堺市が所有者を調査したが、相続人全員の特定が困難となり、行政代執行で解体した空き家=令和6年、堺市北区
相続時に登記簿の変更がされず、現在の所有者が分からない「所有者不明土地」問題を解消しようと、昨年4月に不動産の相続登記の義務化が施行されてから1年が過ぎた。法務省によると、相続登記は令和5年度に比べて約1割増加したが、依然として膨大な土地の所有者は不明なまま。国に不要な土地を引き取ってもらう制度の利用も低調だ。さらに制度に便乗し、資産価値の低い土地を抱える所有者の不安に付け込む悪徳業者もおり、多岐にわたる対策が求められている。
処分のめどつかず
相続登記義務化は、相続を知ってから3年以内に登記しないと、10万円以下の過料が科される制度。義務化前に相続した土地も対象で、令和9年3月末までに登記しなければ過料対象となる。
国民生活センターによると、令和5年ごろから、制度に便乗し、故人名義で放置された土地の整備や処分を持ちかける不審な勧誘に関する相談が増えているという。センターの担当者によると「売却先を見つける」と持ちかけて手数料を取り、実際には何もしなかったり、土地売却の広告費や測量費の名目で金銭を要求したりする悪徳業者に関する相談が寄せられている。
不要な土地の処分とともに、資産価値の乏しい新たな土地購入の話をセットで売り込む業者もいるといい、担当者は「一刻も早く処分したい、という売り主の気持ちにつけこんだ手口だ」と指摘する。
母親から山林を相続し処分に悩む女性=大阪府池田市
両親が「温泉付きのバスツアーに参加」して200万円で購入した岡山県の山林を相続した大阪府池田市の女性(70)もその一人だ。相続登記は済ませたが、売り手のあてもなく、処分の目途はついていない。
管理維持費は毎年のしかかる。数年前に50万円で売却してほしいという話もあったが、実現せずに今も活用することなく、不要な山林を抱え続ける。
国の引き取り制度は低調
こうした事態を受け、法務省は令和5年4月から、相続した不動産を国庫に引き渡せる国庫帰属制度も開始。使い道のない土地を抱える相続人が法務局に申請し、承認されれば国に引き取ってもらえる。
審査手数料は1筆1万4千円で、承認されると10年分の土地管理費用相当額の負担金(基本20万円)を納付。ただ建物のある土地や境界があいまいな土地は認められないなど複数の条件があり、承認のハードルは高い。今年2月時点で帰属制度の申請は3462件で、承認されたのは1430件だった。
法務省によると昨年9月に土地所有者ら8460人を対象としたインターネット調査で、義務化の認知度は73%だったが、帰属制度は約33%にとどまった。
制度に詳しい司法書士の谷口裕宣さんは「制度は知られていないほか、承認されるには条件も多く、申請の段階であきらめる相続人もいるだろう」としている。
「地面師」犯罪の温床にも
国土交通省によると令和4年度の所有者不明土地は全国の土地の区画(筆)の24%で、民間調査では、その面積は九州本土を上回ると試算している。所有者不明土地は、公共事業や災害対策を進める際に妨げとなることから、国は対策を急ぐ。
相続登記義務化と合わせ、令和6年4月には相続人申告登記制度を始めた。遺産分割協議がまとまらず、期限までに相続登記できない場合、法務局に相続人の住所や氏名などを申し出れば、過料は科されない。
対策を進める背景には差し迫った事情もある。今年は人数の多い「団塊の世代」の全員が75歳以上となる。国民約5人に1人が後期高齢者となる計算で、相続問題は多発する見込みだ。
故人名義の土地を登録せずに放置すれば、数世代後には相続人が数十人に膨れ上がり、収拾がつかなくなる恐れもある。また、所有者を偽り、多額の不動産代金をだまし取る「地面師」犯罪の温床にもなり得る。
相続登記の義務化により意識は確実に高まったといえる。過料は設けられているが、義務違反者に期間を定めて催告し、応じなかった場合に限られるなど実際に科されるケースは少ないとみられる。だが、まじめな日本人の意識に訴える効果は大きかった。
また、認知度向上が課題であるものの、これまでは不要な土地だけを放棄することができなかったが、国庫帰属制度により、一定の要件下で国が引き取ることが可能になった意義は大きい。
ただ、こうした対症療法的な制度に加えて、不要な土地の流通システムも整備する必要がある。 例えば国庫帰属制度を申請した際に、その土地情報をオープンにすれば、国の引き取り要件をクリアしなくても、購入を希望する人がいるかもしれない。また、市町村が同様の制度を創設してもよいだろう。土地は、そこを管理できる人が所有するのが一番だ。流通の過程で悪質な業者が入らないように対策を講じつつ、そういったマッチングを進める仕組みをつくらなければならない。(木津悠介)
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