「年内1ドル250円」の可能性も…高市早苗の「積極財政」に日銀が最も恐れる「悪夢のシナリオ」 | きばいやんせ!鹿児島

「年内1ドル250円」の可能性も…高市早苗の「積極財政」に日銀が最も恐れる「悪夢のシナリオ」

日銀の利上げの本当の狙い

2025年12月、政策金利が30年ぶりの水準0.75%になった。黒田前日銀総裁の時代に0.1%だった金利は、植田総裁の下で段階的に引き上げられこの水準に達した。一方で、米国や欧州、英国ではすでに利下げ局面に入っている。そうした国際環境の中でなぜ日本は利上げを続けたのか。

植田総裁は記者会見で、景気回復、企業収益の堅調さ、賃上げの継続、物価上昇の見通しなどを理由に挙げ、利上げは妥当だと説明した。しかし、これらは「公式説明」にすぎない。

image

今回の利上げは、「日本銀行は政府の意向に流される存在ではない」という強い意思を内外に示すための決断だったと考えられる。

そもそも今回の利上げの背景にあるのは、積極財政を掲げる高市新政権の誕生によるものだ。もっとも積極財政そのものが悪いわけではない。しかし、財政規律を失い、中央銀行に国債を無制限に引き受けさせれば、国際的な信認は失われる。

2013年に就任した黒田前日銀総裁のもと、安倍政権の意向によって大規模な金融緩和が続き、日銀は国債の約半分を保有するまでになった。ETF(上場投資信託)の大量購入によって、日銀が上場企業の大株主になるという資本主義として“奇妙な状態”が生まれた。

その結果、市場から「日本は政府と中央銀行の歯止めが効かない国ではないか」という疑念が持たれる事態に陥ってしまった。こうした過去を繰り返さないために、日銀は今のタイミングで明確な線を引く必要があったのだろう。

これに、多くの解説者は「物価上昇率が高くなったから当然である」「米ドルに対する円の価値を強くすることを狙ったものだ」など色々な見方から解説していた。

しかしよく考えてみてほしい。そもそも金利がほとんど存在しない状態が続くと、お金を貸す意味も預ける意味も薄れ、経済の循環そのものが歪んで金融市場は正常に機能しなくなる。金利は「低ければ低いほど良い」という単純なものではない。重要なのは「金利が高いか低いか」を感覚的に語ることではなく、「何と比べて高いのか、低いのか」を冷静に見極めることだ。

現在、物価はすでに年2~3%で上昇しており、名目金利から物価上昇率を差し引いた実質金利は依然としてマイナスで、0.75%に引き上げても実質的にはまだ低い水準だ。にもかかわらず「とにかく金利は下げるべきだ」といった理解の浅い世論や政界の利己的な希望を日銀に押し付けていては、“教養のない三流国”に成り下がってしまう。

積極財政の「責任」とは、一体なにか

では、高市首相が掲げる「責任ある積極財政」とは、具体的にどのような財政運営を指すのだろうか。

マクロ経済学では、政府が同じ10兆円を使う場合でも「減税」と「財政支出」では景気への影響が異なると考えられている。一般的には10兆円の減税よりも10兆円を直接使う財政支出のほうが、景気を押し上げる力は大きいとされる。

その理由は単純だ。減税によって家計の手取りが増えても、そのすべてが消費に回るわけではない。増えたお金の一部は貯蓄に回り、実際に消費されるのは一部にとどまるからだ。

とはいえ、「だから財政支出が正解だ」と単純に結論づけることもできない。現実には、財政支出の多くが私たちの日常的な消費を直接押し上げるわけではないからだ。例えば公共事業や補助金は、特定の企業や団体の収益を潤す効果はあるものの、個人消費の拡大につながりにくい場合も多い。企業の利益が増えても、それが賃上げや取引条件の改善に回らず、内部留保や配当に回ってしまうケースもある。

