スーパーのレジで、また少し多い金額を払った。 カゴの中身は去年と同じなのに。
「また上がったか」と思いながら、怒るでもなく、静かにカードを差し出す。
日本ではこの30年間、物価は上がり続け、給料はほぼ動かなかった。先進国の中で唯一、平均賃金が下がり続けた国——それが日本である。なのに、ストライキもデモも起きない。「しょうがない」という言葉が空気のように社会を満たしている。
この記事では前半で「どれだけ貧しくなったのか」を数字で確認し、後半で「なぜそれを受け入れてしまうのか」を考えてみたい。
第1章 どれだけ貧しくなったのか?
1-1 給料が増えなかった30年
日本の実質賃金(物価を考慮した給料の実態)は、1997年を100とすると2023年には約88にまで下落している。
同じ期間、他の主要国はどうだったか。
アメリカ:+45%
ドイツ:+30%
韓国:+20%
日本:−12%(OECD加盟国中、唯一の長期下落)
OECD統計による主要国の平均年収(購買力平価ベース・2023年)を比べると、こうなる。
アメリカ:約77,000ドル(約1,155万円)
ドイツ:約58,000ドル(約870万円)
韓国:約48,000ドル(約720万円)
日本:約42,000ドル(約630万円)——G7最下位
G7の中で日本だけが突出して低い。かつてアジアで断トツだった日本の賃金は、今や韓国にも抜かれ、イタリアと競う水準にまで落ちた。
1-2 政府の「平均年収」は誰の数字か?
ここで一度、統計に立ち止まる必要がある。
よく引用される「平均年収460万円」は、実態を反映しているだろうか。
総務省の労働力調査によれば、現在の日本の労働者のうち約38%が非正規雇用(2023年)で、その数は2,100万人を超える。
正規雇用の平均年収:約531万円
非正規雇用の平均年収:約306万円
差:225万円
非正規雇用者の賃金は正規の7割以下にとどまる。そして非正規の割合は、1990年代の約20%から今や38%へと倍近くに膨らんでいる。
「平均460万円」という数字の裏に、年収306万円台で働く2,100万人の姿がある。
以降この記事では、日本の労働者の「標準的な実態」として非正規雇用の平均年収・年306万円(月25.5万円、時給換算で約1,530円)を基準に計算する。
1-3 身近な価格で見る「実質の値上がり」
数字より、日常の感覚で考えてみよう。
コカコーラ 350ml缶(コンビニ)
1990年代:約100円
2025年:約125〜130円(+30%)
牛丼(吉野家・並盛)
1990年:400円
2013年:280円(デフレ競争の底値)
2024年:498円(2013年比 +78%)
カップラーメン
1995年:約120円
2025年:約230円(+92%)
都心ワンルーム家賃
1990年代:約6万円/月
2025年:約9万円/月(+50%)
大卒初任給
1990年代:約17〜20万円
2024年:約23万円(+15〜35%)
家賃が50%上がったのに、初任給は15%しか上がっていない。1990年代、都心のワンルームは初任給の約30%だった。今は約39%を家賃が占める。モノの値段だけが、給料を置き去りにして走っていった。
1-4 家と車が遠くなっていく
食費や家賃だけではない。「人生の大きな買い物」の値上がりが、より深刻だ。
住宅(新築マンション)
首都圏の新築マンション平均価格は、近年急激に上昇している。
2013年:首都圏平均 約4,929万円
2023年:首都圏平均 約8,101万円(+64%)
2025年:首都圏平均 約9,182万円(2023年比さらに+13%、5年連続最高値更新)
東京23区 2025年:平均1億3,613万円
2013年に東京23区の新築マンションで「5,000万円以下」が全体の5割を占めていたが、今や1億円以上の億ションが全体の3分の1を占める。
非正規雇用者の年収306万円を基準にすれば、首都圏の新築マンション平均(9,182万円)を買うためには約30年分の年収に相当する。正規雇用者(531万円)でも17年分だ。「30年ローン」の話ですらない。
車(新車)
日本の「国民車」の代表格・カローラの価格推移。
1997年(8代目カローラ・ベーシックグレード):約138万円
