旧日本軍の「731部隊」を題材にした中国映画が公開延期になったのはなぜ?中国で高まる社会への不満と反日感情、9月18日の公開日はどんな日になるのか

 今年は戦後80年。中国では抗日戦争勝利80周年として、数々の記念行事や関連事業が行われる予定だ。

 その中には日中戦争を描いた映画の上映もあり、7月25日には南京事件をテーマとした「南京写真館」(中国語タイトルは「南京照相館」)が公開された。7月31日には、同日付にちなみ、中国東北部で細菌の研究を行った旧日本軍の731部隊を描いた「731」も公開される予定だったが、理由なく公開は延期となり、中国のSNS上では「残忍すぎる描写があるからでは……」「日中関係の悪化を考慮したのでは……」などという噂が飛び交っていた。

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柳条湖事件が起きた9月18日公開に延期された中国映画「731」(映画「731」公式SNSより)

 しかし、8月3日になり、中国中央テレビは、延期されていた「731」の上映を9月18日から行うと報道した。9月18日といえば、満州事変の発端となった柳条湖事件が起きた日であり、日中関係で最も敏感な日だ。

 しかも、昨年の9月18日には深圳の日本人学校付近で、日本人男児が中国人に刺殺されるという悲惨な出来事も起きた日であり、当時、日本では「この日に合わせて犯行に及んだのか」といった声もあったほどだ。結局、犯人の動機などは不明のまま終わったが、そのような日になぜ映画が公開されるのだろうか。

思い出される13年前

 筆者は映画の公開日が9月18日になった報道を見て暗澹たる思いにかられた。9月18日は前述の通り、日中間にとって非常に敏感な日であると同時に、今から13年前の2012年9月に起きた出来事をすぐに思い出したからだ。

 12年9月といえば、日本政府が尖閣諸島を国有化したことに端を発し、中国各地で激しいデモが起きた時期だった。当時、筆者はあるオンラインメディアに反日デモに関する記事を書いた。

 そのときの文章が、その翌年に出版された自分の書籍にも残っているのでよく記憶しているが、柳条湖事件の前日である9月17日は、北京、上海、広州など全国の約100都市で大規模な反日デモが繰り広げられた。過去にないほどの規模であり、日中関係にとって「最悪」と言われた日だった。

2012年9月に中国で起きていた反日デモ。現在の反日行動との違いは?(ロイター/アフロ)

 当時の雰囲気をよく覚えている関係者や中国在住の日本人もいると思うが、その前後、多くの中国人を雇用する中国のある日系大手メーカーは放火され、日系スーパーは暴徒によって一部が破壊されるという被害に遭った。中国で危険な目に遭ったり、通りすがりの中国人から暴言を吐かれたりした日本人もいた。

 このデモの影響は大きく、その後、長い間、日中関係が冷え込んだことは多くの日本人の知るところだ。それから13年が経ち、現在の日中関係は最悪とまでは言えないかもしれないが、よくない状態が続いている。これに加え、今年は戦後80年に当たるため、中国ではとくに数々の行事が行われる。

 中でも大きな行事は9月3日に行われる「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利80周年記念式典」だ。その後、12月13日の南京事件に関する国家追悼日まで敏感な時期は続くが、そのような状況下で、9月18日に映画「731」が公開されるということに、大きな不安を覚えた。

反日感情がさらに拡大する可能性

 中国のSNS上には、前述の「南京写真館」の残忍なシーンなどを取り上げて「この屈辱を忘れない」といった声が上がっており、「731」の公開日に関しても「この日に公開するのは最もふさわしい」といった過激な声がある。むろん、そうした声がすべてではなく、冷静な人も大勢いる。だが、冷静な人はコメントを控えるため、日本批判の声が目立ちやすいという状況になっている。

 12年のときにはまだスマホもなく、SNSもほとんどなかったため、その動きが個人から個人へと拡散され、中国全土にまで拡大するということはなかった。中国100都市のデモといっても、情報統制も敷かれており、当時、デモが起きたことをまったく知らなかったという中国人も大勢いた。むしろ、日本での報道は非常に大きかった。

 だが、SNSが高度に発達した現在は、当時とは社会環境が大きく異なっており、SNSでの過激な発言により、映画や行事の影響がどこまで拡大し、日中関係に悪影響を及ぼすのか、わからない状況だ。

 心配されるのは、中国が現在置かれている厳しい経済状況である。コロナ禍で政府がとった対策や不動産不況などにより、中国経済が悪化していることは周知の通りだ。若者の就職難が続いているだけでなく、中高年のリストラも相次いでいるという。政府の倹約令などで、飲食店などの倒産も起きている。

 職にあぶれた人々が大きな不満を抱え、失望している。そうした厳しい状況にいる人々が、不満のはけ口として「日本」をターゲットにする可能性があるかもしれない。日本は中国が戦争で戦った相手であり、これまでの経験から、「日本」を叩く分には大きなお咎めを受けないと考えている中国人が少なからずいるからだ。

中国で相次ぐ無差別襲撃事件

 昨年6月、蘇州の日本人学校のスクールバスが襲撃され、バス案内係の中国人女性が亡くなり、日本人の母子がけがを負った。前述の通り、昨年9月18日には深圳で日本人男児が殺害されている。

 最近では、映画「731」のもともとの公開日だった7月31日に蘇州の地下鉄駅構内で日本人母子が男に襲われ、母親がケガをした事件が起きたばかりだった。この翌日で、事件が報道された8月1日は中国の人民解放軍の建軍98周年の日で、中国共産党が武装蜂起した江西省南昌市で記念行事が行われており、中国メディアの動画で生中継されていた。こうしたことが最近でも起きているということだ。

 他にも今月3日、湖南省の小学校近くで男が刃物で人を切りつけて2人が死亡する事件が起きた。日本人が襲撃された件も含め、昨年から、中国の小学校の近くで無差別に襲撃する事件は複数起きている。

 犯人の動機はほとんど明らかにされていないが、無防備な子どもをターゲットとしていることから、「社会に対する報復ではないか」とも言われており、それが国内の一般市民に対してだけでなく、日本人に向かう可能性も十分にある。

9月18日には要注意を

 このように、経済の悪化などを発端として、自身の境遇や社会に対する不満が渦巻いている人が多い中で、日中戦争を描いた映画が公開されている。先に挙げた映画「南京写真館」は、公開から10日目の8月3日に興行収入が15億元(約300億円)を突破し、現在大ヒットを記録中だ。

 同映画は中国の映画評価アプリ「ドウバン(豆瓣)」で10点中8.5以上と人気を博しており、SNSでも「日本が何をやったかよくわかった」などのコメントを書き込む人が多い。夏休みシーズンでもあり、親子連れで映画を見に行く人も多く、そこで日本に対してネガティブな印象を持つ子どもが増えることは必至だ。

 このような状況下で、8月15日には終戦の日を迎え、9月3日には、中国で抗日戦争勝利80周年の記念行事が行われる。9月18日に映画の公開日を仕切り直した中国政府の意図は現在のところ不明だが、9月18日が日中にとって非常に敏感な日であることに変わりはない。その日にわざわざ公開日を設定したことは、何らかの意図があるのではないかと思わざるを得ない。

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