累計5万部を超えるベストセラー『コーヒーの科学』から、コーヒーの味を決める大切な工程「焙煎」についての解説を抜粋してお届けします。
「焙煎度」の基本的な分類から、自分好みのコーヒーの見つけ方、そして家庭でできる焙煎の方法もご紹介します。
基本となる8段階の焙煎度
現在、日本のコーヒーに関する書籍を見ると「コーヒーの焙煎度はライト・シナモン・ミディアム・ハイ・シティ・フルシティ・フレンチ・イタリアンの8段階」と書かれた本が大半です。
この8段階の分類は1920〜1930年代に、北米のコーヒー取引商の間で用いられていた慣用的な名称を集めたもので、特別はっきりとした線引きの基準があったわけではないようです。
(出典:『コーヒーの科学』)
一般に焙煎度は、国や地域ごとに好みに一定の傾向が見られるのですが、その当時、世界でもっとも浅煎りだったのはイギリスのライトローストで、一ハゼ直前で煎り止めたもの。(具体的な焙煎状態の目安や「一ハゼ」「二ハゼ」については、記事後半の「家庭焙煎に挑戦」で解説しています)
一方、フランス(フレンチロースト)は表面に油が滲み出るくらい、イタリア(イタリアンロースト)は炭っぽくなるほどの深煎りだったとされています。
この頃、ドイツはフランスと同程度、北欧はイタリアよりも深煎り。アメリカは地域差が大きく、ボストンや西海岸ではシナモンやライト、東部はやや深めでハイ〜フルシティ、南部がもっとも深くてフレンチ以上でした。
ちなみにシティローストの「シティ」とは、これがもっとも好まれたニューヨーク(ニューヨーク・シティ)のことです。一ハゼの終わったくらいのミディアムローストが、アメリカ全体では文字通り「中間」くらいの焙煎度で、これが今でも伝統的な「アメリカンロースト」として扱われています。
一方日本では、戦後にはライトやシナモンローストも見られたものの現在ではあまり見かけなくなり、アメリカン(ミディアム)くらいを「浅煎り」と呼ぶ店が多いようです。
ただし同じ日本の中でも、例えば深煎り志向の店では「浅煎り」と呼びながらもほとんどフルシティに近いところもあります。じつは地域や店ごとにまちまちで「浅〜深煎り」という呼び方には特に決まった「物差し」があるわけではありません。
さすがにそれでは不都合が多いということで、焙煎豆の色を測定して標準化しようという取り組みがアメリカなどで進められています。
また、細かいことを言うと香味が変化するタイミングは、豆の状態などによって、色の変化と微妙にずれるため、プロが焙煎する現場では色だけでなく、豆の膨らみ方や表面の皺の伸び、立ち上る匂いの変化、ハゼ音など、五感をフル活用しながら進行具合を見極めて判断するようです
自分好みのコーヒー探しは焙煎度から
ある方から「ワインも少し勉強しておくといいよ。きっとコーヒーを理解する上で役に立つから」とアドバイスされたのをきっかけに、下戸の私もときどきワインを嗜むようになりました。
ワインの世界に初めて足を踏み入れる初心者の立場になって、改めて気付いたことがいくつかあります。生産国に地域、農園、品種、製法、製造年……いろいろ種類がありすぎて何から飲み始めたらいいか、わからないのです。
そこでワインの教科書を何冊か読み漁ってみると、その多くに「いくつかの品種を飲み比べて、自分好みの品種を見つけるところから始めよう」と書かれていました。ワインの香味は農園や製造年などより品種による違いがいちばんはっきりしているため、そこから入門するのが早道で、まずは自分の好みの品種を見つけておいしく楽しみ、それに飽き足らなくなってきたら別の品種を試すのが、初心者にオススメなのだそうです。
