2月4日、パナソニックHDが発表した「グループ経営改革」が波紋を呼んでいます。「パナソニック株式会社の発展的解消」といった発言が飛び出し、翌日の株価は約14%急騰。情報が錯綜し、パナソニックHDが「パナソニックグループの解散」を否定する事態にまで発展しました。しかし、会見における説明内容を緻密に分析すると、パナソニックの解散・再編による改革の実効性を不安視せざるを得ない要素があるのです。パナソニックの未来を左右する経営改革のポイントを解説します。(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)
“わかりづらすぎる”事業再編計画が失敗に終わる不安
「パナソニック株式会社を発展的に解散させる」「テレビ事業を売却する覚悟はある」
2月4日に行われたパナソニックホールディングス(HD)のグループ経営改革の発表では、楠見雄規社長からの際どい発言が相次ぎました。パナソニックの企業名やテレビの「ビエラ」がなくなってしまうのではないかと受け取った読者の方も少なくなかったのではないでしょうか。
株式市場ではソニーグループが時価総額約22兆円、日立製作所が約19兆円と株高傾向が鮮明になっている一方で、パナソニックHDは約4兆円と先行グループとの差がひらいています。株価は10年前の2015年、20年前の2005年とほとんど変わらない水準で低迷しています。パナソニックHDに経営改革が必要なのは間違いありません。
そこでパナソニックグループの再編が発表されました。発表を受け翌日の株価は約14%も上昇しました。いよいよ再編が前に進むと株主は感じたはずです。一方でその中身がどうもわかりづらい。目標は明確ですが、手段があいまいに見えるのです。情報の受け手として「経営陣が改革をやりきれるかどうか」に不安を感じました。そのあたりをこの記事で解説したいと思います。
では説明を始めましょう。パナソニックHDは今回の経営改革を通じて低収益事業の売却ないしは再建、人員削減を伴う生産性向上を行い、2028年度に3000億円以上の収益改善を達成することを目標にしています。営業利益が3500億円前後の会社ですから、ほぼ利益倍増を目標に掲げた形です。
グループ全体としてはソリューション分野に経営資源を集中します。その一方で低収益事業を見極めて、成長を見通せない「課題事業」は2026年度末までに一掃する方針を示しました。この「課題事業」に分類されるのがテレビ、キッチンアプライアンス(調理家電)、メカトロニクス事業、産業デバイス事業の4事業だと明示されています。
低収益事業にはもうひとつ、再成長の可能性がある「再建事業」というカテゴリーがあります。家電事業全般がこのカテゴリーに入ります。
さて、この目標を目指すうえでパナソニックHDは事業会社の組織再編を行うと言いました。パナソニックグループの中核であるパナソニック株式会社は、家電の「スマートライフ」、空調などの「空質空調・食品流通」、照明の「エレクトリックワークス」(それぞれ仮称)の3社に分社化されます。
ここがわかりにくいところです。課題事業であるテレビと調理家電は一掃するのかと思いきや、再建事業であるそれ以外の家電事業ともどもスマートライフ社に集約するのです。白物・黒物、国内販売部門まとめてひとつに集約すると宣言したのです。
さらにわかりにくいことには、再建事業全体の売上高は約2兆4000億円とされていますがそこにはわざわざ「キッチンアプライアンス・テレビ含む」と明示されています。記者会見を聞いている側は「いったいぜんたいテレビはなくなるのか(課題事業?)なくならないのか(再建事業?)どっちなんだ?」と混乱するわけです。
そこで説明させていただくと、これがまさに日本の伝統的大企業が培ってきた「玉虫色」という経営技術のたまものなのです。
社長の話をよく聞いていると、低収益事業の説明の際に「見極めた」とは言っていないことに気づかされます。そうではなく「見極めを加速する」と言っています。つまり、楠見社長としては「テレビは課題事業(なくなる)だと思うのだけど、それを新しく分社化される会社の社長に2025年度中に検討してもらい、決める」と話しているのです。
