老年医療の専門家、和田秀樹氏が「高齢者たたき」を問題視。メディアの偏向報道を非難し、その根拠を新刊で示している。

高齢者が事故を起こすケースが増えているように思えるが、実際はどうなのか(写真は本文と関係ありません)
長年にわたって老年医療に携わってきた立場を軸として、『「高齢者ぎらい」という病』(扶桑社新書)の著者である和田秀樹氏は、巷にあふれる「高齢者ぎらい」を問題視している。
テレビをつければ、「また高齢者の暴走事故が起きました」というニュースがセンセーショナルに報じられ、スタジオではコメンテーターたちが「もう高齢者から免許を取り上げるべきだ」と語り、それに呼応するかのようにSNSでは「高齢者は危険」「いい加減にしてほしい」といった言葉があふれます。そんな中で少しでも高齢者を擁護しようものなら、いわゆる炎上という憂き目に遭うのです。(「はじめに」より)

その通りかもしれない。本書を読み進めるなかで私自身、「気づかないうちに、そうした報道をある程度は信じていたのかもしれない」と感じた。
確かにメディアは、高齢者による“一部の出来事”を、すべての高齢者がそうであるかのように報じ、負の感情を増幅させている。
著者はテレビの責任を強調しているが、それは他媒体にも確認できる傾向だろう。ましてや個人の感情が必要以上に強調されるSNSにおいては、“事実”はより偏っていくものだ。
その結果、「高齢者が多いから現役世代が苦しい」というありもしない短絡的な図式が、「真実」として浸透し、「今こんなに生活が苦しいのは、増え続ける高齢者のせいだ」という話ができあがってしまったのです。(「はじめに」より)
和田氏が敢えて「ありもしない短絡的な図式」という表現を用いるのは、その根拠を本書で冷静かつ客観的に解説しているからである。ここではその中から、先述した「高齢者の暴走事故」に焦点を当ててみたい。
高齢運転者が起こす死亡事故は「他人を巻き込まない」事故
警視庁が公表している資料によれば、日本では2024年に2598件の交通死亡事故が起きているが、うち75歳以上の高齢ドライバーが起こした死亡事故は410件だという。つまり全体からすれば15%程度だ。
もちろん410人の命が失われたという事実は大きく、近親者を失った当事者からすれば看過できない問題だろう。まず、そのことだけは強調しておく。
しかし、それでも報道される際、「またしても」などと必要以上に強調されるべきだろうか。
免許保有者全体に占める75歳以上のドライバーの割合は9.7%なので、人数の割に多いことは間違いない。また、免許人口あたりでは75歳以上の高齢運転者による死亡事故は75歳未満の約2倍で、近年は増加傾向にあるというデータも示されてはいるようだ。
しかし、高齢運転者が起こしている死亡事故の多くは、他人を巻き込まない事故、すなわち自損事故だという。
「免許人口あたりで見ると、高齢運転者は死亡事故を発生させる確率が高い」といっても、それは「高齢者が他人をたくさん死なせている」という意味ではなく、自分自身が犠牲になっているケースが他の世代より多いということだ。
だから別にいいじゃないかと言いたいわけではありません。
多くの人たちが大手メディアの偏向報道によって抱かされている印象と事実にはこれほどまでに大きな乖離があるということを知っていただきたいのです。(21ページより)
なお、高齢者の運転の危険性に話題が及ぶと、しばしば「認知症」の問題が取り沙汰される。例えば、ブレーキとアクセルを踏み間違えて暴走事故を起こした場合、「認知症の症状が出たのではないか」というような話になりがちだったりするわけだ。
本当に認知症なら、車の運転そのものが困難
とはいえ、高齢者専門の精神科医として多くの実績を持つ和田氏からすれば、それは「とんでもない誤解」であるようだ。ブレーキとアクセルの区別がつかなくなるような症状が出るとすれば、それはかなり進んだ認知症を患っているケースのみだというのだ。
私自身、これまで多くの認知症の患者さんを診てきましたが、いわゆる「ぼけ症状」(知能低下やもの忘れ)が強く出ている人でも、箸を使って食事をする、洗濯機や炊飯器、掃除機などの家電を操作する、そして車を運転するといった「手続き的記憶(身体が覚えている動作)は、ほとんどの場合しっかり保たれています。
もっと重症になれば、ブレーキとアクセルの区別がつかなくなることもあり得ないわけではないのですが、その場合は車を運転すること自体が困難です。そもそもエンジンさえかけられない可能性が高いので、事故を起こす直前までは普通に運転していた、というのはどう考えても不自然なのです。(22〜23ページより)
つまり、ブレーキとアクセルの踏み違いによる暴走事故が「認知症のせいで起きる」というのは、正しい知識を欠いた憶測なのだ。誤解ばかりが広まった結果、「認知症の高齢者が暴走事故を起こす」という間違った見解が、あたかも本当の話であるかのように広まっていったということである。
なるほど、認知症についての誤解は少なくないかもしれない。例えば「認知症になると、いきなり何も分からなくなる」といったイメージが強いが、認知症の多くは段階的に少しずつ進行するという。
また、初期症状の大半は記憶障害なのだそうだ。「記銘力」という、直近の出来事を記憶する力が徐々に低下する症状である。きのう聞いたはずの話を忘れる、同じ話を何度もする、ついさっき何かを置いた場所を忘れるというようなことが起こるようになっていくわけだ。
高齢者を「老害」と揶揄したがる風潮
ただし、この段階では車を運転することも含め、日常的にやってきたことを行ううえでは特に支障はない。
「認知症の症状が出始めた」からといって、アクセルとブレーキの操作の仕方が急にわからなくなるとか、アクセルを踏むべきか、ブレーキを踏むべきかの判断がつかなくなる、といったことにはならないのです。(24ページより)
もちろん、認知症とは関係なく事故を起こしてしまう高齢者もいることだろう。しかし、専門医がこうした見解を示している以上、私たちも偏った情報だけに左右されるべきではない。
話は飛ぶが、同じことは高齢者を「老害」と揶揄したがる風潮にも言えるかもしれない。
実際のところ「キレやすい老人」も存在するだろうし、私自身も買い物をしているとき、老人が若い店員に対して大声で罵声を浴びせている場面に遭遇したことが何度かある。
だが、それは事実であったとしても「すべて」ではないのだ。まじめで誠実な若者と、人の迷惑を顧みない若者が共存しているのと同じ構造だ。
高齢者は、なにかと誤解されやすい存在であるかもしれない。しかし、だからこそ私たちも積極的に正しい知識を身につけるべきではないだろうか。
和田秀樹・著
扶桑社新書
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[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。他に、ライフハッカー[日本版]、東洋経済オンライン、サライ.jpなどで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)、『この世界の中心は、中央線なのかもしれない。』( 辰巳出版)など著作多数。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。


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