現行 トヨタ・アクア(最安コンパクトHV・2025年):約248.6万円〜
現行 トヨタ・プリウス(2025年):約277万円〜
1997年、カローラは平均年収(467万円)の約30%で買えた。今、アクアの最安グレード(248.6万円)は、非正規労働者の年収(306万円)の81%に相当する。つまり給料のほぼ1年分を車1台に使わなければならない計算だ。
安全装備やハイブリッドの標準化で装備は向上した。しかし、装備の向上に対して賃金がまったく追いついていないという事実は変わらない。「普通に働けば普通に車が買えた」時代は、静かに終わっていた。
1-5 日本は外国人にとっての「バーゲンセール」
ここに、最も鮮明に格差が見える比較がある。
「日本のものが外国人には何円の感覚か」——体感価格の計算だ。
計算のロジックはこうだ。
① 東京のランチ 1,500円
② ドル換算すると $10(÷150円)
③ アメリカ人(時給$38.5)が$10を稼ぐのに必要な時間 → 約16分
④ 日本の非正規労働者が16分働いたときの賃金 → 16/60 × 1,530円 ≒ 約400円
→ アメリカ人にとって1,500円のランチは「400円を払う感覚」なので、安く感じる。
各国の平均時給(2000時間/年として試算、為替1ドル=150円)
日本・非正規:時給 約1,530円(年収306万÷2,000時間)
アメリカ:時給 約$38.5 ≈ 5,775円
ドイツ:時給 約$29 ≈ 4,350円
韓国:時給 約$24 ≈ 3,600円
中国・北京市(非私営平均):時給 約2,415円(年収CNY224,608≈¥483万÷2,000時間)
この時給の比率で、「日本のXX円が外国人にはYY円の感覚」を計算できる。
コカコーラ 350ml缶 約130円
日本人:130円の感覚(約5分の労働)
アメリカ人:約34円の感覚(約1.4分の労働)
ドイツ人:約46円の感覚(約1.8分)
韓国人:約55円の感覚(約2.2分)
北京市民:約82円の感覚(約3.2分)
スターバックス カフェラテ グランデ 約540円
日本のスタバは世界的にも安価な部類に入る。ドル換算すると$3.60で、アメリカ国内価格($6.50)の約半額だ。それでもなお、稼ぐ時間で比べると格差は歴然とする。
日本人:540円の感覚(約21分の労働)
アメリカ人:約143円の感覚(約5.6分の労働)
ドイツ人:約189円の感覚(約7.4分)
韓国人:約230円の感覚(約9.0分)
北京市民:約342円の感覚(約13.4分)
日本のスタバが「世界最安水準」でも、アメリカ人には143円のコーヒーだ。
東京のランチ 約1,500円
日本人:1,500円の感覚(約59分=ほぼ1時間の労働)
アメリカ人:約400円の感覚(約16分の労働)
ドイツ人:約530円の感覚(約21分)
韓国人:約640円の感覚(約25分)
北京市民:約951円の感覚(約37分)
国内旅行 1泊2日(交通費込み・一人 約3.5万円)
週末に箱根や京都へ——日本人にとっては「ちょっと贅沢」な出費だが、外国人には感覚が違う。観光庁の調査によれば宿泊旅行の平均支出は1人約7万円だが、ここでは近場の1泊2日を3.5万円として試算する。
日本人:35,000円の感覚(約23時間分の労働)
アメリカ人:約9,268円の感覚(約6.1時間の労働)
ドイツ人:約12,291円の感覚(約8.0時間)
韓国人:約14,866円の感覚(約9.7時間)
北京市民:約22,173円の感覚(約14.5時間)
日本人が「今月は旅行なんて無理かな」と諦める金額を、アメリカ人は1日も働けば稼げる。
都心ワンルーム家賃 9万円/月
日本人:9万円(月収の約35%)
アメリカ人:約2.4万円の感覚
ドイツ人:約3.2万円の感覚
北京市民:約5.7万円の感覚
ソニー α7V(フルサイズミラーレスカメラ ボディ)約416,900円
2025年12月に発売された、日本を代表するフルサイズミラーレスの最新モデル。日本の市場価格は約42万円。これを各国の体感価格に換算するとどうなるか。
日本人:416,900円(約272時間≒7週間分の労働)
アメリカ人:約110,000円の感覚(約72時間の労働)
ドイツ人:約146,000円の感覚(約96時間)
韓国人:約177,000円の感覚(約116時間)
