過去最高を記録した65歳以上人口の割合 老健から特養へ「終の棲家」化、超高齢社会における介護システムの機能不全

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日本の超高齢社会と介護保険制度の現状

日本は世界でも類を見ない速さで高齢化が進行している。いわゆる「2025年問題」と呼ばれる、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる年に突入し、介護ニーズは一層高まっている。

総人口に占める65歳以上人口の割合は、2024年10月1日現在で29.3%と過去最高を記録した。要介護(要支援)認定者数も、2023年3月末現在で694万人であり、その後も増加傾向である。

このような状況下で、高齢者が住み慣れた地域で最後まで自分らしく暮らせる「地域包括ケアシステム」の構築が推進されている。

介護保険制度は、高齢者の自立を支援し、家族の介護負担を軽減することを目的としている。その中で、介護老人保健施設(老健)と特別養護老人ホーム(特養)は、それぞれ異なる役割を持つ介護保険施設として位置づけられている。老健は在宅復帰を目的としたリハビリテーション中心の施設であり、特養は中重度の要介護者が終身にわたって生活する場として機能している。

老健は「在宅復帰を前提とした一時的な入所施設」として設計されている一方で、特養は「終身利用・長期入所が可能」であり「終の棲家」と位置づけられている。

この制度設計上の明確な役割分担にもかかわらず、老健の平均入所期間が309.7日と原則の3か月を大きく超えている実態がある。これは老健が本来の役割を超えて長期入所の受け皿となっている可能性を示唆している。

老健がリハビリテーション機能よりも特養の「待機場所」としての機能を持つことで、介護システム全体の効率性が低下し、真にリハビリを必要とする利用者が老健を利用しにくくなる、あるいは在宅復帰が遅れるといった問題が生じる。

また、老健の長期入所の背景には特養への入所待機者問題も関わっているが、この特養の待機者問題が解消されないことで、「介護難民」が顕在化する可能性もある。

老健が特養への待機場所となっており、老健から特養に移行する状況が、日本の介護システム全体にどのような問題をもたらしているのかを分析する。

特に、両施設の機能と役割の曖昧性、待機者問題、財政負担、地域包括ケアシステムにおける連携の課題に焦点を当て、政策動向を踏まえた上で、持続可能な介護システム構築に向けた考察を行う。

介護老人保健施設(老健)と特別養護老人ホーム(特養)の役割と機能

介護保険制度における老健と特養は、高齢者の介護ニーズに応えるために異なる目的と役割を持って設置されている。そこで両施設の機能と利用状況の比較をしてみると以下のとおりとなる。

老健は在宅復帰支援に特化した「中間施設」としての機能が期待されているが、実際には平均入所期間が長期化し、特養の待機場所としての側面も強まっている。

入所が長期化することは、老健が本来の「在宅復帰支援」というリハビリテーション機能を十分に発揮できない状況を生み出している。短期集中リハビリ加算が3か月までであっても、短期集中化へのインセンティブとして十分に作用していないことを示唆しており、老健が「在宅復帰」という本来の目的から逸脱し、特養の「待機場所」や「終身利用」に近い機能を持つようになってしまっている現状がある。

これにより、リハビリテーションを必要とする新たな利用者が老健に入所しにくくなる、あるいはリハビリの質の低下を招く可能性がある。この役割の曖昧化は、介護保険制度全体の効率性を損ない、限られた資源の最適な配分を妨げる要因となっている。

一方、特養は重度要介護者の終身生活を支える施設であり、その利用率は94.7%と老健の87.5%に比べて高い水準を維持している(厚生労働省「令和5年介護サービス施設・事業所調査の概況」)。

しかし、近年、特養入居者の「医療的ケアの増加や要介護度が重度化している現状がある」と指摘されている。医療処置を要する入所者数は1施設あたり平均9.3人、入居者総数の15.8%に上り、「尿道カテーテルの管理」や「たんの吸引」が多いと報告されている。

老健の長期入所化と特養への移行の実態

老健の長期入所化と特養への移行は、日本の介護システムが抱える構造的な問題の現れである。そこで、①老健における長期入所者の現状と背景、②特養の入所待機者数の現状と地域差、③「介護難民」問題と施設間移行との関連について言及する。

①老健における長期入所者の現状と背景

老健の入所期間は原則3か月とされているが、厚生労働省の資料によると平均入所期間は309.7日に達している。長期入所の主な理由としては、「特養の入所待ちをしている」「家族の希望」「認知症が重度である」などが挙げられている。