なるほど、と納得しながらここでふと、一つの疑問が生まれました。これがコーヒーだったら、初心者にどうアドバイスすればいいのでしょうか? あれこれ考えてみましたが、私ならばこう答えます。
「焙煎度の違うものを飲み比べて、まずは自分好みの焙度を見つけるところから始めてみましょう」と。
大半のコーヒー店では、いろいろな産地の豆を配合したブレンドの他、単一の産地の豆だけを使ったもの(ストレート)が「ブラジル」「コロンビア」などの生産国名や「モカ」「マンデリン」などの銘柄名で売られています。しかし生産国と焙煎度による違いで比較した場合、より香味の違いがはっきりと現れるのは焙煎度です。
カンザス州立大のグループが主成分分析という統計的手法で香味の違いをマッピングした結果、エチオピア、エルサルバドル、ハワイの3ヵ国の豆を同じ焙煎度にしたものと、どれか一つの国の豆を異なる焙煎度に煎りわけたものでは、前者がより狭く、後者がより広い範囲に分布する傾向が認められました。他のグループからも同様の結果が出ています。
産地銘柄vs焙煎度 Adhikari(カンザス州立 大)らによるコーヒーの香味の主成分分析(2011)を元に作成。マップ上で近い点同士ほど香味が似ている。●エルサルバドル、▲エチオピア、■ハワイコナ
いろいろな生産地の豆を同じような焙煎度にするよりも、一つの生産地の豆を浅煎りから深煎りに煎りわける方が、香味は多様に広がるのです。
あくまで初心者向けの提案ですが、最初は定評のあるコーヒー店で浅煎り、中煎り、中深煎り、深煎り……と飲み比べ、自分好みの焙煎度を見つけ、そこを中心に飲み比べてみてはどうでしょうか。
店や豆の種類によって多少のずれがあることも念頭におきながら香味の違いを意識するようにすれば、特徴がみやすいと思います。また店の人にオススメを尋ねたときも「苦味とコク」の深煎りと「酸味と香り」の浅煎りのどちらが好きかを訊かれることは多いので、そのどちらが好きかを把握しておくだけで、自分好みのコーヒーに出会える機会がぐっと増えるでしょう。
「家庭焙煎」に挑戦してみよう
コーヒー会社や自家焙煎店では専用の機械(焙煎機)を使いますが、生豆と簡単な道具があれば自宅のキッチンで「家庭焙煎(ホーム・ロースティング)」することも可能です。
ここでは割と一般的な、手網を使った焙煎のやり方の一例を紹介します。準備するものは以下の通りです。
生豆:輸入食品店やインターネット通販などで入手が可能です。手網の大きさによりますが一回につき50〜250gくらい焙煎するのが手頃でしょう。なお、煎った後は水分などが飛んで10〜20%程度軽くなります。
手網:銀杏煎りやゴマ煎りとして売られている把手つきの金網。直径10〜25cmくらいのあまり重くないものがいいでしょう。
ガスコンロ:カセットコンロでも代用可。直火の上で手網を振るため、一般的なIHヒーターでは作業できません。またガスコンロでも最近は、過熱防止機能の関係から使えない種類のものがあります。
うちわ、扇風機など:煎り終わった豆をすばやく冷ますのに使います。
その他:火傷防止のため軍手が必需品です。またストップウォッチなどもあると便利です。
まずは生豆を一粒一粒チェックしながら、カビや虫食い、変色などのある豆や、異物を除きます(=ハンドピック)。貝殻豆やピーベリーなど特殊なかたちのものや、明らかに大きすぎたり小さすぎたりする豆は、煎りムラや焼け焦げの原因になることがありますが、自分で飲むなら、どこまで除くかはお好みでいいでしょう。
焙煎開始!
