米国の俳優で映画監督のロバート・レッドフォードさんが死去した。89歳だった。広報担当者が16日に声明で発表した。米紙ニューヨーク・タイムズによると、ユタ州プロボ郊外の山荘で睡眠中に亡くなったという。死因は公表されていない。「明日に向って撃て!」などの作品で世界的なスターとなり、監督としてもアカデミー賞を受賞。インディペンデント映画の祭典「サンダンス映画祭」の創設者としても知られた。
1936年、米カリフォルニア州サンタモニカ生まれ。50年代に画家を目指してニューヨークに移ったが、俳優の道に進んだ。60年代から70年代にかけて、整った顔立ちと輝くような笑顔でハリウッドの「ゴールデンボーイ」として名をはせ、ジェーン・フォンダやバーブラ・ストライサンドといったスター女優の相手役を務め、セックスシンボルとしても世界的な人気を博した。1967年の映画「裸足で散歩」で新婚の夫役を演じ、大きな注目を集めた。
60年にわたるキャリアで50本以上の映画に出演。本人がお気に入りの2本として挙げていたのが、ポール・ニューマンさんと共演した「明日に向って撃て!」(1969年)と「スティング」(1973年)だった。
「明日に向って撃て!」で共演したレッドフォードさん(右)とポール・ニューマンさん(ゲッティ)
32歳で出演した「明日に向って撃て!」で演じたサンダンス・キッド役は、彼のキャリアで最も有名な役柄となった。映画は列車強盗を繰り返した末に当局から追われる西部開拓時代の無法者、ブッチ・キャシディ(ニューマンさん)とその相棒サンダンス・キッド(レッドフォードさん)の逃避行を描いた。
4年後に出演した「スティング」では詐欺師を演じ、自身唯一となるアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた。同作は作品賞など7部門を受賞したが、主演男優賞は「セイブ・ザ・タイガー」のジャック・レモンさんが受賞した。

「大統領の陰謀」で共演したロバート・レッドフォードさん(左)とダスティン・ホフマンさん ©Warner Bros/Kobal/Shutterstock
このほか、スキーヤーを演じた「白銀のレーサー」(69年)、若き民主党議員候補を演じた「候補者ビル・マッケイ」(72年)、ウォーターゲート事件を追う記者を演じた「大統領の陰謀」(76年)など、多くの作品でその演技が高く評価された。
1980年には「普通の人々」で映画監督としてデビュー。同作はアカデミー賞作品賞に輝き、レッドフォードさん自身も監督賞を受賞した。その後も「リバー・ランズ・スルー・イット」(92年)、「クイズ・ショウ」(94年)、「バガー・ヴァンスの伝説」(98年)などを監督し、メリル・ストリープさんやスカーレット・ヨハンソンさん、ウィル・スミスさんといった多くのスターを演出した。

2012年のベネチア国際映画祭に出席したレッドフォードさん(ゲッティ)
ハリウッドで得た収入でユタ州のスキー場の土地を購入。「サンダンス」と名付け、インディペンデント映画を支援する「サンダンス映画祭」を創設した。この名称は、「明日に向って撃て!」の役名にちなんだもの。さらに、サンダンス・インスティテュート、サンダンス・シネマズなども設立した。
2002年には、「俳優、監督、プロデューサー、サンダンスの創設者として、世界中のインディペンデントで革新的な映画製作者たちにインスピレーションを与えた」としてアカデミー名誉賞を授与された。
2018年、最後の出演作となった「さらば愛しきアウトロー」の公開を機に俳優業からの引退を表明。当時81歳だったレッドフォードさんは米誌エンターテインメント・ウイークリーに対し、「決して『ない』とは言わないが、俳優としてはこれで最後だとほぼ結論づけた。21歳から続けてきたのだから、これで引退に向かう。もう十分だろう、と。とても明るく前向きな作品で最後を飾るのは悪くないのでは?」と語っていた。
環境活動家としても知られ、キャリアの大部分を通じてクリーンエネルギーの利用などを訴え、長年にわたり自然資源防衛協議会の理事を務めた。米誌ローリング・ストーンの2021年のインタビューでは、1989年の会議で地球温暖化の脅威を知ったことが「警鐘となった」と語り、「行動しなければならないことがある時、すぐに行動すべきだと気づいた」と述べている。
私生活では1958年にローラ・バン・ワゲネンさんと結婚し4人の子どもをもうけたが、長男は乳幼児突然死症候群で生後10週で亡くなった。85年に離婚。90年代に出会ったシビル・ザガースさんと2009年に結婚した。妻のザガースさんと3人の子ども、7人の孫がいる。


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