円安が止まらない。知日派ジャーナリストのリチャード・カッツさんは「円の実質価値は50年前に比べて平均40%低下した。高市首相は、円安のほうが日本にとって益があるという安倍政権の考え方を踏襲しているが、この説は正しくない」という――。
※本稿は、リチャード・カッツ『給料を上げれば日本は復活する』(ハヤカワ新書)の一部を再編集したものです。
写真=共同通信社
オマーンのハイサム国王との電話会談後、記者団の取材に応じる高市早苗首相=2026年8月10日、首相官邸
「日本製」が世界を席巻する時代ではない
なぜここまで円安になっているのか。新聞を読めば、大半は金融市場の動向によるものだ、(このあと述べる理由から)アメリカと日本の金利の差によるところが大きい、などと書いてあるだろう。
こうした見解は、たしかに数年の期間についてはまったくそのとおりだ。しかし、ここ20年ほど長期にわたって円が切り下げられてきた状況には、競争力の低下が反映されている。
数十年前は、日本の家庭用電気製品や産業用機械、自動車は、革新的な技術と品質で明らかにすぐれていたので、輸出業者は高い価格をつけ、しかも世界の輸出市場で大きなシェアを獲得することができた。いまではできない。
弱い円は弱い日本を反映している
製品を売るには輸出価格を下げなくてはならず、そのためには円安にすることが必要だ。1ドルが100円なら、輸出業者は10万円の製品に1000ドルの価格をつけなくてはならない。1ドルが150円になると、同じ製品をたったの666ドルで売れる(※)。要するに、弱い円は弱い日本を反映しているのだ。
2024年には、為替レートが1ドル146円~152円の水準よりも円安になっていなければ、株式市場に上場されている製造業600社のうち20パーセントは輸出で損失を出していただろう。2014年から2020年の期間では、これら600社は1ドル100円が損益分岐点だった。2024年になると、1ドル124円が求められた。
トランプ大統領による15パーセントの関税は、これら企業にとっていっそうの円安が必要になることを意味する。上場されていない何千もの輸出業者にとっては間違いなく、採算をとるために円をさらに切り下げる必要があるだろう。
※輸出業者は、製品のドル価格を下げずに、円安を利用して利益を増やそうとする場合もある。ここであげた例でいうと、ドル価格を666ドルに下げるのでなく、下げ幅を少なくするか、もしくは価格をまったく下げないでおく。価格(1000ドル)をまったく下げない場合は、その製品の輸出から得られる金額が10万円でなく15万円になる。
円安を犠牲に、自動車産業を守る
円安は日本の利益になると説く者もいる。たとえば、高市早苗首相の主要なアドバイザーであるクレディ・アグリコル証券のチーフエコノミスト会田卓司だ。この説は正しくない。もう一人のアドバイザーで安倍晋三の側近でもあった本田悦朗は、1ドル150円程度は容認できると示唆した。
円安は日本の輸出業者の利益と株価を押し上げるかもしれないが、消費者や労働者や中小企業にとっては重荷になる。1ドル100円であれば、1000ドルの輸入製品を10万円で買える。1ドル150円だと15万円だ。
じつのところ、2025年後半時点で、2020年以降の物価上昇の80パーセントが、エネルギー、食品、衣料品、靴といった輸入依存度が高い品目によるものだった(図表1を参照)。円安によって実質的には、世帯と中小企業の所得が自動車メーカーなど政治的な力をもつ輸出企業に移転されているのだ。
出所=『給料を上げれば日本は復活する』
実質賃金が下がっているため、消費者需要が低下し、家計消費も落ち込んでいる。この状況は消費者に悪影響を及ぼすだけでなく、大手輸出業者ではない数百万もの企業に損失を与える。
それでも高市は、「いかなる犠牲を払ってでも」政府は自動車産業とその関連産業を支えなければならないと発言している。高市は、どんな犠牲かは明らかにしなかったが、その一つが円安だ。
必死の為替介入も「焼け石に水」
何年ものあいだ、安倍晋三首相と黒田東彦日銀総裁は、円安のほうが日本にとって益があると言い立てていた。円安になると輸出が増えるので、成長が促進され誰もが所得を増やせる、と主張した。
高市もまだその考え方を踏襲しているが、また一部の企業のトップは円安で自社は得をすると考えているかもしれないが、政治家の大半と財界のリーダーの多くは、もはや円安が望ましいとは思っていない。円安が過度に進むと利益よりも害の方が大きくなるという認識が広まっている。
財務大臣は、円安が進みすぎたと考えると金融市場に介入することまでしている。しかし、介入は効果的でない。市場介入は、市場が経済のファンダメンタルズと乖離しているときにのみ機能するものだ。しかし、昨今の円安は、金融市場に関しても日本企業の実際の競争力に関しても、経済ファンダメンタルズをしっかりと反映している。