ハンドピックが終わったら、いよいよ焙煎です。生豆を手網に移してガスコンロに火を点けます。炎の大きさは、普段そのコンロで料理するときの「中火」くらい。
炎の大きさを途中で細かく調節する流儀もありますが、私は最初から最後まで中火のまま手網を振る高さだけを変えて「火力」調整しています。この辺りの流儀はお好みでいいでしょう。
なお、実際の火力はコンロやガスの種類によっても変わるので、ここからの数値はあくまで一つの目安だと考えて下さい。
いきなり最初から強い火力で加熱すると表面だけ焦げてしまうので、まずは生豆を温めるよう「中火の遠火」で。手網をガス炎の上30cmの高さで水平に保ち、中の生豆を転がすように前後左右にゆっくり振りつづけます。
3分ほど経って青臭い匂いが漂いだしたら「水抜き」の段階に入ります。水分を飛ばすペースを速くするために火力をちょっと上げましょう。手網の位置を徐々に下げ、炎から25cmの高さでキープして様子を見ながら振りつづけます。火力が上がるほど煎り
ムラが出やすくなるので、手網を振るペースをちょっと速くしましょう。
温まって少し軟らかく緩んだ豆からどんどん水分が蒸発。青臭さにやや甘くて香ばしい匂いが混じってきます。ほどなく豆表面が乾燥して、シルバースキンが薄皮(チャフ)となってがれ、コンロの周りに飛び散りますが、気にせず手網を振って下さい。
薄皮が剥がれ終わるのと前後して生豆本体から水分が抜けていきます。豆表面の水分が先に蒸発し、内部の水分が表面に移動してまた蒸発、を繰り返しているので芯までスムーズに水が抜けるよう、少しずつ手網の高さを下げながら、徐々に火力を上げましょう。急に近づけすぎると表面の水分だけが抜けて生焼け(芯残り)になり、エグくて飲めたものではなくなります。
慎重になりすぎて時間が長くなると香味が抜けがちになるのが難しいところですが、生焼けよりはましなので、加減がわからない最初のうちは焦らず、慎重にやるのがいいでしょう。焙煎開始6〜7分の時点で炎から20cmくらいの高さに近づけたら、そのまましばらくキープします。どんどん水が抜けるとともに豆は小さく縮み、表面に皺がよってきます。
豆の大きさなどにもよりますが、焙煎開始から9〜10分経過すると香りから青臭さが消え、言葉ではちょっと説明しにくいのですが、豆を振る手応えや音が何となく変わってきます。水が十分に抜けて豆が硬くなりだした証拠です。
「煎り込み」~「煎り止め」
ここから本格的な「煎り込み」に入ります。手網を炎から10〜15cmまで近づけ、素早く振りつづけて下さい。香ばしい匂いがどんどん強くなるとともに豆が膨らんで表面の皺が伸びはじめ、12〜14分くらいでしょうか。「パチッ」とコーヒー豆がハゼる音が始まります。
「一ハゼ」と呼ばれる現象です。一ハゼが始まると豆の変化が急に速くなるため、手網を少し上げて火力を落としてやるとタイミングがつかみやすく、またムラなくき
れいに煎り上がりやすくなります。
最初は散発的に、やがて「パチパチ……」と複数の豆が一ハゼを起こした後、いったん収束していきます。この時点で焙煎を止めれば「浅煎り」になります。
さらに手網を振りつづけると煙の色が少し青白く変化し、香りもやや煙っぽくなってきます。そしてほどなく、今度は「ピチピチピチ……」という、さっきより高くて小さな音が聞こえてきます。これが「二ハゼ」です。この二ハゼ開始の少し手前が「中煎り」、全体が二ハゼを起こしている最中が「中深煎り」です。
さらに手網を振りつづけると二ハゼも収束して表面に油が滲んできます。ここまでくれば「深煎り」です。
焙煎中の豆の構造の変化(詳しい説明は『コーヒーの科学』をご覧ください)
浅煎りから深煎りまでの、自分好みの焙煎度になったところで「煎り止め」を行います。手網を火から外し、うちわなどで激しく扇いで急速に冷やしましょう。
そのまま放置していると、表面からでは判らなくても豆の中心部は熱いまま、余熱で焙煎が進行しつづけて焦げてしまうことがあります(芯焦げ)。これで「自家焙煎コーヒー」の完成です。
場合によっては20分近く手網を振りつづけることになるので、結構腕が疲れる作業です。しかし、上手にやればプロ並みのものができますし、失敗したなら失敗したで「手作り感」を味わうのも楽しいものです。
また自分の目の前で焙煎が進んでいく様子を観察するとコーヒーへの理解が一気に深まりますし、普通ではお目にかかれない「(文字通りの)煎りたて」を飲んでみたい人には絶好の機会になるでしょう。もし興味を持った方は、ぜひ一度挑戦してみてください。
コーヒーに関するあらゆる情報をエスプレッソのように濃縮した一冊。
『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』
旦部 幸博
滋賀医科大学准教授・医学博士
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