3分でわかる! 『般若心経』

世界に多大な影響を与え、長年に渡って今なお読み継がれている古典的名著。そこには、現代の悩みや疑問にも通ずる、普遍的な答えが記されている。しかし、そのなかには非常に難解で、読破する前に挫折してしまうようなものも多い。そんな読者におすすめなのが『読破できない難解な本がわかる本』。難解な名著のエッセンスをわかりやすく解説されていると好評のロングセラーだ。本記事では、『般若心経』を解説する。

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出家しなくとも、読んだり書いたりすることによって功徳が得られるという究極のダイジェスト経典が『般若心経』だ。内容はズバリ「すべての苦しみを消し去ることができる」というありがたい教えである。

たった262文字で悩みが解決

 262文字(または266文字)の般若心経は、もっとも親しみやすいお経でしょう。

けれども、そんな短いお経であるにもかかわらず、人生のあらゆる悩みに対処する仏教の知恵がギュッと詰め込まれています。持ち歩ける特効薬のようです(暗記しておけば、もっと楽です)。

 このお経には、特筆するべきことがたくさんあるのですが、まず驚くのが、「初期の仏教説を否定する」という内容を含んでいるということです。

「いや、仏教開祖であるお釈迦様の説を否定するって本当に仏教なの?」と思われるかもしれません。

 けれども、釈迦の教えがバージョンアップしていく全体がまた仏教なのです。

 最初は、「観自在菩薩・行深般若波羅蜜多時・照見五蘊皆空・度一切苦厄・舎利子」と始まります。

 観世音菩薩が深い瞑想状態に入って、この世界が「空」であることを体得し、すべての苦しみから解放されたという意味です。

「色不異空・空不異色・色即是空・空即是色」と続きますが、これは「物質は空である」ということを説明しています。

 釈迦が説いた縁起は相互依存をあらわすのですが、この思想が発展すると物質(色)の実体は存在しないことになり、これが大乗仏教で「空」と表現されます。

 そうなると、この物質世界では、生じるものも滅するものもなく、汚れることもなく、増えたり減ったりすることもありません。

 すべては見かけの錯覚に過ぎないわけです(不生不滅・不垢不浄・不増不減)。

唱えているだけで楽になる

 このあとは、物質的現象もなく、感覚もなく、表象もなく、意志もなく、知識もない。さらに、触れられる対象もなく、心の対象もない。物質の領域から意識の領域にいたるまでなんにもない。

 つまり、すべてはバーチャルだという説明が続くのです。(無色無受想行識・無眼耳鼻舌身意・無色声香味触法・無眼界・乃至無意識界)。

 それだけではなく、十二縁起の「無明(無知)を滅すれば、老死も滅する」という部分、さらに苦諦・集諦・滅諦・道諦の四諦もないことになります(無無明・亦無無明尽・乃至無老死・亦無老死尽・無苦集滅道)。

だから、私たちは修行して煩悩を滅し、涅槃に入るという厳しい修行はしなくていいのです。

「苦しみやその原因もそれをなくすこともその方法もない」(無智亦無得・以無所得故)と説かれています。

 こうして、悟りを求めている修行者(菩提薩垂)は、「知恵の完成」(般若波羅蜜多)に住しているので、心に何の妨げもなく恐れもありません(故心無罣礙・無罣礙故無有恐怖)。

 知恵を完成すれば、この上なき悟り(阿耨多羅三藐三菩提)を得るのです。

 決め手はラストの呪文(マントラ=真言)なのですが、ここへの誘導がまた絶妙です。

「したがって、知恵の完成こそが、この偉大なマントラであり、悟りのためのマントラであり、この上ないマントラであり、比較できないほどの最高のマントラである。このマントラこそが、あらゆる苦しみを取り除くのであり、これは真実そのものであって嘘ではない。すなわちそれは以下のようなマントラだ……」と盛り上げ、羯諦羯諦、羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶(行った者よ、行った者よ、彼岸に行った者よ、向こう岸へ完全に行った者よ、悟りよ、幸あれ)というサンスクリット語の音写で終わります(佐々木閑『般若心経(100分de名著)』〈NHK出版〉より)。

 般若心経全体が一つの呪文であると考える人もいますし、呪文の中の究極の呪文でラストを閉じるという構造になっています。

 最後を唱えるだけでご利益があるのかもしれません。

富増章成(とます・あきなり)
河合塾やその他大手予備校で「日本史」「倫理」「現代社会」などを担当。
中央大学文学部哲学科卒業後、上智大学神学部に学ぶ。
歴史をはじめ、哲学や宗教などのわかりにくい部分を読者の実感に寄り添った、身近な視点で解きほぐすことで定評がある。
フジテレビ系列にて深夜放送された伝説的知的エンターテイメント番組『お厚いのが、お好き?』監修。
著書『21世紀を生きる現代人のための哲学入門2.0 現代人の抱えるモヤモヤ、もしも哲学者にディベートでぶつけたらどうなる?』(Gakken)、『日本史《伝説》になった100人』(王様文庫(三笠書房))、『図解でわかる! ニーチェの考え方』、『図解 世界一わかりやすい キリスト教』『誰でも簡単に幸せを感じる方法は アランの『幸福論』に書いてあった』(以上、KADOKAWA)、『超訳 哲学者図鑑』(かんき出版)、『オッサンになる人ならない人』(PHP研究所)、『哲学の小径―世界は謎に満ちている!』(講談社)、『空想哲学読本』(宝島社文庫)など多数。


