。
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実は、よくわかっていません。
メタボ健診で生活習慣病のリスクが高いと判断され、特定保健指導の対象となった人を調べた研究があります。保健指導の積極的支援を終了した人は1年間で、男性で腹囲が2.2cm、体重が1.kg、女性で腹囲が3.1cm、体重が2.2kg減少するなど、受ける前に比べて数値が改善しました。血圧や血糖値、脂質も改善していました。
しかし、いちばん重要なのは数値が改善したかではなく、脳卒中や心臓病の予防効果があったかどうかですよね。その肝心なところは、調べられていないのです。
それどころか、どこも具合が悪くないのに、健診によって問題を探し、医者があれこれと厳しく介入することで、かえって命を縮めてしまうという結果すら出ています。それは、1991年に発表されたフィンランドの比較試験で明らかになりました。
試験では、40~45歳の男性1200人を選んで600人ずつの2グループに分けました。ひとつのグループは「医療介入群」で、医者が定期的に面接して「やせなさい」「禁煙しなさい」などと生活指導をし、検査値が下がらなければ降圧剤などの薬を処方しました。もうひとつのグループは「放置群」で、生活指導も検査も行いませんでした。
常識的に考えると、健康的な生活を強いられた「医療介入群」のほうが長生きしそうです。ところが、15年間観察してみると、死亡者数が「放置群」で46人に対して、「医療介入群」では67人となり、医療が介入したほうが死亡者数が多いという結果になったのです(図)。
『医者にヨボヨボにされない47の心得 医療に賢くかかり、死ぬまで元気に生きる方法』より
健診とそれに引き続く医者たちの介入が、寿命を縮めてしまっている。この試験がもたらした結果は「フィンランド症候群」と呼ばれ、行きすぎた医療の介入はかえって健康を害してしまうことを警告しています。
健診を受けても受けなくても死亡率に差がない
その後も、欧米では健診の効果を検証する臨床試験がいくつも行われています。欧米で健診の効果を調べた14の臨床試験の計18万人のデータを解析した論文が2012年に発表されていますが、健診を受けた人と受けなかった人では、全体の死亡率、心臓病、脳卒中、がんによる死亡率に差は見られませんでした。
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30~60歳の6万人を10年間追跡調査したデンマークの調査でも同じような結果となりました。健診を受けたグループは、健診に加えて、5年間に4回の健康相談を行い、リスクが高いと判断された人には生活習慣や運動、禁煙のグループ指導も行いました。にもかかわらず、健診を受けない人と、心臓病や脳卒中の発症率、全体の死亡率に差がなかったのです。
これらの研究結果から考えると、健診は病気を予防する効果が見られないばかりか、医療の厳しい管理でかえって命を縮める可能性もあるということです。タダより高いものはないと言いますが、実質タダの健診を受けたために、高い代償を払うハメになったとしたら笑うに笑えません。
基準を厳しくすれば、患者が増えるカラクリ
健診でメタボ症候群に該当する人は予備軍も含めて約1671万人(2022年度)にのぼります。これは、メタボ健診の対象となる40~74歳の人口(約5900万人)の約4人に1人に該当します。この人たちが、医者から処方された薬を飲み、その後、何十年も薬を飲み続けることになる、まさに「薬漬けの医療」にどっぷり浸かっていくことになります。節制を基本にした生活指導も、ジワジワと元気を奪い、老化を進めていくでしょう。
24年3月、新潟大学の研究チームが、メタボ基準の女性の腹囲を現在の「90cm」から「77cm」にすべきという新基準案を提案しました。「脳卒中や心筋梗塞を起こした女性の9割、男性の7割が現在の基準値ではメタボには該当せず、リスクが見逃されていた」というのが理由のようです。たしかに、かける網を大きくすれば、リスクの見逃しは少なくなります。しかし、一方で、治療の必要がない健康な人もたくさん網にかけてしまうことの害については、ほとんど語られていません。
メタボ症候群に該当する人の数は2020年度の約1715万人をピークに、高齢化や人口減少にともなって、50年には約1330万人に減少するとの推計があります。基準値を引き下げるという提案は、メタボ患者の数を確保しておきたいという策略に思えるのは、私だけでしょうか。これまでも、血圧、コレステロール値、血糖値などの基準値がシラッと引き下げられてきた経緯を考えるとなおさらです。
メタボ健診を受けるかどうかは、個人が判断していいことです。しかし、すすめられるままに健診を受け、すすめられるままに治療を始めてしまうその先は、ヨボヨボ道に続いているかもしれないことは覚えておいてほしいと思います。
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団塊世代も全員75歳以上になり、日本は65歳以上が3人に1人の社会です。
残りの人生を楽しんで生きる高齢者が一人でも多くなってほしい、という思いで書かれたのが本書です。
たとえば、年齢が上がると病気になることが多くなります。
とともに年齢を感じるようになったら、「健康願望」「長生き願望」「寝たきりへの恐怖」などから医療にかかる割合が高くなるでしょう。それが残念なことに、ヨボヨボへの入り口になります。
薬ひとつとっても、そうです。健康診断で血圧やコレステロールが基準値を超えているから、そろそろ薬をと医者から言われます。そして、健診を受けるたび飲む薬が増えていき、5種類以上になると転倒などの割合が一気に上がります。
著者が、30年以上にわたる高齢者医療の経験とさまざまなデータから、著者ならではの「心得」を47にまとめました。
そこには、体だけでなく心や脳が生き生き若返る生き方のアドバイスもあります。本書は、高齢者のための新常識なのです。
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