②特養の入所待機者数の現状と地域差

特養は入居期間に決まりがなく、終身利用・長期入所が可能である。また、費用負担が比較的軽く、認知症などが進行した場合でも退所の不安がないことから、入所希望が集中しやすい傾向にある。

2022年4月時点で、特別養護老人ホームの待機者数は全国で27.5万人にも上る(厚生労働省「特別養護老人ホームの入所申込者の状況(令和4年度)」)。これは前回の調査(2019年)の32.6万人から減少傾向にあるものの、依然として多い状況である。

待機者数の減少は一見、問題が改善しているように見えるが、老健の長期入所化が進行していることを考慮すると、この減少は必ずしも特養の供給が増えた結果ではない可能性がある。老健が「特養待機」の受け皿となっていることで、特養への新規申し込みが抑制されている可能性も考えられる。

また、2015年の介護保険制度改正により、特養の入所条件が原則要介護3以上に限定されたことで、要介護1・2の待機者が大幅に減少している。

これは制度の意図の通りだが、これらの軽度者が在宅で十分なサービスを受けられているか、あるいは他の施設(有料老人ホームなど)に流れているのか、その実態を把握する必要がある。

待機者数の減少は、問題の根本的な解決ではなく、より詳細な分析が求められる。待機者数は地域差が大きく、東京都、神奈川県、千葉県、兵庫県、大阪府といった都市部では1万人を超え、地方に比べて待機期間が長くなる傾向がある。

③「介護難民」問題と施設間移行との関連

介護難民とは、介護が必要な状態であるにもかかわらず、自宅や介護施設で適切な介護サービスを受けられない人のことを指す。特養の入居待機者数が27.5万人にも上る現状は、介護難民増加の一因となっている。特に首都圏では2025年に約13万人が介護難民になるとの推測もあり、問題が深刻化している。

老健の長期入所化は、特養の待機者問題の受け皿となっている側面があり、結果的に「介護難民」が老健に滞留している状態ともいえる。これにより、真にリハビリを必要とする高齢者が老健を利用できない、あるいは在宅復帰が遅れるといった問題が生じている。

介護保険財政への影響と制度の持続可能性

日本の介護保険制度は少子高齢化の影響を強く受け、制度の持続可能性が喫緊の課題となっている。老健の長期入所化は、本来短期利用を前提とした施設が長期的なケアを提供することになり、介護報酬体系とのミスマッチが生じている可能性がある。

2024年度介護報酬改定では、老健入所者の多床室料の自己負担が、月額約8,000円の負担増となる見込みである。これは、給付と負担のあり方を見直すことで、制度の安定性・持続可能性を確保する目的がある。

この負担増は原則3か月を超える入所者が多い老健はその経営にダメージを与え、費用負担の割安感が増した特養への移動が起こることが想定される。財政健全化のための政策が、結果的に老健から特養への移行を加速させる可能性がある。

これは、制度の持続可能性を追求する一方で、利用者(特に中所得層)の費用負担を増加させ、施設選択の自由度や公平性に影響を与えるというトレードオフの関係を示している。

低所得者には食費や居住費といった施設利用料の一部を軽減する補足給付がある一方で、高所得者は費用負担能力があるとみなされる。

しかし、その間に位置する中所得層は、公的な支援を受けられない一方で、自己負担能力にも限界があるため、必要とする介護サービスにアクセスできず、適切なケアを受けられず、望まない選択を強いられ、新たな「介護難民」が発生する可能性がある。

こうした現状を踏まえ、介護保険制度の持続可能性に向けて、①人材不足の加速とサービス提供体制への負荷と②地域包括ケアシステムにおける「住まい」と「医療・介護連携」についての課題を指摘したい。

①人材不足の加速とサービス提供体制への負荷

介護業界は人手不足に陥っており、特に、地域包括ケアシステムを支える医師、看護師、介護職員、ケアマネージャーなどの専門職が不足している。

さらに、老健がリハビリを中心に行って自宅に戻る、という本来の機能を果たせていないことから、リハビリの専門職(理学療法士、作業療法士など)が本来の役割を果たしにくくなる可能性があり、人材の有効活用を阻害する。

特養における入居者の医療的ケアの増加や要介護度の重度化は、介護職員・看護職員への負担を増大させる。施設外研修への参加機会の少なさや、施設内の教育体制の不十分さも指摘されている。

