仏教を開いたお釈迦様には、たくさんの弟子がいました。
その弟子たちのなかでも、仏道修行を極め、悟りの境地に達した者を「羅漢(らかん)」と言います。
今回は、そんな「羅漢」さんについて解説します。
悟りを開いた釈迦の弟子たち
画像:十大弟子像/舎利弗尊者(快慶作)public domain
「羅漢」さんとは、お釈迦様の弟子のうちで、悟りの境地に入った修行者を指します。
悟りはよく知られた言葉ですが、「では悟りとは何か」と聞かれたら、明確に答えられる人は少ないのではないでしょうか。
悟りとは迷いを完全に断ち切り、この世の真理をありのままに知る境地のこと。
仏教においては生命が到達しうる最高の精神状態とされています。
そのため仏教では、この悟りこそが修行の最終目標とされるのです。
そして、現世で最初に完全な悟りを開かれた釈尊は「仏陀」と呼ばれ、その教えによって釈尊と同じ悟りに至った弟子たちを「阿羅漢(あらかん)」と称します。
つまり「羅漢」さんとは迷いの世界を離れ、阿羅漢果を得た人々のことなのです。
「羅漢」さんの主なグループとは

画像:十大弟子。釈迦(中)を中心に羅睺羅(左)と耶輸陀羅(右)public domain
「羅漢」さんは、十大弟子、十六羅漢、五百羅漢の三つがよく知られています。
十大弟子は、大勢いたとされるお釈迦さまの直弟子のなかでも、特に優秀な10人のことです。
10人の名は、舎利弗(しゃりほつ)、目犍連(もくけんれん)、大迦葉(だいかしょう)、須菩提(すぼだい)、富楼那(ふるな)、迦旃延(かせんねん)、阿那律(あなりつ)、優波離(うぱり)、羅睺羅(らごら)、阿難陀(あなんだ)と言います。
それぞれが釈迦の教えを受け継ぎ、お経の編纂や仏教の布教に大切な役割を担いました。

画像:十六羅漢 public domain
十六羅漢は、お釈迦さまが亡くなったとき、「仏教を守り伝える」ことを託された十六人の弟子たちです。
彼らはインド各地で多くの人に教えを説き、仏教布教に大きな貢献を果たしました。
16人の名は、賓度羅跋囉惰闍(びんどらばらだじゃ)、迦諾迦伐蹉(かなかばっさ)、迦諾迦跋釐堕闍(かなかばりだじゃ)、蘇頻陀(そひんだ)、諾距羅(なくら)、跋陀羅(ばだら)、迦哩迦(かりか)、伐闍羅弗多羅(ばじゃらふたら)、戍博迦(じゅばか)、半託迦(はんたか)、囉怙羅(らごら)、那伽犀那(なかさいな)、因掲陀(いんがだ)、伐那婆斯(ばなばし)、阿氏多(あじた)、注荼半託迦(ちゅだはんたか)です。
この中で特に有名なのが、「おびんずるさん」こと賓度羅跋囉惰闍(びんどらばらだじゃ)です。
日本では寺院のお堂の前に祀られていて、身体の悪いところと同じ場所をなでると病気が治る「なで仏」として、親しまれています。

画像:三津寺(大阪市)おびんづる像 public domain

画像:喜多院(川越市)境内の五百羅漢像 public domain
五百羅漢は、お釈迦さまの入滅後、その教えを確認するために開かれた「第一結集」に参加した500人の弟子たちを指します。
その中心となったのが、十大弟子の一人・大迦葉(だいかしょう)です。
ここで釈迦の教えが整理され、仏教を後世へ伝えることが誓われました。
日本各地の寺院では、五百羅漢の石像が並び、笑い、怒り、泣き、驚きなど、実に多彩な表情で参拝者を迎えてくれます。
「羅漢」さんは、厳しい修行を経て悟りを開いた聖者でありながら、釈迦の直弟子という、どこか人間味の残る存在でもあります。
だからこそ、その像には喜怒哀楽があふれ、見る人の心をやさしく和ませてくれるのです。
お寺で羅漢像を見かけたら、ぜひ一体一体の表情をじっくり眺めてみてください。
そこには、悟りを得た聖者でありながら、私たちとどこか通じる「人の心」が息づいているはずです。
※参考文献
京都歴史文化研究会(高野晃彰)著 『京都札所めぐり 御朱印を求めて歩く』メイツユニバーサルコンテンツ
文 / 高野晃彰 校正 / 草の実堂編集部


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