近年、鹿児島県内のサラブレッド生産頭数が上昇傾向に。「ウマ娘プリティーダービー」のヒットなどで新しいファン層の獲得を後押しし、全国的に競馬への関心が高まっている今、鹿児島で若き生産者が新たな挑戦を始めている。
古くから継承されてきた馬文化
鹿児島県は古くから馬との関わりが深く、薩摩(さつま)藩の時代から馬の生産が行われてきた。
現在でも、いちき串木野市では「浜競馬大会」が行われ、霧島市の鹿児島神宮では伝統行事「初午祭」で、鈴などをまとった馬が練り歩きステップを踏む「鈴かけ馬踊り」が奉納されている。
しかし、競走馬の主流である品種「サラブレッド」の生産となると、その98%が北海道で占められているのが現状だ。そんな中、鹿児島でもわずかながらサラブレッドの生産が続けられ、2024年は県内で27頭のサラブレッドが誕生した。
その中の1頭が、日置市吹上の小さな牧場で生まれたメスの子馬「クララ」だ。
32歳の若き生産者の挑戦
クララを育てているのは、堀脇貴憲さん(32)。
3年前、20代のうちに生産牧場を開設した堀脇さんは「期待と希望だけで何とかやっている。暑苦しい話ですが“夢”ですね」と語る。
堀脇さんは、鹿児島市で畜産を営む家庭に育ち、高校卒業後は馬のひづめの管理を行う「装蹄(そうてい)師」として働いていた。
堀脇さんが馬の生産を始めようと思ったきっかけは、ある日突然訪れた。「ふと自分でも子馬を作りたいなと思い立って。装蹄師として自分が触っているのは、しょせん他人の馬だよね、というのがあった」と振り返る。
2021年に母馬となる繁殖用メス馬「エリザベスギフト」を手に入れ、実家の土地に手作りで放牧地を作った。そんなエリザベスギフトは2023年、牧場にとって初めてのメスの子馬を出産した。
堀脇さんは「かなり安産なお母さん。見に行った時には、ポロッと産んでくれた。ある意味出る幕なし。自分は」と目を細めた。
生産牧場では、飼育する繁殖用のメス馬を1年に1回、種馬のいるところに連れて行って交配し、子馬を誕生させ、その子馬を馬主に購入してもらう。
2024年6月に大崎町で行われた九州産の1歳馬の競りでは、31頭が競りにかけられ、平均価格は364万5000円、最高落札価格は836万円だった。
サラブレッド第1号の馬主決まる
堀脇さんの牧場で生まれた最初の子馬は生後3カ月で、競りではなく馬主が直接買い付けに来た。
「サツマフジ」と名付けられた堀脇牧場産のサラブレッド第1号を購入したのは、鹿屋市でサラブレットの育成や調教を行う伊東牧場のオーナー・伊東政清さん(83)だ。
伊東さんは「いいお尻をしていて楽しみだなと。即決でした」と購入の決め手を語る。
「サツマフジ」は、2025年の春先まで伊東牧場でトレーニングを続け、その後は関東の厩舎(きゅうしゃ)に所属して、JRA(日本中央競馬会)でのデビューが予定されている。
順調なスタートを切ったかに思える堀脇さんだが、馬の生産は決して楽な道のりではない。
「餌をカットしたのだけだと、食べるスピードが速すぎて食べすぎちゃう。1日中、草を食(は)んでいる体の構造だから、それも元にやりなさいと教科書に書いてあった」と苦笑いしながら、マニュアルを頼りに日々奮闘している。
“競馬ブーム”が後押しする新たな風
近年、鹿児島県内のサラブレッド生産頭数は上昇傾向にある。
2023年までの10年間、10頭台の時期もあったが、ここ数年は30頭を超えている。全国的にも増加傾向にあるそうだ。
JRAの関連団体で責任者を務める中村北斗さんは、その要因の一つに競馬の好調な売り上げを挙げ、「コロナ禍で外出ができなかったり、娯楽が乏しかった時に馬券投票がネットで盛んに行われるようになった。エンタメとして競馬に興味を持ってもらった」と説明する。
さらに、競走馬をモチーフとしたキャラクターが登場するゲーム「ウマ娘プリティーダービー」のヒットも、新しいファン層の獲得を後押ししているという。
そうした中、堀脇さんのような若い生産者が登場したことについて、中村さんは「業界的に後継者問題が常に付きまとうので、若い新しい風が入ってくるのはいい傾向」と高く評価する。
サラブレッドの灯を次世代につなぐ
堀脇さんの牧場にいる母馬エリザベスギフトのおなかには、2025年に生まれる赤ちゃんがいる。
「歴史あるものなので自分らの代で終わるのも嫌なので、先輩たちが今までつないできたものを下の代にもバトンパスができるように続けることが大事」と話す堀脇さんは、「鹿児島からサラブレッドの灯は消さない」と鹿児島で馬産を続ける意気込みを語る。
薩摩の地で育った馬が、いつの日か大きなレースを制する日が来るかもしれない。鹿児島の若き生産者の挑戦は、まだ始まったばかりだ。
(鹿児島テレビ)
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