北京市民:約264,000円の感覚(約173時間)
なお、アメリカでの同モデル定価は$2,999(約45万円)と日本より高い。つまり外国人にとって日本のα7Vは「自国より安くて、かつ体感的にも激安」という二重の恩恵がある。
iPhone 17 Pro 256GB 約179,800円
2025年9月発売。日本の定価は¥179,800で、ドル換算すると$1,199。アメリカの定価$1,099(約¥164,850)より若干高いが、体感価格で見ると外国人にとっては十分すぎるほど安い。
日本人:179,800円(約117時間≒3週間分の労働)
アメリカ人:約47,700円の感覚(約31時間の労働)
ドイツ人:約63,200円の感覚(約41時間)
韓国人:約76,400円の感覚(約50時間)
北京市民:約113,900円の感覚(約74時間)
日本人が3週間かけて稼ぐiPhoneを、アメリカ人は1週間以内に稼げる。「外国人が免税でiPhoneを爆買いする」のは、単純にそれが安いからだ。
首都圏・中古マンション 約5,188万円(2025年Q2平均)
日本人:約5,188万円(約17年分の年収)
アメリカ人:約1,374万円の感覚(アメリカ人年収の約4.5年分)
ドイツ人:約1,826万円の感覚(ドイツ人年収の約6年分)
北京市民:約3,287万円の感覚(北京平均年収の約10.7年分)
北京の平均的な市民にとっても、日本のマンションは「格安」ではない——それでも日本人の17年分に対して10.7年分と、相対的には手が届きやすい。実際に不動産を爆買いしているのは、この平均層ではなく、そのさらに上の富裕層だという点は押さえておく必要がある。
新車(トヨタ アクア、最安グレード)約248.6万円
日本人:248.6万円(年収の約81%、ほぼ1年分)
アメリカ人:約66万円の感覚(アメリカ人年収の約2.6ヶ月分)
ドイツ人:約88万円の感覚(ドイツ人年収の約3.6ヶ月分)
北京市民:約157万円の感覚(北京平均年収の約4.9ヶ月分)
並べてみると、パターンが見えてくる。日本の価格は世界標準から見て「安い」か「同程度」なのに、日本人の賃金だけが圧倒的に追いついていない。価格の問題ではなく、賃金の問題だ。
日本人が「高くて買えない」と感じるマンションを、アメリカ人は4年半分の年収で買える。日本人が3週間分の給料を出すiPhoneを、アメリカ人は1週間で稼ぐ。日本人が「いつかカメラを買いたい」と思いながら節約している横で、外国人が免税でそれを買って帰っていく。
北京の平均的な市民でさえ、日本のランチを951円の感覚で食べられる。もっとも、北京市民が日本の不動産を爆買いしているかというと、平均層にとってはさほど「格安」ではない——それでも日本人より7年近く早く払い終わる計算だ。実際に動いているのは中国の富裕層であり、平均的な日本人の生活水準が、「普通の中国人」と大差なくなりつつあること自体が問題の本質だ。
「日本が安い国」というのは、外国人の話だ。日本に住む日本人には、むしろ何もかもが手の届きにくい国になっている。
この「安さ」が外国人投資家を引き寄せる。三菱UFJ信託銀行の2024年調査によれば、首都圏マンションの2〜4割が外国人によって購入されているという。中華圏の投資家の87.5%が「今が買い時」と答えており、その最大の理由は円安による割安感だ。外国人が「格安」と感じて買い進める不動産市場で、日本人の給料だけが追いつかずに取り残されていく。
(なお、全国の新築マンションにおける国外居住者の購入割合は3%程度という調査もあり、価格上昇の主因を建設コストや国内需要とする見方も根強い。)
1-6 「貧困」という統計的な現実
OECD基準の相対的貧困率(中央値の50%未満で生活する人の割合)。
ドイツ:約9.8%
韓国:約15.3%
日本:約15.7%(OECD平均11〜12%を大きく上回る)
就業率が86%とOECD最高水準であるにもかかわらず、ひとり親世帯の相対的貧困率は44.5%(厚生労働省、2021年)。「働いても貧困を脱せない」という逆説が、数字として現れている。総務省の家計調査によれば、食費と光熱費だけで平均世帯支出の約55%を占める。削られているのは娯楽費・教育費・老後の貯金だ。
第2章 なぜそれを受け入れてしまうのか?
