九州南部、宮崎県と鹿児島県の県境にそびえる標高約1,700メートルの「韓国岳(からくにだけ)」。
霧島連山の最高峰として知られる山だが、日本国内にありながら「韓国」という文字をその名称に冠していることから、その由来については古くからさまざまな説が語られてきた。
もちろん現在の大韓民国との近現代の外交関係から名付けられたものではない。
では、なぜ九州の山が「からくにだけ」と呼ばれ、現在の「韓国岳」という表記が定着したのだろうか。
画像:えびの高原から望む韓国岳(からくにだけ) Ray_go CC BY-SA 3.0
「韓の国まで見える山」という有名な伝承
韓国岳の名称について、現在もっとも広く知られているのが「韓の国まで見渡せるほど高い山だったから」という説である。
標高約1,700メートルの山頂からは、霧島連山をはじめ、桜島や開聞岳、中部九州の山々まで見渡すことができる。
その雄大な眺望から、さらに遠くの「韓の国」まで見えるとされ「韓国岳」と呼ばれるようになったという言い伝えだ。鹿児島県も地名の由来としてこの説を紹介している。
ただし、実際には韓国岳の山頂から朝鮮半島を見ることはできない。
そのため、この言い伝えだけで山名の起源を説明することは難しく、山の高さや眺望の雄大さを「韓の国まで見える」と表現した伝承とみることもできる。
しかし山名の由来をさらに遡ると、近代よりはるか以前の『古事記』に「韓国」という言葉が登場している。
『古事記』に登場する「韓国」とは何なのか

画像 : 瓊瓊杵尊(ニニギノミコト) public domain
8世紀初頭に成立した『古事記』の天孫降臨段には、ニニギノミコトが降臨した地について「此地者、向韓国、真来通笠沙之御前而…」と記された箇所がある。
平凡社の地名辞典『宮崎県の地名』では、韓国岳という山名は、この「向韓国」という記述に由来するとされている。
ところが『古事記』に記された「韓国」が何を指しているのかについては解釈が分かれている。
現代の漢字だけを見れば朝鮮半島を連想しやすいが、古代の「から」「からくに」という言葉を、現在の大韓民国という国家名とそのまま同じ意味で捉えることはできない。
「向韓国」についても朝鮮半島を指すとする解釈だけでなく、中国を含む海外世界を表したとする説や、南九州の韓国岳を指したとする説などがある。
もし韓国岳を指したとすれば『古事記』の「向韓国」は外国に向かうという意味ではなく、「韓国岳の方角に向かう」と読むことになる。
しかし今度は、そもそも韓国岳がなぜ「からくに」と呼ばれていたのかという疑問が残る。
その手がかりとなるのが、「韓国岳」に残された別の表記である。
古くは「虚国岳」とも書かれていた

画像:九州地方における韓国岳の位置 Soren Bradley CC BY 4.0
『角川日本地名大辞典』によれば、韓国岳は古く「虚国岳」とも書かれ、『日本書紀』にみえる「空国(からくに)」から「虚国」、さらに「韓国」へと表記が変化したとされている。
つまり現在使われている「韓国」という漢字が最初から固定されていたとは限らず、同じ「からくに」という音に異なる文字が当てられながら、現在の表記へ変化していった可能性もあるのだ。
韓国岳は霧島火山群を構成する火山の一つで、山頂には直径約900メートル、深さ約300メートルにおよぶ大きな火口が開いている。
そのため「空」や「虚」という文字と巨大な火口を結びつけたくなるが、この火口が「空国」「虚国」という名称の直接の由来だったことを示す史料は確認できない。
重要なのは現在の「韓国岳」という表記だけから、その由来を朝鮮半島との関係に限定することはできないという点である。
「韓国岳」の名に残された古代の記憶
こうして山名を遡っていくと「韓の国まで見える山」という有名な言い伝えのさらに奥に、古代から使われてきた「からくに」という言葉の存在が浮かび上がってくる。
『古事記』にはすでに「韓国」という表記が登場する一方、韓国岳には「虚国岳」という古い表記も伝えられ、『日本書紀』の「空国」との関係も指摘されている。
山名がいつ、どのような過程で現在の「韓国岳」に定着したのかを一つの説だけで説明することは難しい。
しかし少なくとも現代の国名と同じ「韓国」という二文字だけを見て、その由来を近現代の朝鮮半島との関係から説明することはできないと言えるだろう。
参考:
宮崎県立図書館「宮崎県の韓国岳という山の名の由来を知りたい」国立国会図書館レファレンス協同データベース
國學院大學 古典文化学事業『古事記』天孫降臨③
鹿児島県「地名の由来-韓国岳」
林野庁九州森林管理局『広報九州 No.1659』2010年 ほか
文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部
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エックスレバン
国際社会の現在や歴史について研究し、現地に赴くなどして政治や経済、文化などを調査する。


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