日本には、国民はもちろん、首相や官僚でさえもよくわかっていない「ウラの掟」が存在し、社会全体の構造を歪めている。
そうした「ウラの掟」のほとんどは、アメリカ政府そのものと日本とのあいだではなく、じつは米軍と日本のエリート官僚とのあいだで直接結ばれた、占領期以来の軍事上の密約を起源としている。
『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』では、最高裁・検察・外務省の「裏マニュアル」を参照しながら、日米合同委員会の実態に迫り、日本の権力構造を徹底解明する。
*本記事は矢部 宏治『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』(講談社現代新書)から抜粋・再編集したものです。
アメリカの持つ最大の武器
アメリカの公文書を読んでいていつも感じるのは、
「戦後世界の歴史は、法的支配の歴史である」
ということです。
とにかくアメリカでは国務省の官僚だけでなく、大統領から将軍たちまでがつねに「法的正統性」についての議論をしています。もちろんそれは「法的公平性」の意味ではなく、国際法の名のもとに、相手国にどこまで自分たちに都合のいい取り決めや政策を強要できるか、またそれがどれだけ国際社会の反発を招く可能性があるかということを、常に議論しながら政策を決めているということです。
他国の人間を24時間、銃を突き付けて支配することはできない。けれども「国際法→条約→国内法」という法体系でしばっておけば、自分たちは何もしなくても、その国の警察や検察が、都合の悪い人間を勝手に逮捕してくれるので、アメリカはコストゼロで他国を支配できる。戦後世界においては、軍事力ではなく、国際法こそが最大の武器だというわけです。
国連憲章の43条と106条を使ってクリアする
日本占領において「青い目の将軍」とよばれたマッカーサーもまた、その権力の源泉は軍事力ではなく、ポツダム宣言にありました。日本が降伏にあたって受け入れたこの13ヵ条の宣言を法的根拠として、彼は日々、あらゆる命令を出していたのです。
しかしそのポツダム宣言には、占領の目的が達成されたら「占領軍はただちに撤退する」と明確に書かれているわけです(第12項)。これは大西洋憲章以来の「領土不拡大」という大原則にもとづく条項なので、マッカーサーといえども、それを根拠なく撤回することはできません。
一方、アメリカの軍部は、日本に基地を置き続ける保証がない限り、平和条約を結んで日本を独立させることには絶対に賛成しない。
その極めて難しい問題を、いったいどうやってクリアすればいいのか。
ここでもっとも重要なことは、朝鮮戦争の勃発という世界史的な大事件を受けて、ダレスがすばやく考えだし、マッカーサーに教えた基本方針が、その米軍基地の問題を、
「国連憲章の43条と106条を使ってクリアする」(「6・30メモ」)
というものだったということです。
思えばそれは「戦後日本」にとって、もっとも重要な瞬間だったといえるでしょう。その後、現在まで続く「この国のかたち」が、このとき決まってしまったからです。
ここではその複雑な法的トリックについて、できるだけわかりやすく説明するつもりですが、さらにお知りになりたい方は、『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』をぜひお読みください。
ダレスの使った法的トリック
国連憲章43条というのは、結局は実現しなかった「正規の国連軍」についての、もっとも重要な条文です。そこではすべての国連加盟国が、国連安保理とそれぞれ独自の「特別協定」を結んで、国連軍に兵力や基地を提供し、戦争協力を行う義務を持つことが定められているのです。
一方、106条というのは、そうした国連軍が実際にできるまでのあいだ、安保理の常任理事国である五大国は、必要な軍事行動を国連に代わって行っていいという「暫定条項」です。これは本来、短期間だけ有効な過渡的な条項として国連憲章に書かれたものだったのですが、その後、国連軍がいっこうに成立しない状況のなか、五大国に非常に大きな特権を与える条項となったため、そのまま削除されずに残ってしまったわけです(現在でも依然として残っています)。
このふたつの条文を組み合わせて解釈すれば、占領終結後も米軍が日本に駐留し続けることは法的に可能ですと、ダレスはマッカーサーに提案したのです。
つまり、「国連加盟国は、国連軍に基地を提供する義務を持つ」という43条を、106条という暫定条項を使って読みかえることで、日本は国連軍ができるまでのあいだ、「国連の代表国としてのアメリカ」に対して基地を提供することができるというのです。
つまり日本が「国連の代表国であるアメリカ」とのあいだに、「国連軍特別協定の代わりの安保条約」を結んで、「国連軍基地の代わりの米軍基地」を提供することは、国際法上は合法ですと、ダレスはマッカーサーに説明したわけです。マッカーサーはその提案に全面的に賛同し、「これなら日本人も受け入れやすいだろう」と語ったと、「6・30メモ」には書かれています。
その結果、日本政府のコントロールがいっさい及ばないかたちで「国連軍の代わりの米軍」が日本全土に駐留するという、日米安保の基本コンセプトが誕生することになったのです。現在の日米間のあまりに異常で従属的な関係の根底には、この「アメリカ=国連」「米軍=国連軍」という法的トリックがあるのです。
さらにいえば、この法的トリックを受け入れてしまった場合、国連憲章43条が加盟国に提供を義務づけているのは、基地などの「便益」だけではなく、「兵力」や「援助」の提供も同じく義務づけているので、最終的にアメリカは日本に対して、あらゆる軍事的な支援や兵力を提供させて、それを米軍の指揮のもとに使う法的権利を持っているということになります。
朝鮮戦争で米軍が敗走を続けるさなかですから、おそらくダレスも必死だったのでしょう。このような通常では絶対にありえない、まさに詐欺同然のグランド・デザインにもとづいて、その後の日米の軍事的関係がスタートしてしまうことになりました。
そして本当に信じられないことですが、それから70年近くの時を経て、いまそのときのダレスのグランド・デザインが、すべて現実のものになろうとしているのです。
さらに連載記事<なぜアメリカ軍は「日本人」だけ軽視するのか…その「衝撃的な理由」>では、コウモリや遺跡よりも日本人を軽視する在日米軍の実態について、詳しく解説します。
本記事の抜粋元『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』(講談社現代新書)では、私たちの未来を脅かす「9つの掟」の正体、最高裁・検察・外務省の「裏マニュアル」など、日本と米国の知られざる関係について解説しています。ぜひ、お手に取ってみてください。
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