北大西洋条約機構(NATO)のマルク・ルッテ事務総長。2025年6月25日撮影(Omar Havana/Getty Images)
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ウクライナを支援する国に対して核ミサイルの使用をちらつかせる一方で、西側諸国との直接的な武力衝突は第三次世界大戦に発展しかねないとも警告している。
一方、北大西洋条約機構(NATO)のマルク・ルッテ事務総長は、急速に再軍備を進めているロシアとの全面戦争を回避するためにこそ、ジェット戦闘機やミサイル、武装ドローン(無人機)の迅速な増強が必要だとして加盟国に働きかけている。
ロシアの戦時武装拡大について研究している学者らは、プーチン大統領はウクライナの同盟国に対抗するための新たな兵器を開発しながら、それらの国々に恐怖感を与えることを目的としていると分析。NATOの軍備増強に向けた動きは、ロシアの支配から逃れた国々を再征服し、ソビエト連邦を再建するというプーチン大統領の基本計画を断念させる可能性があるとみている。
英ロンドンの王立国際問題研究所で演説したルッテ事務総長は、「ロシアのせいで欧州に戦争が戻ってきた」と警告し、プーチン大統領による領土拡張主義によって高まる危険性について概説した。その中で同事務総長は、ロシアが北朝鮮やイランなどの国々と手を組んで軍事力を強化していると指摘し、次のように続けた。「プーチン大統領の軍事機構は減速するどころか加速している。ロシアは軍を再編しつつあり、われわれが考えていたよりも速いペースで兵器を製造している。弾薬に関して言えば、ロシアはNATO全体が1年間で製造する量をわずか3カ月で製造している」
ロシアの首都モスクワで急成長している軍需工場は今年、核搭載可能な短距離弾道ミサイル「イスカンデル」200発と戦車1500台を製造する予定だ。「ロシアは5年以内にNATOに対して軍事力を行使しようと準備している。5年以内にだ!」 ルッテ事務総長は語気を強めた。
ナチスドイツの軍備増強に追いつくため、英国のウィンストン・チャーチル元首相が長らく遅れていた兵器製造の拡大に着手するよう英下院に呼びかけた演説を引用し、ルッテ事務総長は、欧州が防衛力を強化するのに一刻の遅れも許されないと訴えた。「防空とミサイル防衛を4倍に強化する必要がある。われわれはロシアがウクライナの上空からテロを仕掛ける様子を目の当たりにしてきた。今こそ、われわれは領空を守る盾を強化しなければならない」。同事務総長は、NATO加盟国は空軍を近代化するにしても、ミサイル迎撃システムや戦車、ロケット弾を増やし、海軍の増強も必要になると指摘。これに向けた第一歩として、NATO加盟国は米国からF35戦闘機700機を取得する予定だと述べた。
ルッテ事務総長は「ウクライナの戦場では、わずか400ドル(約6万円)のドローンが200万ドル(約3億円)もするロシアの戦車を破壊している」として、NATO加盟国は新世代のドローンやミサイルシステムの備蓄を開始し、宇宙技術やサイバー戦争に関する専門知識への投資を強化すると宣言した。「平和を守るためには戦争に備えなければならないことを、われわれは歴史から学んできた」
同事務総長は、各加盟国が国内総生産(GDP)の5%を国防費に充てることでNATO全体が強化されれば、ロシアがNATO諸国を攻撃しようとはしなくなり、同機構の集団防衛の盾が将来にわたって10億人の市民を守ることになるだろうと結んだ。
だが、ロシアの軍事戦略に詳しい学者らによれば、同国と西側諸国の次の衝突がどのように始まるのか、あるいはどのように発展して欧州を巻き込んでいくのかを正確に予測することは事実上不可能だという。一部の軍事専門家はプーチン大統領と同様に、ロシアが現在ウクライナに向けて行っているミサイル攻撃が世界的な紛争に発展する可能性があるとみている。
しかし、米カリフォルニア大学でロシアの軍事戦略を専門とするスペンサー・ウォーレン博士は筆者の問いに対し、次のように解説した。「この戦争、あるいはいかなる戦争も、第三次世界大戦に発展するかどうかを予測することは不可能だと考えている。ほとんどの紛争には、一見小さなものであっても発展する道筋がある。例えば、第一次世界大戦は当時としてはごくありふれた過激派による政治事件から始まり、欧州全体に広がった後、アフリカや中東、太平洋地域の大部分を巻き込んでいった」
ウォーレン博士は、さまざまな要素がウクライナ侵攻を引き起こしたが、同国の国境を越えて戦火が広がっていく恐れを示唆した。「ロシアが攻撃を拡大し、ウクライナに武器を供給しているポーランドなどの西側諸国の武器庫を標的にした場合、あるいはロシアの空爆によって(意図的か否かは別として)欧米の首脳が死亡した場合、あるいはロシアの操縦士が誤ってNATO軍機に発砲したり、ナビゲーションシステムの不具合でNATO領内を誤爆したりした場合、現在のウクライナ侵攻は瞬く間に米国や他のNATO加盟国を巻き込んだ地域紛争に発展する可能性がある」。このような紛争が世界規模の戦争に発展する可能性はあるのかとの問いに対して、同博士は「ある」と明言し、「それは常に大きな危険性をはらんでいる」と答えた。
