近年の医療・介護制度では、生産年齢人口が激減する「2040年」を視野に入れた見直し論議が本格化している。これまでは人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上を迎える「2025年」を意識した制度改革が目指されていたため、一つの節目を迎えたことになる。さらに、最近の物価上昇で医療・介護事業所は経営難となっており、これまでとは違う施策も展開されようとしている。本連載では、「分水嶺」を迎えつつある医療・介護制度の見直し論議や現場の動向を追う。
本稿では、2040年を見据えた介護改革の最新動向を取り上げる。具体的には、今年の特別国会に提出された介護保険法改正案では、中山間・人口減少地域を対象に、新たな仕組みを作る条文が盛り込まれた。これは現行の介護保険制度の考え方と異なる側面を数多く持っており、国会審議では「社会保険の原則を破壊する」といった声も出た。本稿では、2040年の中山間・人口減少地域に関する施策の内容を概観するとともに、その成否を検討する。
衆院で異例の27個の付帯決議、「社会保険原則の崩壊」と激しい議論
周知の通り、介護現場の人手不足は常態化しており、政府としては、賃上げや外国人材の受け入れなどで対応しようとしている。それでも生産年齢人口が激減する2040年には約57万人が不足すると見られており、提供体制の持続可能性が危ぶまれている。
そこで、政府が昨年から検討していたのが中山間・人口減少地域に対するテコ入れ策であり、基本的な考え方や方向性が今年の特別国会に提出された介護保険法改正案に盛り込まれている。
しかし、衆院を通過する時点で、人材確保に関わる条文など他のテーマも含めて、27個の付帯決議が示された。付帯決議とは、法的拘束力を持っていないものの、国権の最高機関として国会が政府に対して突き付ける留意事項、あるいは要望事項である。これだけの付帯決議が示されるのは異例であり、衆院の参考人質疑では「社会保険の原則を破壊する」という過激な発言も飛び出した。
では、どんな内容が盛り込まれているのか。ここで、検討経過を時系列で整理すると、厚生労働省は2025年1月、業界団体の関係者や有識者らで構成する「『2040年に向けたサービス提供体制等のあり方』検討会」(以下、2040年検討会)を発足させ、2040年を見据えた提供体制の検討を急いだ。
その後、2040年検討会は7月にまとめたとりまとめで、別掲・図表1のように、全国を3つの類型に大別した上で、中山間・人口減少地域のテコ入れ策を打ち出した。この内容が2025年12月の社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)介護保険部会の意見に反映され、2026年特別国会に提出された改正介護保険法に盛り込まれた。

「出来高払い」は限界、人口減少地域で枯渇する訪問ケアの収益構造
中山間・人口減少地域における2040年に向けた見直しについて、政府が取ろうとしている施策を大別すると、▽報酬制度の見直し、▽人員基準の見直し、▽保険給付からの転換──という3つになる。
このうち、報酬制度の見直しは「定額払い」への転換が企図されている。ここでいう定額払いとは、サービスを提供した事業者に対し、「1日当たり」「月当たり」「事業所に登録した人数」などに応じて、保険者(保険制度の運営者)から支払われる報酬を固定化させる仕組みを指す。今回の見直しでは、訪問介護などで月単位の定額払いにする考え方が介護保険部会意見で示されている。
こうした見直しが提起される背景を理解する上では、訪問介護など訪問系サービスの収益構造を踏まえる必要がある。
事業所から利用者の住居などに出向いてサービスを提供する訪問介護の場合、数多く訪問するほど、報酬を増やせる「出来高払い」が採用されている。その結果、短時間に訪問回数を増やすと、採算が上がる。
この構造を他の産業と比較すると、空車時間を減らして小刻みに客を乗せて稼働率を上げることが必要なタクシー業界や、狭い区域で多くの荷物を運ぶことで密度を濃くすると多くの収益を得られる宅配便と共通している。
しかし、人口減少に伴って人口密度が薄くなると、採算性は悪化する。分かりやすく言うと、ヘルパーが事業所から往復90分の利用者の自宅を訪ね、30分の介護サービスを提供しても、事業所には2500円程度の収入しか入らない。それでも2~3カ所の利用者の自宅をハシゴできれば採算が上がるが、周囲に誰も利用者が住んでいなければ、事業としては成り立ちにくい。
実際、高齢者人口でさえ減っている過疎などの地域では、すでに訪問系サービスは枯渇している。そこで、今回の介護保険法改正案では中山間・人口減少地域における事業所の収益基盤を安定化させるため、報酬の支払いを定額払いに切り替える案が出ているわけだ。
一方、人員基準の見直しでは、施設などで高齢者3人に介護スタッフ1人の配置を義務付ける「3:1基準」を含めた規制の弾力化が企図されている。要は少ない人員でも現場が回るように、配置基準を緩和するという構想である。
このほか、中山間・人口減少地域のサービスを「地域支援事業」に移すことも盛り込まれている。
地域支援事業とは介護保険財源を使い、高齢者福祉に充てる予算制度を指しており、例えば中学校区単位に設置されている地域包括支援センターの運営経費は地域支援事業から出ている。つまり、介護保険財源を用いるものの、「保険」ではなく「事業」として予算上、処理される。
しかし、こうした見直し案が「保険制度の崩壊」という批判を受ける一因になっており、衆院でも数多くの注文が付けられた。
それでは何が論争を招いているのか。介護保険の理念に立ち返りつつ、こうした批判が出た理由とともに、それでも政府が制度改正に踏み出したと思われる背景を整理する。
「介護の社会化」の多幸感から一転、地域支援事業への移管が招く批判
高齢者の自己決定・自己選択、民間活力の活用、ボランティアの参加、介護の社会化、国民全体の社会連帯、地方分権の試金石……。介護保険制度が2000年度に始まった時、こういった言葉が多用されていた。筆者は当時、前の前の職場で駆け出しの記者だったが、どこか多幸感(ユーフォリア)が漂っていたのを覚えている。
介護保険が内在している制度の論理としては、下記のように整理できる。
高齢化の進展で要介護リスクが一般的になっているため、そのリスクを社会全体でカバーし合うため、40歳以上の国民に対して介護保険料の支払いを義務付ける。一方、サービス面では株式会社の参入を含めて裾野を広げることで、高齢者が多様なサービスを選択できるようにする。
その結果、介護保険料を支払った対価として、高齢者もサービス給付を受けられるので、権利性が担保され、家族介護か、施設ケアにとどまっていた介護が社会化される――。
これに対し、今回の介護保険法改正案に従うと、中山間・人口減少地域のサービスは保険給付ではなく地域支援事業に移管するため、市町村の予算管理が厳しくなる。その結果、サービスを受けられなくなるなど、介護保険で担保されていた高齢者の権利性が失われかねない。しかも、中山間・人口減少地域では、配置基準が緩和されるため、やはり権利性を削ぐ方向に働く。
ここで、介護保険の基本理念と2040年の提供体制を比べると、別掲・図表2のように整理できる。ここでは全てを説明できないが、2040年の提供体制改革が約四半世紀前に喧伝された論理構成から飛躍しているのは事実であり、「社会保険制度の破壊」という批判が出る事情も理解できる。

