2025年(令和7年)は昭和の元号で数えるとちょうど100年に当たります。いま様々なメディアや“レトロ企画”でクローズアップされることの多い「昭和」ですが、実際には1926年から1989年まで、途中太平洋戦争を挟んで64年間続いた激動の時代として記憶されています。SCREENも戦後まもなくの1947年に創刊し、昭和の映画黄金期を数々の名作・ヒット作と併走してきましたが、この間に日本のファンを魅了し、愛される多くの海外スターの隆盛を追いかけてきました。そこで今回は昭和100年を記念して、昭和の日本を彩った100人の外国スターたちを紐解いてみましょう。
(文・米崎明宏/デジタル編集・スクリーン編集部)
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フランスから現れたアラン・ドロンが昭和をリードするような人気外国スターに
アラン・ドロン(代表作『太陽がいっぱい』など)
女優と同様、男優も戦後すぐの昭和20年代初期は戦前から活躍していたビッグスターたちが人気の中心だった。長身の二枚目で知られる『モロッコ』などのゲイリー・クーパー、『駅馬車』など西部劇の王者、ジョン・ウェイン、『ローマの休日』など誠実そうなグレゴリー・ペック、『麗しのサブリナ』など明朗なウィリアム・ホールデン、“アメリカの良心”と呼ばれた『素晴らしき哉、人生!』などのジェームズ・スチュアートや『荒野の決闘』などのヘンリー・フォンダ、『カサブランカ』などハードボイルドな雰囲気を纏ったハンフリー・ボガート、『望郷』などのフランスが誇るジャン・ギャバンといった大物たちの主演作が復活した映画街を賑わし、ダンディーな魅力にあふれる彼らに憧れる日本人は少なくなかった。
ゲイリー・クーパー(代表作『誰がために鐘は鳴る』など)
ジョン・ウェイン(代表作『リオ・ブラボー』など)
グレゴリー・ペック(代表作『ローマの休日』など)
ウィリアム・ホールデン(代表作『ピクニック』など)
ジェームズ・スチュワート(代表作『裏窓』など)
ヘンリー・フォンダ(代表作『十二人の怒れる男』など)
ハンフリー・ボガート(代表作『カサブランカ』など)
ジャン・ギャバン(代表作『ヘッドライト』など)
さらに『ハムレット』など英国の名優ローレンス・オリヴィエ、喜劇王チャールズ・チャップリンといった有名俳優も忘れられない存在だ。
ローレンス・オリヴィエ(代表作『ハムレット』など)
チャールズ・チャップリン(代表作『ライムライト』など)
そこに新たに加わったのが『陽のあたる場所』などでハリウッドに新風を吹き込んだモンゴメリー・クリフト、『赤と黒』などでフランスのフレッシュな顔となったジェラール・フィリップといった今でいう“イケメン”たち。
モンゴメリー・クリフト(代表作『地上より永遠に』など)
ジェラール・フィリップ(代表作『花咲ける騎士道』など)
とりわけ昭和30年にすい星のごとく登場したのが『エデンの東』のジェームズ・ディーンで、まだ20代前半の彼が事故で急死したという衝撃のニュースもあいまって、主演作は何度もリバイバルされ、Tシャツにジーンズという彼のファッションも当時の若い世代にアピールした。ディーンの先輩俳優で革新的な演技も一目置かれたマーロン・ブランドもこの時代の新たなスターになった。ブランドと同世代だが『ベン・ハー』などハリウッド超大作に映えるチャールトン・ヘストンは米映画の伝統を引き継ぐような大物になっていく。
ジェームズ・ディーン(代表作『エデンの東』など)
マーロン・ブランド(代表作『波止場』など)
チャールトン・ヘストン(代表作『ベン・ハー』など)
「もはや戦後ではない」という言葉が流行語となった昭和30年代前半、人気外国スターの様相も大きく変わり始めた。米国の新星ではトニパキの愛称で親しまれた青春スター、アンソニー・パーキンス(後に『サイコ』などでイメチェン)や、映画にも進出した人気シンガー、エルヴィス・プレスリーらが台頭してきた中、フランスから出現したアラン・ドロンが『太陽がいっぱい』でセンセーショナルな人気を博した。日本では二枚目の代名詞となり、誰もがその名前を知っているほどだった。同時期のフランスではヌーベルバーグ全盛で『勝手にしやがれ』のジャン=ポール・ベルモンドもドロンとは違うファン層を獲得。またイタリアからは『甘い生活』などのマルチェロ・マストロヤンニが名を馳せた。
アンソニー・パーキンス(代表作『サイコ』など)
エルヴィス・プレスリー(代表作『ブルーハワイ』など)
ジャン=ポール・ベルモンド(代表作『勝手にしやがれ』など)
マルチェロ・マストロヤンニ(代表作『甘い生活』など)
大ヒット作が生まれる度に新たな人気スターが次々誕生