ここで「目標が明確だが手段があいまいに見える」と話した意味の説明をします。楠見社長は「これまでの事業会社制を見直す」ことを通じて収益構造を変革するとおっしゃっています。
事業会社制とはテレビとか美容家電とか洗濯機などのひとつひとつの事業をあたかも小さい会社のようにとらえて、それぞれの事業トップに社長と同じ責任を負わせる経営手法です。これは経営の神様と呼ばれた松下幸之助がパナソニックに植え付けたDNAのような経営手法でもあります。
松下幸之助のエピソードにこういう話があります。ある工場(当時は事業部と呼称)が3年間赤字を続けている。それを見た幸之助が顔を真っ赤にして事業部に乗り込んで「もうお前のところにはカネは貸せない」と怒るのです。そして実際に本社へと金を引き上げてしまいます。事業部長は真っ青になって銀行を回って支店長に頭を下げて運転資金を借り入れます。こうやることで幹部ひとりひとりが社長の責任を実感するように育つのです。
事業会社制は下が育つという点ではいいのですが、HD経営のように経営資源をどこかに集中し、不要なビジネスからは撤退するといった決断は下しにくいという欠点があります。たとえばテレビ事業のトップはテレビ事業を売却するという発想は浮かびません。そこで事業会社制をやめて、「白物家電も黒物家電もひとつに集約する」という「手段」をとることで、ある事業には資源を投資するが、別の事業は売却するといった意思決定ができるようにしようというのが今回の構造改革の考え方です。
決算会見で露呈した「解散・再編」の前途多難
さて、今回パナソニック株式会社を分社化して誕生する「スマートライフ社」は、課題事業のテレビと調理家電、再建事業のその他家電を統合した会社ということになります。いわゆる「負け犬事業」と「問題児事業」をひとつにまとめて、どうやって再建するのでしょうか。
それについては「ジャパンクオリティーの製品を、世界で戦えるチャイナコストで実現すること」が鍵だと楠見社長は明言しています。パナソニックの家電事業が抱えている課題は高コスト体質と変革スピードの遅さだという前提があります。
これまでの事業会社制にはもうひとつ欠点があって、それはどうしても売り上げを出さない間接部門のコストが膨らむことです。一つひとつの事業をあたかもひとつの会社として扱うので、どの事業部もスタッフを抱えてしまうのです。
その欠点を構造改革で変えるのが今回の「手段」ということになります。新しい「スマートライフ社」では間接部門や販売部門での人員の最適化を進め、製造・物流・販売拠点の統廃合を行い、生産性の向上を行う方針です。それを「やりきる」ことができれば、家電事業も再建できるし、HD全体では2028年度に3000億円以上の収益改善が見込めると言っているのです。
そしてここが一番重要な点です。この構造改革は、ちょっと見ではリストラ策に見えます。重複する人員を削減してコストを減らす部分は確かにその通りです。しかしそれはジャパンコストにまでは下げられても、チャイナコストにまではコスト構造を下げることにはつながりません。
ではどうやってそこに到達するのか。パナソニックの記者会見ではAIを含むDXが鍵になると明言しています。実はここが大企業の構造改革で一番難しい。というのはAIを含むDXで生産性を上げるには、システムの導入だけではなく、権限移譲が必要だからです。
物凄く単純化してお話しすれば、AIをブレーンに幹部社員一人ひとりが自分で意思決定をするようになれば、変化のスピードも速くなりますし、これまで必要だったスタッフを抱えるコストも激減します。これは競合する中国メーカーに共通する組織上の特徴です。
一人ひとりの幹部社員に責任と権限が大幅に移譲されていて、そこで意思決定が迅速に行われるからこそ生産性が高い。この構造にある中国メーカーのチャイナコストに挑戦できるかどうかが、楠見社長のプレゼンテーションに書かれていた「収益改善効果」の鍵を握っています。
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