これほどの経済的停滞にもかかわらず、日本ではストライキもデモも起きない。怒りの声も上がりにくい。なぜ人々は「しょうがない」を選ぶのか。
2-1 「ゆでガエル」の構造
有名な比喩がある。カエルを熱湯に入れると飛び出すが、水からゆっくり温めると気づかずに茹でられてしまうという話だ。
日本の賃金停滞は、まさにこの構造を持っている。牛丼が280円から498円になるまで10年かかった。カップラーメンが120円から230円になるまで30年かかった。急激な変化なら人は怒れる。しかし緩やかな悪化は、危機感を持つための輪郭を持たない。
「今月もちょっと苦しい」という感覚が積み上がるだけで、その原因をはっきりと名指しすることが難しくなる。怒りには「対象」が必要だ。対象が見えなければ、感情は発散されずに内側へ向かう。
2-2 「自己責任」という名の構造的隠蔽
怒りが内向きになるとき、それは多くの場合「自己批判」に変わる。
「もっと節約しなければ」「副業を始めなければ」「自分の稼ぎが足りないのかもしれない」——こうした思考が生まれるとき、構造の問題が個人の努力の問題にすり替えられている。
新自由主義的な価値観の浸透とともに「頑張れば報われる」という神話が強化された。裏を返せば「報われないのは努力が足りないから」という論理になる。社会学者の阿部彩は著書『子どもの貧困』の中で指摘する——「日本では”貧困”という言葉が人の恥であり、社会問題ではなく個人の失敗とされる」。
声を上げるほどに傷つく構造が、沈黙を選ばせる。
2-3 「和」の文化と同調圧力
哲学者の中島義道は著書『怒る技術』の中で、「日本人は怒ることを学んでこなかった」と述べる。怒りが「攻撃」や「迷惑」と結びついて理解されるため、本来は怒るべき場面でも、人は抑制を選ぶ。
「空気を読む」という言葉が象徴するように、個人の感情を集団の調和より優先することは「自分勝手」とみなされやすい。だから怒るよりも、我慢を選ぶ。そして我慢していることさえ、いつの間にか意識されなくなる。
これは外からの強制ではない。内面化された「べき論」によって、人々は自分で自分を黙らせていく。
2-4 「節約」が美徳になる国
スーパーの半額シールを待つ行列。ポイ活を解説するメディア。節約レシピのSNS投稿。これらは今や日本の日常の一部であり、「賢い生き方」として肯定的に語られる。
社会学者のマックス・ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で、禁欲と勤勉の倫理が資本主義を支えたと論じた。日本では「贅沢しないこと」「質素であること」が道徳的優位性と結びつき、豊かさを求めること自体がどこか「卑しい」とみなされる感覚がある。
こうして「構造の問題」は「個人の美徳」に吸収されていく。
2-5 「比較しない」教育の結果
「日本はまだ豊かな国」と多くの人が感じているとしたら、その理由のひとつは比較する習慣が育ちにくい環境にある。
他国の賃金水準や生活コストを知る機会が少なければ、自分たちの状況が「普通ではない」とは気づきにくい。コンビニでいつでも美味しいものが安く手に入り、百円ショップで何でも揃う——こうした「安くて便利な消費文化」が、実質的な豊かさの低下を覆い隠している面もある。
モノの豊かさと、人の豊かさはちがう。 しかしその区別は、日常の中では見えにくい。
結論 「しょうがない」は政治的な態度である
政治学的な文脈から見れば、「沈黙」は支持の一形態だ。怒らないことは、現状を容認することと同義になりうる。
大切なのは、まず「怒りの場所」を見つけることではないだろうか。
自分の苦しさが個人の努力不足から来るのか、それとも構造的な問題から来るのか——を問い直すこと。アメリカ人が16分働けば買える1,500円のランチを、日本の非正規労働者は59分かけて稼ぐ。その非対称性を「しょうがない」で終わらせることが、最も危険な政治的態度かもしれない。
「普通に働けば普通に暮らせる」という感覚は、かつては現実だった。今は「普通に働いても貯金できない」が現実に近づいている。
「しょうがない」ではなく「なぜしょうがないのか」を問い続けるという、その小さな習慣の中に、静かな変化の芽があるような気がする。
日常の中にある、小さな現象を観察しています。ふだん見過ごしている出来事を、ゆっくりと言葉にしていく場所です。結論よりも、視点の手前にある静かな部分に興味があります。 街の振るまい、文化の癖、SNSの風景、言葉のかたち。「まだ名前のない現象」について書いていきます。


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