【日本はなぜ韓国に1人あたりGDPで抜かれたのか】問題だった日本の内外価格差解決策、経済停滞へと進んでしまうのか

 韓国の為替レートでの1人当たりドル建て国内総生産(GDP)が2023年に日本を追い抜いたことが話題になっていた。しかし、国民の生活水準をより良く表す1人当たり購買力平価GDPでは韓国は15年にすでに日本を追い抜いていた。

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 図1は、日本と韓国とアメリカの1人当たり為替レートGDPと購買力平価GDPを示したものである。アメリカは主要7カ国(G7)の中で1人当たりGDPが最高なので、参照値として入れている。なお、アメリカのドルが基準なのでアメリカの1人当たり為替レートGDPと購買力平価GDPは同じである。

 このような日本と韓国の1人当たりGDPの動きをどう考えたら良いのだろうか。そのことを考える前にそれぞれの言葉の意味を確認しておこう。

 為替レート換算GDPはその時々の為替レートで自国通貨をドル換算したものである。購買力平価は、各国のGDPの構成項目の財やサービスの一定量をバスケットに入れ、それを購入するのに必要な金額を各国の通貨で表し、それらが等しい価値を持つと考えて決められた交換レートである。

 為替レートには、自由に貿易される財の価格が強く反映されるが、GDPは貿易財だけでなく、貿易が難しいまたは制限されている財やサービスが含まれている。例えば医療費、教育費、家賃、農産物、交通費、外食、あるいは美容室などの人的サービスなどだ。私たちの生活費には自由に貿易できる財だけでなく、できないものも含まれているのだから、国民の豊かさの指標としては購買力平価GDPの方が優れている。

 筆者は、一国の生活水準は購買力平価GDPで計るべきだから為替レートでのGDPを気にする必要はないとも思うのだ。

昔は内外価格差が問題だった

 1980年代の末から2010年頃まで、日本では内外価格差が問題だった。日本の財やサービスが他国と比べて高いために、為替レートでの1人当たりGDPの豊かさに比べ国民生活の豊かさがそれに追いついていないという問題だ。

 自由に貿易される財は安いが、そうでない財・サービスが割高なので、生活の豊かさが享受できないという問題だった。すると内外価格差は、購買平価GDPを為替レートのGDPで割ったものとなる(値が小さいほど内外価格差があることになる。値が1なら内外価格差はない)。

 図には日本と韓国についての内外価格差も示してあるが、日本の場合、1980年代の末から2010年頃まで内外価格差があった。つまり、日本の物価を為替レートのドルで計ると割高になっていた。

 ところが、現在では購買力平価GDPが為替レートGDPよりも大きい逆内外価格差となっている。一方、韓国では1995年を除いて内外価格差が生じたことはない。つまり、ほとんど常に逆内外価格差があった訳だ。

 1990年頃、東京大学の故舘龍一郎教授は、内外価格差とは内々価格差であると喝破した。すなわち、日本の貿易財部門の生産性は高く、それゆえに安い価格が付けられる。一方、非貿易財・サービス部門の生産性は低く、高い価格になる。すると貿易財部門の安い価格を反映して円高となるが、それで低生産性部門の価格をドル換算すると高い価格になってしまう。だから、内外価格差は貿易部門と国内部門の生産性の違いを反映した価格差であって、内々価格差の問題だというのである。

 この議論はまったく正しい。内外価格差をなくすためには、貿易財部門の生産性を高いままにして、低生産性の国内部門の生産性を上げれば良い。もちろん、貿易財部門の生産性を下げても内外価格差はなくなるが、それは日本を貧しくすることになる。

 ただし、内外価格差は内々価格差という議論は正しいが、それをそのままデータに当てはめると解釈の難しいことが起きる。前掲の図1で日本の為替レートでの1人当たりGDPは1985年から95年まで急速に成長し、その後2007年まで停滞していたが、12年まで急激に成長し、その後マイナス成長に陥ったことになる。生産性がそう大きく変動するとは考えられない。舘教授の議論は正しいが、それは長期的にそうなる傾向があるというだけだ。

GDPを実質化して考える

 前掲図1の値は名目なので、まず実質にするために、アメリカの消費者物価指数ですべての値を割って、1980年から95年、95年から2010年、2010年から2014年とほぼ15年ごとに1人当たりの実質為替レートGDPと実質購買力平価GDPの年平均成長率を見ると表1のようになる。

 これを見ると、1980年から95年では為替レートGDP(貿易財)の生産性上昇率は6.5%で、日本全体(購買力平価GDP)の生産性上昇率2.5%を上回っている。95年から2010年では、貿易財の生産性上昇率がマイナス2.3%になるのに対し日本全体の生産性上昇率は0.2%とプラスを保った。10年から14年でも、貿易財の生産性上昇率はマイナス4.9%となるのに、日本全体の生産性上昇率は0.5%とプラスを維持した。

 日本が極端な例だが、多くの国で、為替レートGDPの成長率がマイナスになっている。例えば、ドイツの為替レートGDPの成長率は1980年から95年で3.1%だが、95年から2010年ではマイナス0.4%、10年から14年ではマイナス0.8%となっている。

 ここでは為替レートGDPは貿易財の生産性を表すとしているのだが、生産性が29年間にわたってマイナスになるとは信じられない。これはむしろ、何らかの特殊要因によって為替レートが過大に評価され、それが調整される過程でマイナス成長をもたらしたと解釈できるだろう(日本ではバブル崩壊後の1995年まで円高が続いた。ドイツでも1995年頃までマルク高が続いた)。あるいはまた、極端な円高が貿易財産業の海外移転をもたらし、海外展開できない非効率な製造業が日本に残ったからだと解釈できるかもしれない。

日本は産業の生産性を下げた?

 こうだとすると、日本は、貿易財部門の生産性を下げて内外価格差を解消したことになる。実際、貿易特化指数(品目ごとの輸出額から輸入額を引いた純輸出額を、輸出額と輸入額を足した総貿易額で割った数値。1とマイナス1の間に収まり、1に近いほど輸出に特化しており競争力を持つことを示す)で見ても、電気機械、情報通信機械など日本の多くの産業が輸出競争力を失っている(例えば経済産業省経済産業政策局「経済産業政策新機軸部会 第3次中間整理 参考資料集」スライド67、2024年6月)。

 これでは日本経済が停滞したのは当然だ。一方、前述のように、韓国では内外価格差があったことはない。すると、極端な円高が内外価格差をもたらし、それが解消する過程ですべての産業の生産性が下がったのかもしれない。

 韓国1カ国だけの例では心もとないので、主要国の内外価格差の推移を示したのが図2である。図に見るように、日本のように極端な内外価格差のあった国はない。韓国はもちろん、経済好調な台湾も逆内外価格差の国である。現在の日本は、やっと他国並みの逆内外価格差の国になっただけである。

 内外価格差は内々価格差で、内外価格差の解消のために国内産業の生産性を高めるのは正しいが、日本の場合、貿易財産業の生産性を低めて内外価格差を解消したのではないか。

原田 泰( 名古屋商科大学ビジネススクール教授)

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