「住民税非課税世帯」になれば、多様な恩恵を受けられるという言説を耳にすることがあります。しかし、目先の支払いを抑えることばかりに執着し、制度の仕組みを断片的にしか捉えていないと、予期せぬ局面で大きな落とし穴にはまる可能性があります。ある男性が直面したケースから、所得管理だけでは防ぎきれない老後設計のリスクと、現在の社会保障制度が求める負担の公平性について迫ります。
「非課税世帯」の維持を優先した選択の結末
都内で契約社員として働く加藤誠一さん(67歳・仮名)は、5年前の定年退職を機に、世帯全員が住民税非課税となるよう生活設計を行いました。住民税が非課税になれば、国民健康保険料の軽減や自治体独自の給付金対象になるなどのメリットがあるからです。加藤さんは「年金や仕事の収入を少し調整すれば、非課税ラインに収まると知ったんです」と語り、業務委託の仕事をあえてセーブして所得を抑えました。
結果、目論見通り住民税は非課税となり、保険料も軽減されました。「うまくやったな、と思いました」と、当時は自身の選択に自信を持っていたといいます。
しかし、同居する母・静江さん(88歳・仮名)が脳梗塞で倒れ、重度の介護が必要になったことで状況は一変しました。加藤さんは特別養護老人ホーム(特養)への入所を検討しましたが、そこで初めて施設利用時の食費や居住費を軽減する制度「補足給付(特定入所者介護サービス費)」の厳格な条件を知ることになります。
「非課税世帯なら施設費も安くなると思っていました」
しかし、この制度にはもう一つの条件がありました。それが預貯金などの資産要件です。補足給付では、住民税非課税世帯であっても、本人(および配偶者)の預貯金などの資産が一定額以下でなければ対象になりません。単身者の場合(介護制度では子と同居していても、配偶者がいなければ制度上は単身扱いになる)、この上限は本人の年金収入に応じて500万円〜650万円程度と定められています。静江さんは長年の年金生活で貯めていた預金があり、その額は約800万円。この基準を上回っていたため、補足給付の対象外となりました。
「非課税なら自動的に安くなると思っていました。貯金まで見られるとは知らなかったんです」
介護費用には「高額介護サービス費」という上限制度がありますが、これは介護サービス利用料が対象です。施設の食費や居住費には適用されません。その結果、補助が受けられない場合の特養の費用は、食費と居住費を含めて月20万円前後になる見込みでした。加藤さんの収入では長期的な負担は難しく、最終的に母を自宅に引き取る決断をしました。
「住民税を払わないことばかり考えていました。でも制度をちゃんと理解していなかったんです」
現在は仕事を続けながら、在宅介護と生活費の工面に追われる日々を送っています。
「資産」まで捕捉される介護保険制度の現実
加藤さんのケースのように、現在の社会保障制度は単純な「所得」の多寡だけでなく、「資産」を背景とした負担の公平性を重視する傾向を強めています。
厚生労働省の「介護保険制度の改正(令和3年8月施行)」資料によれば、施設入所時の食費・居住費の補助(補足給付)に関する預貯金等の判定基準が大幅に厳格化されました。
改正前は一律で単身1,000万円、夫婦2,000万円が基準でしたが、現在は所得区分に応じて、単身500万〜650万円、夫婦1,500万〜1,650万円以下にまで引き下げられています。この「預貯金等」には、普通預金のほか、定期預金、投資信託、有価証券なども合算されます。
また、内閣府『令和5年版 高齢社会白書』によると、高齢者世帯間の経済格差の拡大に伴い、資産背景まで踏み込んだ給付制限が広がっています。自治体によるマイナンバーを通じた預貯金照会など、資産状況の把握も精緻化されています。
納税義務の回避を目的とした所得操作は、目先の支出を減らす効果はありますが、多額の資産を保有している場合、最も負担の大きい施設介護の局面で公的支援から除外されるリスクを孕んでいます。官公庁が提示する資産制限の数値は、所得管理のみに頼った老後設計の限界を明確に示しています。


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