陸上自衛隊の実弾射撃演習「富士総合火力演習」は離島での戦闘を想定している(写真は23年5月) TOMOHIRO OHSUMI/GETTY IMAGES
<習近平は2027年までに、台湾を制圧できる体制を取れるよう人民解放軍に指示している。台湾をめぐって米中が激突した場合、日本も無関係ではいられない>
日本は、台湾に最も近い自国の島々に避難シェルターを建設する計画を進めている。対象となるのは沖縄県・先島諸島の5市町村で、早い自治体では今年中にも工事が始まる予定だ。
背景にあるのは、中国とアメリカが開戦に踏み切った場合、日本の最西端の島々が中国によるミサイル攻撃の標的になりかねないという懸念だ。この計画が想定するのは、中国が台湾占領の既成事実化を図るため太平洋にあるアメリカと同盟国の主要基地を先制攻撃し、さらに海と空から台湾に侵攻するというシナリオ。アメリカと安全保障条約を結ぶ日本には、米国外で最多の米軍部隊が駐留している。近海で起こる大国間の紛争の影響を免れる見込みは、非常に薄い。
中国共産党は台湾を中国の一部だと主張し、中台統一を果たすために武力を行使する可能性を否定していない。軍事力で圧倒的優位に立つ中国が台湾に圧力をかけ、譲歩を強いるのではないかという懸念が高まっている。
米政府当局者らによれば、中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は人民解放軍に対し、台湾を制圧できる態勢を2027年までに整えるよう指示した。軍備がそろったとしても、実際に侵攻するという政治的決断にすぐにつながるかどうかは分からない。だが中国政府当局者の間で、台湾問題が米中関係の核とみられていることは確かだ。
ピート・ヘグセス米国防長官は5月末にシンガポールで開かれたアジア安全保障会議で、中国軍が「本番に向けた演習を行っており」、攻撃が「差し迫っている恐れがある」と発言。中国側は、ヘグセスが対立をあおろうとしていると反発した。
アメリカは台湾と正式な外交関係を樹立していないが、台湾には経済や安全保障の面で強い利害を持っている。1979年制定の台湾関係法では、台湾へ武器を供与し、自衛を支援することを定めている。
ジョー・バイデン前米大統領は、米軍は台湾を防衛する用意があるとの考えを示唆していた。一方で現職のドナルド・トランプ大統領は、明確な考えを示していない。
1つ確かなのは、アメリカが太平洋で中国を相手に戦争をする場合、日本の支援がなければ勝てない可能性が高いということだ。
1万4000を超える島々がある日本の領土は、中国が海洋上に独自に設定した第1列島線と第2列島線という防衛ラインの間に広がっている。だからこそアメリカが太平洋で中国と戦うには、日本の地理的・戦略的存在が欠かせない。
自衛隊は世界でも有数の軍事力を有している。その一因は、日本が長年にわたり重工業の面で強固な技術力を培ってきたこと。アメリカの輸出ライセンスによりF35ステルス戦闘機の製造に参画し、アメリカから購入する巡航ミサイル「トマホーク」の配備・使用が可能になった点なども挙げられる。
与那国島(写真)は台湾からも、中国が領有権を主張する尖閣諸島からも近い CARL COURT/GETTY IMAGES
日本国憲法は武力行使の放棄を明示しているが、政府は近年、憲法の解釈を変更する「解釈改憲」を行っている。その1つが集団的自衛権の限定容認だ。たとえ日本が直接攻撃されていなくても、集団的自衛権を行使し、アメリカや同盟諸国と共同で軍事行動を行うことがあり得るかもしれない。
12万人の避難に6日かかる
日本政府は先島諸島の5市町村に避難シェルターの建設費を補助する。台湾の東方約110キロに位置する最西端の与那国島の与那国町では、27年度末をめどに開設。報道によれば、周辺にある竹富町、石垣市、多良間村、宮古市でも、2週間程度の滞在が可能なシェルターを順次整備する予定だ。
沖縄県には、日本国内に駐留する約5万4000人の米兵のうち約3万人が駐留している。太平洋の要衝である沖縄には、アメリカの陸海空軍および海兵隊の基地があり、日米共同演習は与那国島でも行われている。
日本政府は、武力攻撃が予測される場合、先島諸島5市町村の島民を九州7県と山口県に避難させる計画を立てている。だが政府の試算によれば、約12万人の民間人を海路・空路で避難させるには6日程度かかる。与那国町のシェルターの場合、避難できなかった島民を最大200人まで収容可能な受け皿として機能を果たすことが想定されている。
中国とロシアは合同軍事演習でアメリカを牽制(14年、東シナ海) AP/AFLO
大規模な戦争が勃発する可能性が現実味を帯び、準備が着々と進められている緊迫した様子を島の住民は確かに感じ取っている。政府が「台湾有事」と呼ぶ状況が現実のものになれば自分たちが最前線に立たされることに、多くの住民が危機感を抱いている。
