自分が死んだらどこに眠るのか…今さら聞けない大問題トルを入力します。 | きばいやんせ!鹿児島

自分が死んだらどこに眠るのか…今さら聞けない大問題トルを入力します。

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じつは、いつの間にか日本は「単独(ひとり)世帯が一番多い」国になっていたことをご存知でしょうか。

今、ひとり世帯の現代人が密かに気になっている「ひとりで死んだらどうなるのか?」「死ぬ前に何をしておけばいいのか?」「死亡届の「届出人」は誰がなるのか?」「引き取り手のない遺体はどうなるのか?」……

発売たちまち重版の話題書『おひとりさま時代の死に方』では、意外と知らない制度のことから誰にも聞けない悩みまで、国内外メディアから取材殺到の第一人者がぜんぶ答えます!

【推薦、続々!】
樋口恵子さん「この本を読めば、ひとりでも幸せに死んでいける!みんなが安心できる本です」
高橋源一郎さん「人は誰もが死ぬ。ぼくもあなたも。わかっているのはそれだけ。どうやって? どんなふうに? ならば井上さんに訊ねよう。きっとすべてを教えてくれるから」

(本記事は、井上治代『おひとりさま時代の死に方』の一部を抜粋・編集したものです)

墓などの精神文化は遅れて変化する

家族変動の影響が、墓に顕著に表出するまでにはタイムラグがあった。核家族化による家族の小集団化や夫婦制家族理念の定着が進んでも墓には大きな変化はなかったが、それが顕著な変化となって顕れてきたのは1990年以降である。

なぜこの時代に変化が起きたのか。私は1990年代以降の葬墓制の変化の要因を考えるうえで、戦後に形成された核家族のライフサイクルに着目した。

戦後の高度経済成長期に農村から都市へ移動した若者は、移動地で結婚し核家族を形成した。その戦後の核家族「第1世代」では、彼らの親が死んでも、ほとんどの人はふるさとの墓に埋葬したので、墓といえばふるさとのそれを指した。

ところが終戦の1945年に20〜30歳であった当時の若者は、1990年には65〜75歳と高齢期を迎え、家族のライフサイクルもラストステージを迎えた。戦後の核家族「第1世代」が高齢期を迎え、自分が死んだらどこに眠るのか、ふるさとの墓を継承するのか生活圏内につくるのか、といったことを決断し、ふるさとの墓の継承に決着をつけるときがきたのである。

彼らが生活圏に墓をつくるとすれば、1990年以降に変化が出てくるはずだ。「墓じまい(改葬)」が増えていくのも、同様の現象である。さらに核家族のライフサイクルでもラストステージは子が離家して夫婦だけの世帯となり、さらに配偶者の死亡によって単独世帯になる。そのことを高齢者となった核家族「第1世代」が実感し始めたのが1990年代だった。墓の継承を願っても、子どもが近くに住んでいなかったり、離婚や子世代の未婚化で、家族という集団の永続性が現実味を失っていったのである。

さらに「多くの人が意外と知らない、ひとりで死んだらどうなるのか「不条理な現実」」では、誰かの手を借りなければ、死後の葬儀や埋葬・死後事務は、自分ではできない日本社会のリアルを掘り下げていく。

本記事の抜粋元『おひとりさま時代の死に方』では、「親や自分のお墓をどうするか」「死後の手続きには何が必要なのか」、第一人者が平易に解説しています。ぜひお手にとってみてください。

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