2024年度介護報酬改定では、「生産性向上推進体制加算」が新設され、見守り機器等のテクノロジー導入や業務改善が評価されるようになった。これは、テクノロジーの活用により「良質な介護サービスの効率的な提供に向けた職場づくり」を目指すものである。

ただし、テクノロジーの導入には初期投資や運用コスト、職員の習熟度などのハードルもあるため、被介護者の体調や気分に合わせて柔軟にコミュニケーションをとったり、あるいは言葉にならない状況を読み取って不安を取り除くといった、人によるケアとのバランスが重要ではないだろうか。

②地域包括ケアシステムにおける「住まい」と「医療・介護連携」の課題

地域包括ケアシステムを機能させるためには、多様な高齢者の住まい(自宅、特養、老健、有料老人ホームなど)と、医療・介護の切れ目のない連携が不可欠である。

老健から特養への移行が円滑に進まない背景には、在宅サービスや地域の中間施設の不足、そして施設間の情報共有や連携体制の不十分さがある。老健の長期入所化や特養の待機者問題は、この「多様な住まい」へのスムーズな移行やアクセスを阻害している。

2024年度介護報酬改定では、特養・老健における協力医療機関との連携体制の構築が義務化されるなど、医療と介護の連携強化が図られている(経過措置3年)。これは、施設が対応可能な医療範囲を超えた場合の適切な対応や、入院後の速やかな再入所を促進するための重要な一歩である。

これにより、入所者の病状急変時の相談対応、診療、入院受け入れ体制の確保が求められ、施設内で対応可能な医療範囲を超えた場合の適切な対応が促進される。特養では配置医師緊急時対応加算の見直しも行われ、日中の駆けつけ対応が評価されるようになった。

これらの医療連携強化は、重度化した利用者が施設間でたらい回しになるリスクを減らし、切れ目のないケアを可能にする。特に老健から特養へ移行する際の医療連携の課題に対応すると考えられる。

政策的対応と今後の展望

老健から特養への移行問題を含む介護システム全体の課題に対し、政府は介護報酬改定や施設整備計画を通じて対応を進めている。2024年度介護報酬改定では、特養の基本報酬が大幅に引き上げられた。

これは、介護サービスの質の向上と介護職員の処遇改善を目的としている。介護人材が確保され、特養の空床率が改善し、入所希望者が増加すれば、好循環が生まれる。長く待機していた人が特養へ入所でき、待機者は減少する。

また、老健でのリハビリを終え、特養の空きがないために滞在せざるを得なかった人が、本来の終の棲家である特養へスムーズに移行可能となる。これにより、老健は本来のリハビリ機能に注力でき、より多くの人が在宅復帰に向けたケアを受けられる。

結果として、介護を必要とする人が適切なタイミングで適切な施設を利用できるようになり、介護システム全体の効率化および「介護難民」問題の緩和につながる。

最後に、2024年度介護報酬改定における老健・特養への影響を踏まえ、高齢者が取り残されることがないよう、①施設整備と感染症・災害対策の推進と②在宅医療・介護連携の強化と地域包括ケアシステムの深化の必要性について強調しておきたい。

①施設整備と感染症・災害対策の推進

地域介護・福祉空間整備等施設整備交付金により、介護施設等の感染拡大防止対策(多床室の個室化、簡易陰圧装置の設置、ゾーニング環境整備など)や耐災害性強化対策(スプリンクラー設備、自家発電・給水設備、耐震化など)が支援されている。

多床室の個室化は、感染症対策だけでなく、利用者のプライバシー保護の観点からも重要である。これらの整備により、利用者の安心感向上が期待される。

②在宅医療・介護連携の強化と地域包括ケアシステムの深化の必要性

既存施設の機能改善に加え、医療機関や介護サービスとの「連携」を強化することで、高齢者が自身の状態や希望に応じて最適な「住まい」と「ケア」を選択できる環境が整備されつつある。

老健から特養への移行問題は、地域全体で高齢者の多様なニーズに対応できる「住まい」と、それを支える「医療・介護・福祉のシームレスな連携」が十分に機能していないことの表れである。

今後の政策では、この「連携」をいかに実効性のあるものにし、地域包括ケアシステムの深化を図るかが、超高齢社会の問題解決の大きな鍵となるだろう。

※なお、記事内の「図表」に関わる文面は、掲載の都合上あらかじめ削除させていただいております。ご了承ください。

(※情報提供、記事執筆:第一生命経済研究所 ライフデザイン研究部 シニア研究員 後藤博)

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