ウォーレン博士は、ロシアが5年以内にNATO加盟国を攻撃する可能性があるというルッテ事務総長の警告を支持している。「もちろん、その期間にロシアが効率的に軍を再建できるという保証はない。しかし、現時点で同国は信じられないほど大量の資材を生産している。こうして時間を稼ぐことで、軍の再建や能力の拡大を実現できる可能性はある。脅威は極めて深刻であり、欧州諸国は軍需産業を改善し、製造を拡大するとともに国防費を増やす必要があるというNATO事務総長の意見に私も賛同する」
今から1世紀近く前、フランスと英国がナチスドイツ軍の快進撃に追い抜かれたように、欧州がロシアの急速な台頭に追いつけない場合、同国が欧州連合(EU)加盟国に侵攻する可能性が高まるだろう。
熱狂的な国粋主義者に囲まれたプーチン大統領は、かつてロシア帝国やその後のソ連の領土だった土地を奪還するために侵略軍を派遣する計画を立てている。最も可能性の高いシナリオは「旧ロシア領」への電撃攻撃から始まるだろうとウォーレン博士はみている。「ロシアの国粋主義者らは、帝政ロシア時代に支配していた土地を奪還することについて盛んに主張している。ロシアはNATO加盟国(恐らくバルト三国)を電撃的に攻撃し、米国を含むNATO諸国が大規模な反撃に出る前に紛争を終結させようとするかもしれない。最大の要因の1つは、この地域に対する米国の関与をロシアがどう認識しているかだろうと思う。米国が同盟国の防衛に動き、バルト三国やポーランド、ルーマニアといった東欧諸国にロシア軍を撃退するのに十分な兵力を投入する可能性があるとロシアが考えれば、攻撃を思いとどまる確率は高まる。逆に、もしロシアが米国は介入しないだろうと信じたり、バルト三国で既成事実を作ることができるだろうと考えたりすれば、攻撃のリスクは高まるだろう」
英ロンドン大学キングスカレッジでロシアの軍事と情報活動について研究するエレナ・グロスフェルド博士候補は、帝政ロシアの復活を目指すプーチン大統領の次の標的になる可能性が高いのはバルト三国だとみている。エストニア、ラトビア、リトアニアという脆弱(ぜいじゃく)な小国から成るバルト三国は、第二次世界大戦の勃発からわずか数日間でソ連に占領された歴史がある。
筆者の取材に応じたグロスフェルド博士候補は次のように語った。「バルト三国は、プーチン大統領の側近らによって標的として扱われている。現実的に考えると、国土の小ささゆえに、あっという間に占領される可能性がある。もしロシアが、米国は単に声明を出したり、思いや祈りをささげたりする以上の干渉はしてこないだろうと考えているのであれば、それはあり得ることだ」。リトアニアのようなNATO加盟国が一夜にして侵攻された場合、米国がどの程度強力な防衛力を展開するかは現時点では不透明だという。
NATO条約第5条には、「欧州または北米におけるいずれかの締約国または複数の締約国に対する武力攻撃は、すべての締約国に対する攻撃と見なす」ことが定められている。だが、グロスフェルド博士候補は、NATO加盟国は皆、集団防衛に同意しているが、各加盟国は集団防衛への貢献を独自に決定することができると指摘。軍事力を含めることもできるが、必ずしもそうする必要はないと説明した。
NATOの集団防衛を義務付ける第5条を巡って矛盾した発言を繰り返している米国は、加盟国に対するロシアの攻撃への道を開くことになるかもしれない。ロシアは米国が介入してくるのか、あるいは孤立主義を深めるのかを虎視眈々(たんたん)と伺っているからだ。
米国が介入しないのであれば、ロシアとの停戦協定調印後にウクライナに平和維持部隊を派遣することをすでに提案しているフランスと英国が、欧州におけるNATOの新たな事実上の指揮者として台頭する可能性が高い。そうなれば、米国は国際舞台での自らの地位の低下を目の当たりにするだろう。
一方、NATOの守護者としての地位を向上させたフランスは、自国の核の傘を欧州全域の他の加盟国すべてに広げることができるだろう。グロスフェルド博士候補は、フランスのエマニュエル・マクロン大統領が自国の核抑止力を他の欧州諸国に拡大することについて協議する意欲をすでに示していると指摘する。
米科学者連盟の学者らによると、フランスは現在、約290発の核弾頭を保有している。さらに解体待ちの退役核弾頭が約80発あることから、同国が保有する核弾頭の総数は約370発になる。
だが、これらの専門家は、フランスの核に関する原則は防衛目的のみに厳格に定められており、核兵器の使用は「自国の重大な利益に関わる正当な自衛が必要な極端な状況でのみ考えられる」とする仏国防省司令官の発言を取り上げた。他方で、米国が欧州の舞台から手を引く兆候が見られる中、フランスの核の盾は進化し、少なくとも一部の同盟国を防衛するために拡大しつつあると専門家らは報告している。マクロン大統領が4月に核兵器搭載可能な最新鋭のラファール戦闘機をスウェーデンとの合同訓練に派遣した際、駐スウェーデン仏大使が「フランスの『核の傘』は同盟国にも適用され、もちろんスウェーデンもその中に含まれる」と語ったという。
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