【著者からのメッセージ】

3分でわかる! 『般若心経』
富増章成 著
定価:1650円(本体1500円+税10%)
発行年月:2019年3月
判型/造本:46並製
頁数:272
ISBN:978-4-478-10195-7

 私たちはなぜ本を読むのでしょうか。それは「本は人類が積み上げてきた叡智のアーカイヴだから」です。本は、人に知識や喜怒哀楽すべての豊かな経験を与えてくれる存在です。ときに読んだ人の人生を変えてしまう本だってあるでしょう。

この本で紹介しているのは、本のなかでも特に多くの人に読み継がれていたり、あるいは数千年という時を経ても今なお読まれている本、つまり「名著」です。

「名著」にはそう呼ばれるだけの理由があります。たとえば多くの人が今悩んでいることのほとんどは、この長い歴史上で誰かがすでに徹底的に考えていることです。紀元前という昔に遡っても、人間はやはり人間なのです。だから、もしあなたに悩みや、疑問に感じていることがあるなら、それらの答えのヒントはほぼ「名著」のなかにあるのです。

「目標がないし、やる気も出ない」「思考が乱れて集中できない」「健康なのに、なぜか疲れを感じる」「勉強したいが、どこから何をしたらいいのかわからない」「働いても働いても、楽にならないのはなんでだろう」「歳をとってきて、だんだん楽しみが減ってきた」

 そんな悩みは、この本で紹介する「名著」のエッセンスを手に入れればたちまち解決するはずです。自分で思い悩むよりずっと気分が晴れること、請け合いです。

 ところで、「名著」の多くは、とても難解で、それでいて分厚いものが多いです。しかし、名著が難解なのには、実は理由があります。分厚い古典的「名著」は、その時代背景と常識を前提として書かれているので、多くの場合、現代の私たちにとっては説明不足なのです。また、その学問世界の専門用語を「知ってるんでしょ?」という前提のもとに書かれていますから、こっちはわかるわけがない。

読破できない難解な本がわかる本

「名著」は、下手をすると一冊をしっかりと理解するのに20年以上かかります(それでも、さらに疑問は増えていきます)。普通に生きて普通に暮らしている私たちには、そんな時間はありません。つまり、「名著」とは基本的に「読破することができない本」なのです。

 人生は短い。だからこそ「名著」をまず、おおざっぱに理解して、興味が出たら原典にあたればよいのです。この本では、古今東西の「名著」のうち哲学から心理学、経済学まで選りすぐった60冊のエッセンスをイラストとともにわかりやすく解説していきます。

※収録した60冊は、『ソクラテスの弁明』(プラトン)、『方法序説』(デカルト)、『実践理性批判』(カント)、『現象学の理念』(フッサール)、『歴史哲学講義』(フッサール)、『ツァラトゥストラはこう言った』(ニーチェ)、『存在と時間』(ハイデガー)、『存在と無』(サルトル)、『自由からの逃走』(フロム)、『社会契約論』(ルソー)、『資本論』(マルクス)、『論理哲学論考』(ウィトゲンシュタイン)、『グーテンベルクの銀河系』(マクルーハン)、『ポストモダンの条件』(リオタール)、『複製技術時代の芸術』(ベンヤミン)、『アンチ・オイディプス』(ドゥルーズ&ガタリ)、『21世紀の資本』(ピケティ)など。

 もちろん原典と比べてその情報量は雲泥の差です(本書の場合、500ページ以上ある本も見開き4ページにまとめているのだから)。でも、なんにも読まないよりずっといいでしょう? そう思いませんか。分厚い本を一冊買って、読まないで部屋に飾っておくより、本書を電車の中で読んだほうがよいのではないでしょうか。

 必ずしも時代順になっていないので、どこから読んでもOKです。パラッとめくって、全体を眺め、どんなふうに自分の役に立ちそうかを考えます。それぞれの本は、関連を他のページとリンクしてあります。つながりの意味については、本書の冒頭に収録した「ひと目でわかる名著の関連図」を参照してください。

 ぜひ本書を活用して、自由な思考法を手に入れて、人生の難問解決をはかり、明日に向かって進んでください。きっと、すばらしい未来が広がっていくことでしょう。

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