昭和30年代は毎年のように歴史的ヒット作が生まれ、『ウエスト・サイド物語』のジョージ・チャキリス、『アラビアのロレンス』のピーター・オトゥール、「007」シリーズのショーン・コネリーといった新星が次々人気急上昇。中でも『荒野の七人』『大脱走』でアクションスターのトップに躍り出たスティーヴ・マックィーンは、男性も女性も夢中になるカッコよさで愛された。
ジョージ・チャキリス(『ウエスト・サイド物語』など)
ショーン・コネリー(代表作『007/ロシアより愛をこめて』など)
ピーター・オトゥール(代表作『アラビアのロレンス』など)
スティーヴ・マックィーン(代表作『大脱走』など)
彼らは昭和40年代になってもトップクラスの人気者で、ここに「0011ナポレオン・ソロ」のロバート・ヴォーン&デヴィッド・マッカラム、「サーフサイド6」のトロイ・ドナヒュー、「逃亡者」のデヴィッド・ジャンセンといったTVシリーズの主演者が躍進する。
ロバート・ヴォーン(代表作 TV「0011ナポレオン・ソロ」など)
デヴィッド・マッカラム(代表作 TV「0011ナポレオン・ソロ」など)
トロイ・ドナヒュー(代表作 TV「サーフサイド6」など)
デヴィッド・ジャンセン(代表作 TV「逃亡者」など)
次にアメリカン・ニューシネマの時代が訪れ、『俺たちに明日はない』のウォーレン・ビーティ、『卒業』のダスティン・ホフマン、『明日に向って撃て!』のポール・ニューマンとロバート・レッドフォードらがブレイクする。
ウォーレン・ビーティ(代表作『俺たちに明日はない』など)
ダスティン・ホフマン(代表作『卒業』など)
ポール・ニューマン(代表作『明日に向って撃て!』など)
ロバート・レッドフォード(代表作『スティング』など)
『夜の大捜査線』のシドニー・ポワチエが黒人俳優として初のマネーメイキングスターになったのもこの頃。伊製マカロニ・ウエスタン・ブームもこの時期で、クリント・イーストウッドやジュリアーノ・ジェンマらがファンを獲得した。
ジュリアーノ・ジェンマ(代表作『荒野の1ドル銀貨』など)
シドニー・ポワチエ(代表作『夜の大捜査線』など)
クリント・イーストウッド(代表作『ダーティハリー』など)
昭和40年代末期にブームとなったのは『燃えよドラゴン』から始まったカンフー映画。公開直前に急死した主演のブルース・リーは今でもアイコン的存在。またTV「刑事コロンボ」のピーター・フォークがお茶の間の人気をさらいCMにも出演。やはりCMでチャールズ・ブロンソンが大評判だったことも忘れがたい。
ブルース・リー(代表作『燃えよドラゴン』など)
ピーター・フォーク(代表作 TV「刑事コロンボ」など)
チャールズ・ブロンソン(代表作『さらば友よ』など)
昭和50年代になるとハリウッド第9世代監督が活躍する時代になり、ルーカス監督の「スター・ウォーズ」やスピルバーグ監督の「インディ・ジョーンズ」シリーズに出演したハリソン・フォード、コッポラ監督の「ゴッドファーザー」シリーズに出演したアル・パチーノ、スコセッシ監督の『タクシードライバー』に出演したロバート・デ・ニーロといった実力派俳優たちが急伸した。
ハリソン・フォード(代表作『レイダース/失われたアーク』など)
アル・パチーノ(代表作『ゴッドファーザー』など)
ロバート・デ・ニーロ(代表作『タクシードライバー』など)
また『ロッキー』のシルヴェスター・スタローン、『サタデー・ナイト・フィーバー』のジョン・トラヴォルタらの新タイプの俳優も高評価を得た。一方、香港からは拳シリーズでジャッキー・チェンが日本上陸し大好評!
シルヴェスター・スタローン(代表作『ロッキー』など)
ジョン・トラヴォルタ(代表作『サタデー・ナイト・フィーバー』など)
ジャッキー・チェン(代表作『プロジェクトA』など)
昭和50年代後半にはYAスターと呼ばれた若手俳優陣が人気爆発。『アウトサイダー』からはマット・ディロンや、後に『トップガン』に主演するトム・クルーズらが一斉に注目を浴びた。さらに昭和60年代にヒットした『ビバリーヒルズ・コップ』のエディ・マーフィー、『ターミネーター』のアーノルド・シュワルツェネッガー、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のマイケル・J・フォックス、『スタンド・バイ・ミー』のリヴァー・フェニックスらが脚光を浴び、多くのファンに親しまれた。
マット・ディロン(代表作『アウトサイダー』など)
トム・クルーズ(代表作『トップガン』など)
エディ・マーフィー(代表作『ビバリーヒルズ・コップ』など)
アーノルド・シュワルツェネッガー(代表作『ターミネーター』など)
マイケル・J・フォックス(代表作『バック・トゥ・ザ・フューチャー』など)
リヴァー・フェニックス(代表作『スタンド・バイ・ミー』など)
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