関税を振り回すトランプのオウンゴール…インドとEUがアメリカを尻目に貿易や防衛の協定締結 | きばいやんせ!鹿児島

関税を振り回すトランプのオウンゴール…インドとEUがアメリカを尻目に貿易や防衛の協定締結

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写真右からフォンデアライエン、モディ、コスタ(1月27日、ニューデリー) AP/AFLO

<世界GDPの4分の1を占める新経済圏の誕生は、アメリカの影響力低下を決定づけるのか>

「アメリカ・ファースト」を掲げるドナルド・トランプ米大統領の通商政策が意図せぬ形で歴史的な自由貿易の扉を開いた。1月27日、インドとEUの間で断続的に20年近く続いていた自由貿易協定の交渉妥結が発表された。世界最大級の市場同士をつなぐこの協定は、約20億人、世界のGDPの4分の1をカバーする自由貿易圏を形成し、グローバルな経済秩序を一変させると期待される。

「偶然のタイミングではない。双方がトランプの関税戦争への共通の不満と、世界のサプライチェーンの中国支配に対抗したい思惑を募らせ、交渉を加速させた」と、インドの上場企業で社外取締役を務めるディラワール・シンは本誌に語った。

昨年、米印の通商交渉が決裂し、アメリカが鉄鋼・アルミニウムを含むインド製品の関税を50%に引き上げたことがインドの背中を押した。欧州にとってもアメリカとの緊張関係は懸念材料だ(トランプは欧州がグリーンランド売却に応じないなら追加関税を課すと脅した)。つまりこの協定は、EUとインドがアメリカの保護主義に追随することも、世界経済が立ち止まることもないという事実を強調している。

同時に、中国の影響力に対抗する狙いもある。インドもEUも、重要なサプライチェーンが中国にほぼ独占される現状と、アジアでの中国の拡張主義に警戒を強めてきた。

今回は貿易と並行して、インド・EU間で初の安全保障・防衛パートナーシップも締結された。この「包括的」な枠組みは海洋安全保障から防衛技術、サイバーセキュリティー、宇宙、テロ対策など多様な分野での協力を深化させる。中国の海軍プレゼンスが拡大しているインド洋での共同海軍演習や、防衛分野での共同研究開発や情報共有も可能になる。

経済と安全保障が融合する

EUが同様の協定を結んでいるアジアの同盟国は日本と韓国のみで、今回の協定はインドを西側の安全保障の枠組みに組み込む重要な一歩だ。また、ロシア製の兵器に依存してきたインドにとっても、軍事連携の多角化に踏み出す転換点となる。

インドの専門家は、この合意の戦略的な意義を高く評価している。官民出資の投資促進機関インベスト・インディアの元最高戦略責任者シッダールト・Nは経済と安全保障の融合に注目し、「途方もない協定であり、電子機器や防衛、自動車、化学分野のサプライチェーンへの影響は強力だ」と語った。「EUが中国への依存リスクの軽減に本格的に踏み出す最初の一歩となる」

厳格な原産地規則が協定に盛り込まれたおかげで、欧州企業は中国製部品が混入して関税上の優遇措置が無効になる心配をすることなく、生産の一部をインドに移転できる。シッダールト・Nは、今後5年間でインドからEUへの輸出は1500億ドル、EUからインドへの輸出は1200億ドル超に急増すると予測しており、そうなればインドはEUの主要貿易相手国の1つに躍り出る。

インドのナレンドラ・モディ首相は「史上最大の自由貿易協定」だとして、その規模と重要性を強調する。合意の発表に当たり首都ニューデリーを訪れたウルズラ・フォンデアライエン欧州委員会委員長とアントニオ・コスタ欧州理事会議長は、民主主義の2大勢力にとって「ウィン・ウィン」の成果だと称賛した。

今回の協定はインド経済の大きな追い風となり、モディ政権の外交戦略の正当性が証明された。近年、インドはイギリス、オーストラリア、オマーンと相次いで貿易協定を締結。同盟国や友好国を中心にサプライチェーンを多角化する「フレンド・ショアリング」を推し進めてきた。なかでもEUとの協定は、中国に代わる選択肢を求めている先進国の望ましいパートナーとして、インドの地位を確かなものにする。

また、次の総選挙を2029年に控えたモディの政治的立場も強化される。欧州市場を開放させ、インド人専門職のビザ緩和の約束を取り付けたと主張できる。

世界はアメリカを待たない

欧州の産業界は、インドという巨大市場がついに開放されることを歓迎している。欧州の自動車メーカーはアメリカやアジアの競合に対し、インド市場で先行者利益を得るだろう。EUが輸出する自動車の関税は最大110%から10%に段階的に引き下げられる。

インド商工会議所連合会は声明で、今回の協定が「十分に活用されていなかった貿易と投資の機会を一気に解き放ち」、インドがグローバル・バリューチェーンにより深く統合されると述べた。

一方、アメリカでは機会を失ったという感情が渦巻いている。アメリカはインドと同様の貿易協定を結んでおらず、輸出業者は世界最大の人口を擁する成長著しい市場で不利な立場になる。機械、農産物、高級品をインドに輸出する米企業は引き続き高い関税を払う一方で、欧州の競合企業は最大で製品の99%について関税の免除もしくは優遇を享受する。

インドの輸入業者はコスト削減のために欧州の供給業者を選ぶだろうと、米商工会議所は警鐘を鳴らす。インドの巨大市場を狙う大豆や酪農など農業分野や、産業機械、航空宇宙部品といった製造業は、関税格差により欧州企業に市場シェアを奪われることも十分に考えられる。

目先の金銭的な損失だけではない。貿易、技術、安全保障を包括するインドとEUのパートナーシップは、インドにとってアメリカとその同盟国への依存度を低下させる可能性もあるのだ。

近年、アメリカはインドを中国に対抗するインド太平洋戦略の重要なパートナーと位置付け、日米豪印戦略対話(QUAD)を首脳レベル会合に格上げした。しかし、インドが欧州という「強力な選択肢」を手に入れれば、アメリカの影響力が相対的に薄れかねない。特に安全保障・防衛パートナーシップは、米印の戦略的関係の排他的な強みを損なう。

これらは米印関係が直ちに破綻することにつながるわけではないが、微妙な変化は始まっている。欧州の指導者たちは、合意にこぎ着けた背景にトランプの関税政策があると認めている。「世界はアメリカを待っていない。アメリカ抜きの世界に適応し始めている」と、交渉に関わったEU当局者は匿名で本誌に語る。EUとインドの双方が、自由貿易は保護主義に勝ることを示そうと決意したのだ、と。

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