多くの専門家が指摘する「2040年問題」。私たちにできることは何か(写真:mits/PIXTA)
2040年、日本では現役世代の割合が大きく減少し、就労者1人が非就労者1人を支える社会へと近づいていきます。医療・介護を支える専門職の不足、膨らみ続ける社会保障費、そして改革を阻み続ける政治と行政の構造――。半世紀近く医療現場に立ち続けてきた私は、このままでは現在の社会保障制度を維持することは極めて困難になると考えています。2040年に向けて何が起こるのか。『日本社会の余命』を上梓した医師の柴田元氏が解説します。
社会の土台を揺るがす就労人口の減少
私が危惧している「2040年問題」とは、人口減少によって医療・介護・年金・経済が同時に転換点を迎えることです。
福岡県久留米市で病院長を務める私は、医療を支える専門職が年々減っていく現実を日々肌で感じています。このままでは、現在の医療制度を維持することは率直に言って極めて難しいでしょう。
しかし、この危機は医療だけの問題ではありません。日本社会全体が直面する構造的な問題です。そこで私は、日本の人口動態と就労人口の推移を改めて調べてみました。
就労人口をどの年齢で捉えるかによって数字は変わりますが、「総務省統計局 人口推計(令和5年10月1日)」によれば、20~64歳人口は総人口のおよそ55%を占めています。一方、「令和2年版厚生労働白書」の将来推計人口では、この割合は2040年には約50%まで低下することが見込まれています。
もちろん、20歳未満で働く人もいますし、65歳を超えても働き続ける人はいます。逆に20~64歳で就労していない人もいます。それでも、社会全体を支える働く人の割合が大きく低下することは間違いありません。
単純化して考えれば、2040年には就労者1人が非就労者1人を支える社会へ近づいていくことになります。これは単なる人口統計の話ではありません。社会を支える担い手そのものが減っていくということです。
このことで私が最も危惧しているのは、エッセンシャルワーカーの不足です。建設、物流、公共交通など社会を支えるさまざまな分野で人手不足は深刻化していますが、とりわけ医療・介護分野への影響は極めて大きいと考えています。
医療現場は医師や看護師だけでなく各種リハビリ療法士、薬剤師など、多くの専門職が支えています。介護現場でも介護福祉士やケアマネジャー、訪問介護員など、多くの専門職が地域を支えています。
病院は医療法、介護施設は介護保険法によって人員配置基準が定められています。そのため、人材を確保できなければ、結果として、中小の病院や介護施設は病床の縮小や施設の統廃合を余儀なくされ、受け入れられる患者数そのものが減少していくでしょう。
施設が受け入れられなくなれば、多くの患者や高齢者は在宅医療・在宅介護へ移らざるを得ません。しかし、現在は核家族化が進み、自宅で介護を担える家族は決して多くありません。しかも、その在宅介護を支える訪問介護事業所でも、人材不足はすでに深刻化しています。
受け皿となる施設もなく、自宅を支える人材も足りない。このまま何の対策も講じなければ、2040年前後には日本各地で医療や介護の行き場を失う高齢者が増えていく可能性があります。
制度の限界が見えても改革できない理由
2040年に向けて社会保障制度が大きな転換点を迎えることは、多くの専門家が以前から指摘しています。このまま少子化が進めば、年金、医療、介護を現在の仕組みのまま維持することは極めて困難です。私も医療現場で、その危機を長年感じ続けてきました。
それにもかかわらず、抜本改革は進みません。私は、その原因は制度そのものではなく、「改革を“先送りする”構造」にあると考えています。社会保障を維持するには給付と負担の見直しが避けられませんが、負担増や給付減は選挙に影響するため、政治家は大胆な改革を打ち出しにくい。
有権者もまた、自らの負担増を伴う改革には反対しがちで、その空気が政治の決断を鈍らせています。有権者の「意志」が日本の政治を左右する以上、この問題は政治家だけの責任ではありません。
行政も同様です。官僚は制度を安定して運営することが求められ、改革に失敗すれば責任を問われる一方、先送りによる責任は問われにくい。その結果、小幅な制度改正が繰り返され、抜本改革は後回しになります。
日本で改革が進まない象徴が縦割り行政です。私は地元市の地域包括支援センター事業に携わっていますが、市役所の長寿支援課へ相談に行くと「介護保険課へ」「生活支援課へ」「市保健所へ」と部署をたらい回しにされることが少なくありません。
