戦国大名の薩摩・島津氏と日向・伊東氏が南九州の覇権を争った「木崎原の戦い」…武将の子孫らが集い供養祭 | きばいやんせ!鹿児島

戦国大名の薩摩・島津氏と日向・伊東氏が南九州の覇権を争った「木崎原の戦い」…武将の子孫らが集い供養祭

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 戦国大名の薩摩・島津氏と日向・伊東氏が南九州の覇権を争った「 木崎原きざきばる の戦い」の舞台となった宮崎県えびの市池島地区で、追悼供養祭が営まれた。島津方を率いた島津義弘や、義弘に一騎打ちを挑んで討ち死にしたとされる伊東方の武将の子孫も参列し、両軍の戦死者を弔った。

六地蔵塔に玉串をささげ、頭を下げる参列者

 戦いは1572年5月4日(旧暦)に起き、島津方が伊東方を撃破した。伊東氏は衰退する一方、島津氏は薩摩、大隅、日向の三州支配の回復につなげた。両軍で計800人以上が1日で戦死する激戦だったと伝わる。

 供養祭は住民でつくる実行委員会が開いており、今年も5月4日に行われた。義弘が敵味方の区別なく供養するため建立したとされる六地蔵塔の前で神事などがあり、住民らが玉串をささげた。地元自治会長の野間教昭さん(71)は「英霊の安らかなることを祈る」などと述べた。

 この日は、先祖の義弘をまつる鹿児島県姶良市の 精矛くわしほこ 神社の島津義秀宮司(62)や、義弘と一騎打ちをしたとされる柚木崎(ゆのきざき)正家の子孫で同県薩摩川内市の会社員西沢誠さん(36)も参列した。初参加の西沢さんは「地元の方々が過去の出来事を大事に思うからこそ、供養祭が続いていると感じる。忘れないことが亡くなった方々の供養になるので、ぜひ続けてほしい」と感謝した。

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