防衛相の中谷元は1月に八重山諸島を視察し、避難対策を確認。与那国町での記者会見で、竹富町における住民避難の取り組みについて「実に綿密に、詳細にわたって計画されている」とし、「国境離島における強い危機意識」を感じたと述べた。
台湾周辺での中国軍の活発な軍事行動は今や常態化しているばかりか、さらに増えている。米アナリストのジェラルド・ブラウンとベンジャミン・ルイスが運営する公開データセット「PLAトラッカー」によれば、台湾は昨年、防空識別圏への中国軍機の侵入を3000回以上も確認した。それまでの2年間からほぼ倍増している。
台湾の防衛改革は着実に進んでいるが、アメリカ国内の台湾支持派はそのスピードが十分ではないと感じている。台湾の政界や軍、市民団体のリーダーたちはロシアと戦うウクライナから、国際社会の支持を得る方法、海上ドローンや高機動ロケット砲システム(HIMARS)の活用方法、侵略者への抵抗手段などに関する教訓を学ぼうとしている。
尖閣侵攻の可能性も念頭に
こうした状況の下で米軍と日本の自衛隊はそれぞれ個別に、あるいは同盟パートナーとしても過去最大級の変革を進めている。
米国防総省は、海が広く、陸地は島が多いものの大陸部分が少ないという特徴を持つインド太平洋地域を重視する戦略に転換しようとし、米軍全体の戦闘方針の抜本的な見直しを進めている。
日本では過去10年間に、先島諸島のうち比較的大きな島である与那国島、宮古島と石垣島のそれぞれに陸上自衛隊の新しい基地が設置された。人口約1600人の与那国島には最新鋭の迎撃ミサイルシステムPAC3を扱う航空自衛隊のパトリオット部隊を配備し、山間部には長距離レーダー施設を設置して中国軍の動向を日々監視している。
6月24日には陸上自衛隊が北海道で、地上から艦艇を攻撃する「88式地対艦ミサイル」の国内初となる発射訓練を行った。日本はアメリカ製のトマホーク巡航ミサイルや国産の12式地対艦ミサイルなど、中国沿岸部を射程圏内に捉える兵器の調達も進めている。
防衛当局者らは中国が、先島諸島から北に約160キロの位置にあり、中国が領有権を主張している尖閣諸島(中国名・釣魚島)への侵攻に踏み切る可能性も念頭に置いている。米軍と自衛隊は敵に占領された日本の離島の奪還作戦を想定した共同訓練を行っており、今年は中国海軍が通る海上の要衝に対する対艦攻撃のシミュレーションも行った。
日米の同盟は米韓に比べてある程度、中国の脅威をオープンな問題として扱うことができる。韓国の場合、中国の脅威を声高に叫べばアメリカの軍事的関心や兵力が朝鮮半島から離れることになり、北朝鮮とにらみ合う現状にさらに問題が生じることになりかねない。
こうしたなかで日米が「台湾有事に対する備えを公表するという判断は、日本と台湾が公になっている以上に密接に連携している可能性も示していそうだ」と、スロバキアのシンクタンク「GLOBSEC」の非常勤研究員ブライス・バロスは指摘する。「これは地域の他の国々にとっても重要な問題を提起している。例えばフィリピン政府がバシー海峡にある島々について、どのような対策を講じるのかは興味深い。これらの島々も台湾有事の際には、最前線に立たされかねない」
台湾のシンクタンク「国防安全研究院」の王尊彦(ワン・ツンイエン)副研究員はこう語る。
「先島諸島に建設される避難シェルターが、台湾から逃れる難民の受け入れや支援にも使われる可能性は否定できない。台湾からの難民をめぐる懸念は2年ほど前に提起されており、この問題に関する議論は、ベトナム戦争終結後にボートピープルを受け入れた際の記憶を日本人に呼び覚ます可能性がある」
エルブリッジ・コルビー米国防次官(政策担当)は3月に上院軍事委員会で行われた自身の指名承認公聴会で、トランプ政権は中国による台湾攻撃を抑止する手段として、中国のアジア覇権を拒否する「拒否戦略」を重視していると説明。「台湾を失うこと、台湾が陥落することはアメリカの国益にとって大惨事だ」と述べた。
経済制裁をちらつかせる「懲罰による抑止」とは異なり、「拒否による抑止」は相手に対し、攻撃すれば壊滅的な軍事的敗北に至る可能性が高く「目的は達成できない」と認識させる戦略だ。
中国のような敵対勢力に対して「拒否による抑止」を達成するには、アメリカは軍事介入の用意があることを明確に示す必要がありそうだ。同時にこれは、米国民にさらなる戦争を受け入れる用意があるかどうかの試金石にもなるだろう。
6月にロナルド・レーガン研究所が発表した世論調査によれば、アメリカ人の10人に7人は台湾防衛のために米軍が軍事行動を取ることを支持すると答えている。
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