しかし、こうした批判は政府としても百も承知だっただろう。例えば、2040年検討会のとりまとめを見ると、定額払いの導入に関して、「介護報酬の中でこれに対応できる包括的な評価の仕組みを設けることの検討も一つの検討の方向性として考えられる」という文章が用いられていた。
ここで使われている「検討も一つの検討の方向性」とはいかにも悪文であり、腰が引けているような印象も受ける。恐らく激しい議論を招きやすいテーマについて、慎重な言い回しを選んだ結果と推察される。
それにもかかわらず、今回の見直しに政府が乗り出した背景には、生産年齢人口の減少に対する危機感があると推察される。つまり、政府としては、「どんなに人材確保の努力を講じても、人口減少が進む地域ではサービスを維持できなくなる。現に住んでいる高齢者に対し、報酬や人員基準を特例的に変えてでも、サービスを維持する体制が必要」という判断に傾いたのであろう。
こうした論理構成は十分に納得できるし、過疎地の市町村や事業者の関係者と話していると、同じような問題意識を耳にすることが多い。筆者も国の方針については、「論理的には正しい」と考えている。
しかし、論理的な正しさと制度の運用は別であり、懸念点は多い。このあたりの迷いが衆院の付帯決議にも表れていると言える。以下、筆者なりに整理した懸念される点をいくつか挙げていく。
定額払いが孕む「二律背反」、中山間・人口減少地域の線引きは今後の議論に
まず、定額払いを巡る論点である。別掲・図表3で示した通り、出来高払いでは提供されるケアや回数ごとに報酬が評価されるのに対し、定額払いでの収入は安定するため、利用者が減っても経営を安定化できるメリットがある。
その半面、事業所から見ると、ケアを提供しなくても収入は変わらないため、利用者から見ると、必要なケアが提供されなくなるリスクを伴う。さらに、重度な人の受け入れが拒否される展開も予想される。

要するに、定額払いには必要なケアが十分に提供されにくくなるリスクが付きまとう。分かりやすく言うと「手抜きリスク」であり、「収入の安定化」の間で二律背反が起きる。
こうした二律背反を防ぐ方法としては、運営の透明性を高めるため、住民や利用者の代表が運営に参加する仕組みを作ったり、手抜きした場合の罰則を強化したりする対応が考えられる。さらに、報酬の水準に関しても、事業所がメリットを感じられる十分な予算を確保すれば、手抜きリスクを減らすことができる。
しかし、一連の政府文書や国会審議を見ても、デメリットの解消策は明確に示されているとは言えず、2026年12月末までに詳細を詰める介護報酬改定の議論に委ねられている。具体的には、介護保険部会とは別の介護給付費分科会という審議会で議論する段取りとなっている。
中山間・人口減少地域の線引きも、大きな論点である。今回の法改正では国の方針に基づき、都道府県が市町村の意見を聞いて指定することになっているが、その線引きが明確ではなく、こちらも介護報酬改定の議論で詳細を決めることになっている。
つまり、今回の法改正は大枠だけ決めた後、残りは介護給付費分科会で詰める構造になっている。
さらに、介護報酬は法律ではなく、厚生労働省令や通知などで決まるため、国権の最高機関である国会の議を経なくても、厚生労働省の裁量で制度を動かせる。この結果、中山間・人口減少地域の対象範囲が広がり、「介護保険が主」「中山間・人口減少地域が従」という関係性が逆転し、なし崩し的にケアの質が低下する危険性を払拭し切れない。
もちろん、政策決定の細々した部分まで立法府が絡むようになると、意思決定のスピードが遅くなるため、行政機関が裁量権を持って政策を決めるのはやむを得ない。
しかし、民主的統制の観点で見ると、今回の法改正には懸念も残る。論理的に正しい内容を含んでいるとはいえ、必要に応じて国会で運用を報告したり、対象となる中山間・人口減少地域でも住民や事業者向けに説明する機会を設けたりするなどの努力が欠かせない。

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