円安なのに貿易赤字が減らない謎
円はどれぐらい弱いのだろう。円のほんとうの価値は、新聞に出ている名目上の円ドルレートとは異なる。むしろ、日本の貿易パートナー全体に対する円の購買力だといえる。
日銀は、物価の違いとインフレ率を加味して他の通貨に対する円の名目為替レートを調整する。2025年8月時点で、円の実質価値は、半世紀前に比べ平均40パーセント下がっていた。固定為替相場制が崩壊した1971年時点よりも、円は弱くなっているのだ。
値下げをすると店の売り上げが伸びるように、円安になれば貿易収支が黒字になると思われる。ところが、安倍晋三が円の切り下げによって貿易収支を改善しようと訴えはじめてから11年間、日本の貿易収支は3年を除いて毎年赤字だった。平均すると貿易赤字はGDPの1パーセントに相当する。
2025年上半期には、円安が大幅に進んだにもかかわらず、まだGDPの0.75パーセントに相当する貿易赤字を出していた。対照的に、1994年から2010年の期間では、物価調整後の実質ベースでいまよりはるかに円高だったが、毎年貿易収支が黒字だった。
「牙城」自動車産業も中国に追い越された
韓国など他の国は、賃金が上がり通貨が比較的安定している状態でも、世界市場で競争力を維持している。それならなぜ、日本は超円安になっても輸出戦線でもっと優位に立てないのか?
1985年のピーク時には、日本は「先進国」による輸出全体の8パーセント(物価調整後の金額)を占めていた。その後数十年にわたり継続的に円が切り下げられていったにもかかわらず、その割合は少しずつ下がりつづけ、わずか5.8パーセントになった。対照的に、アメリカとドイツは同じ割合を維持している。
2000年に、日本の電子機器メーカーは、GDPの1.3パーセントにも相当する多額の貿易黒字を手にしたものの、現在、電子機器分野は恒常的にかなりの額の貿易赤字を出している。自動車産業では、2023年に日本は中国に追い越された。
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自動車の事例は、円安になっても政策立案者が期待していたほど輸出が拡大しなかったもう一つの理由を示している。日本の自動車メーカーは、海外での売り上げの80パーセント以上を、日本からの輸出でなく海外生産から得ているからだ。同じ傾向が、電子機器、機械など他の製品でも見られる。日本企業が生産拠点を海外に移すほど、円安によって得られる輸出額の増加が少なくなるのだ。
利上げだけでは円を復活させられない
リチャード・カッツ『給料を上げれば日本は復活する』(ハヤカワ新書)
ここ4年のあいだ円の価値を決定づけてきたおもな要因は、日本とアメリカの10年物国債の利回りの差だった。アメリカの金利のほうが日本より大幅に高いので、投資家は日本国債、つまり日本円を売って米国債を買う。このような売り圧力があるため、円の価値が切り下げられるのだ。
事実、2001年から2013年、および2021年から2025年にかけて、金利差の変動と円ドルレートの変動とのあいだには、相関係数0.80という非常に高い相関関係があった。
このように示されると、日銀が利上げを容認すれば円は以前のような勢いを取り戻すだろう、と論じる人が出てくるかもしれない。
円の価値はある程度は回復するかもしれないが、10年、20年前の水準まで戻ることはなさそうだ。日本企業の競争力が弱くなっているからだ。それが、時を経るなかで継続して円の価値が切り下げられている理由である。
政界と財界の失敗のツケが国民へ
一般的な傾向として、2021年から2025年にかけては、2001年から2013年の期間と比較すると、同じ日米間の金利差に対し、円の対ドルレートは30円近くの円安になっていた。さらに、高市早苗が首相になることが明らかになったあと、また円はじりじりと下がっていった。だいたいにおいて、為替は一直線に円安に向かうわけではなく、変動しながら徐々に円安になっていく。
たとえば図表2でトレンドラインが示すとおり、金利差が2.0パーセントポイントのとき、2001年から2013年の期間では、平均して1ドル95円だったが、2021年1月から2025年10月の期間には123円だった。2026年の初めには、おおむね1ドル155円まで下がっている。
出所=『給料を上げれば日本は復活する』
弱い円とそれによる消費者物価の上昇という影響は、政策立案者と財界のリーダーが経済改革と企業の業績改善に失敗してきたことに対して日本国民が払わされている代償の一部なのだ。日本が経済の活力と国際競争力を取り戻すまで、円は回復しないだろう。






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