重要なのは「減税か、財政支出か」という“二者択一”の議論ではない。税金や社会保険料を含めて可処分所得を増やすことに加え、雇用の安定や将来への安心感を高める政策が同時に進まなければ、人は積極的にお金を使わない。そうした条件が整ってはじめて、財政政策が高い効果を発揮する。

実際、多くの人が感じている生活の苦しさは、「物価が上がったこと」そのものよりも、賃金や可処分所得が物価上昇に追いついていない点にある。問題は収入とのバランスなのだ。

企業の賃金水準を直接決めることは、政府や自治体にはできない。だからこそ政府にできる現実的な対策は、税や社会保険料の負担を見直し、手元に残るお金を増やすことにある。せっかく賞与が出てもその多くが差し引かれてしまえば、消費意欲は高まりにくい。人は所得が増えただけでは動かず「先行きへの安心感」や「前向きなムード」があってこそ、財布のひもを緩める。

現在の物価上昇は、長年の金融緩和の効果がようやく表れたというよりも、企業が価格を引き上げやすい環境になったことや、円の価値が大きく下がったことへの影響が大きい。企業が値上げを行い、それが受け入れられている現在の状況は、デフレを前提とした考え方、いわゆる「デフレマインド」がすでに薄れていることを示している。そう考えれば、日本銀行の利上げは遅すぎるとも言える。

利上げ後も「円安」は続いている理由

高市首相が「責任ある積極財政」と言うのであれば、単に予算規模を拡大するだけでは足りない。財政運営に中身が伴わなければ、市場からは「またバラ撒きか」と受け止められ、信頼は得られない。

予算を増やしても、納入価格が上がるだけで、数量や内容が変わらなければ、実質的な効果は乏しい。すでに役割を終えた旧来型の事業への支援を見直し、成長が期待できる新産業や新技術に資金を振り向けてこそ、その使い道の質は高まる。物価高対策として現金給付やコメ券を配る政策も短期的な支えにはなっても、根本的な解決にはならず、場合によっては価格を押し上げる副作用すら生み出しかねない。

こうした財政運営への不安は、政権交代が意識され始めた時期から円安が進んでいることにも表れている。金融市場は、次の政権が「どれだけ使うか」ではなく「どう使うのか」を厳しく見極めているのだ。

1990年にバブル経済が崩壊して以来、日本は長い間「低金利にすれば経済にとって有利」という考え方が当たり前のように語られてきた。だが実際には、超低金利が長く続いたことで、不利益を受けた人も多い。

老後に備えて資産を運用しようとしても、ほとんど利回りは得られず、不安から貯蓄を増やさざるを得ず、利息収入を生活の支えにしていた人にとっては、長期金利が事実上ゼロになる状況は大きな痛手だった。

行き過ぎた低金利から抜け出し、金利が本来の役割を取り戻すことは、経済が正常な状態に戻る過程とも言える。その意味で、今回の日本銀行の利上げは、金融市場や経済全体にとって前向きな判断だと評価できる。にもかかわらず円安が続いているのは、金融政策だけの問題ではない。

政府が今後、国債を大量に発行して財政支出を拡大すれば、通常は国債の供給が増えることで長期金利は上昇する。ところが、再び中央銀行に国債を大量に買わせて金利上昇を抑え込むような政策が繰り返すのではないか。金融市場はその可能性を警戒している。

高市政権は、日本銀行に対して強い姿勢を取ると見られている。もし市場が「また同じことを繰り返す国だ」と判断すれば、円は一気に売られ、急激な円安が進む恐れがある。極端なケースでは、2026年中に1ドル=250円という水準に達する可能性も、完全には否定できない。

2025年末の利上げは、物価上昇率を抑えるためでも、米ドルに対して円の価値を高くするためでもない。植田日銀総裁の本当の狙いは、高市新政権を安倍政権の二の舞にさせないという決意なのだ。

金融政策も財政政策も、市場からの信頼を失えば、その影響は最終的に国民生活に跳ね返ってくる。今回の利上げは、そうした最悪の事態を防ぐために、「これ以上、踏み込ませない」という植田総裁の強い意志を示したものだと受け取らなければならない。

コメント