担当者はみなさん誠実に職務を果たしていらっしゃいますが、部署ごとに役割が細分化され、組織全体で課題を解決する仕組みになっていないのです。
高齢者が働き続けられる仕組みをつくる
では、2040年問題を乗り越えるために、私たちは何をすればよいのでしょうか。私は、社会保障制度そのものを見直すことはもちろんですが、それ以上に「働く」という考え方を大きく変える必要があると思っています。
現在、日本政府は70歳まで働ける社会の実現を目指し、企業に対して就業機会の確保を求めています。しかし私は、それでも十分とは考えていません。働く意欲と能力がある人は、70歳にこだわる必要はなく、75歳でも80歳でも、それぞれの体力や能力に応じて働き続けられる社会をつくるべきです。
そうすれば、高齢者自身が安定した収入を得ながら生活でき、年金だけに依存しない生き方も可能になります。同時に、長年培ってきた知識や経験を社会へ還元することにもつながります。
私自身、75歳を間近に控えた今も現役で医療の現場に立っていますし、医療や介護の現場にも80歳を超えてなお第一線で活躍している人たちを少なからず見かけます。年齢だけで一律に働く機会を失わせることは、本人にとっても社会にとっても大きな損失です。
もちろん、若い頃と同じ働き方を続ける必要はありません。年齢とともに体力が変化することは自然なことです。だからこそ政府には、画一的な制度改革ではなく、高齢者がそれぞれの能力や経験を十分に発揮できるよう、企業が柔軟な働き方を導入しやすい制度を整えてほしい。
例えば午前中だけの勤務、夜勤の免除、週3日の勤務、経験を生かした教育や指導など、働き方はいくらでも工夫できます。賃金も、一律ではなく仕事内容や勤務時間に応じて柔軟に設計すればよいでしょう。政府には、こうした雇用制度を後押しする制度設計を進めてもらいたいと思います。
もう一つ重要なのは、高齢者自身も新しい技術を積極的に取り入れる姿勢です。AIやデジタル技術を活用できれば、体力の低下を補いながら経験や知識をより生かすことができます。年齢に関係なく学び続ける姿勢が、生涯現役社会を実現する大きなカギになると私は考えています。
制度改革も避けては通れません。現在の年金制度では、一定以上働くと年金が減額される仕組みがあり、高齢者の就労意欲を削ぐ要因になっています。人口構造が大きく変わった今、この制度を見直し、年金制度と高齢者就労を一体で考える時期に来ています。
さらに私は、一つの私案として、公的高齢者福祉施設に入所した場合は、利用者の年金の一部を施設利用料へ充当する仕組みも検討に値すると考えます。もちろん反対意見があることは承知しています。しかし、これまでの制度を前提とした小幅な修正だけでは、超高齢社会を支えることは難しいでしょう。賛否を恐れず議論を始めることこそが重要なのです。
また、社会保障制度は政治家や官僚だけが変えるものではありません。最終的に政治を動かすのは、有権者の「意志」です。行政改革に本気で取り組む政治家を選ぶこと。改革を掲げる首長や議員を支持すること。その第一歩が選挙です。
一度の選挙で劇的に変わることはないでしょう。しかし、選挙を重ねることで政治は少しずつ変わります。そして、その積み重ねが行政を変え、制度を変え、社会を変えていくのです。
私たちの世代が未来への責任を果たすために
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私たち高齢世代は、先人たちが築いてくれた社会の恩恵を受けながら今日まで生きてきました。だからこそ、その社会をより良い形で次の世代へ引き継ぐ責任があります。子どもや孫の世代が、社会保障制度の行き詰まりに苦しみ、将来に希望を持てない社会を残してはなりません。
医療現場の最前線で半世紀近く社会保障制度と向き合ってきた者として、2040年は決して遠い未来ではないと断言できます。その日は、今この瞬間にも着実に近づいています。2040年は単なる統計上の目安であって、対策が遅れれば遅れるほど、その影響はもっと早く訪れるかもしれません。
だからこそ、制度が限界を迎えてから対応するのではなく、まだ改革を選択できる今、私たち一人ひとりが行動を起こすべきではないでしょうか。2040年は避けられない未来です。しかし、その未来を「崩壊の年」にするか、「改革の年」にするかは、今を生きる私たちの選択にかかっているのです。


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