
衆院本会議に臨み、代表質問に答弁する高市首相(11月4日)(他の写真を見る)
高市政権の発足後、日経平均は史上初めて5万円台に到達した。背景には高市総理の掲げる経済政策への期待がある。ただ、日本経済が本当に市場の期待通りに浮上していけるかについては、慎重な見方も存在する。日本総合研究所の調査部で主席研究員を務める西岡慎一氏は、「日本が“真に強い経済”を実現するため、政府が避けては通れないのが“アベノミクスの再設計”」だと指摘する。同氏のレポートをお届けする。
市場が描く「成長ストーリー」と「現実」との乖離
日本の株価は歴史的な上昇局面を迎えている。この背景には、高市政権が掲げる「強い経済」への期待がある。政府は「日本成長戦略会議」を新設し、防衛・経済安全保障を軸にサプライチェーンの強化を図る方針を打ち出した。積極財政と成長戦略によって経済再生を目指す構えだ。
この姿勢が市場心理を好転させ、人工知能(AI)・半導体、造船、航空・宇宙といった戦略分野における公的支援や投資拡大への思惑が株価を押し上げている。
しかし、市場が描くこの「成長ストーリー」と「現実」の政策運営の間には、少なからぬ隔たりがある。足元では「物価高対策」が優先され、「ガソリン税の軽減」や「電気・ガス料金の補助」といった価格統制的な政策が実施される見通しである。
さらに、日本維新の会が提唱する「教育の無償化」も高校授業料を対象に一部実現する見込みであり、今後は「食料品の消費税ゼロ」といった施策も検討されよう。
こうした家計支援策は短期的な安心感をもたらす一方で、市場が期待する成長投資に必要な財源確保は後回しにされる公算が大きい。市場は中長期的な成長を織り込み始めているが、実際の政策は「物価高への応急措置」に追われているのが実情だ。
「財政規律の遵守」のカギは「ドーマー条件」
この数年間、政府は「物価高対策」として価格統制や給付・減税などの政策を繰り返してきた。しかし、全ての世帯を対象とした政策は巨額の財政資金を要し、長引く物価高への対策としては持続性を欠く。
欧州諸国では、コロナ対策やウクライナ戦争後の高インフレを経て、給付や補助といった政策は一時的な措置として早期に打ち切られている。これとは対照的に、日本では、物価高対策が「恒久的な支援」に転化しており、財政余力を家計支援に費やす構図が続いている。
財政支出の拡大はやがて金利上昇を通じて国債費の増大を招く。高市首相は「政府債務残高・GDP比」を引き下げることで財政規律を遵守する考えを明らかにしているが、その際にカギとなるのが「ドーマー条件」だ。
ドーマー条件とは、政府が支払う利払い率が経済成長率を下回る状態を指す。この関係が維持されれば、金利負担が経済の拡大に吸収され、債務比率は安定する。だが、金利が経済成長率を超える場合、利払い費がかさんで債務比率は雪だるま的に上昇する。
今のところ日銀が金利を低く抑えているため、ドーマー条件は満たされているが、このまま日銀の利上げが進むと、2030年前半には国債の平均利払い率が経済成長率を上回るというのが筆者の見立てである。債務が膨張するまでに政府に残された猶予期間は短い。
市場の信認が損なわれれば、金利上昇と円安が進み、インフレ圧力と財政制約がともに強まる悪循環に陥る。そうなると、政府は緊縮財政を強いられ、結果として成長投資どころか、教育・福祉などの予算を削減せざるを得なくなる。家計支援の名を借りたばらまき型の財政がかえって国民生活の基盤を損なう事態が懸念される。
断片的にしか実施されなかったアベノミクス下の構造改革
現在の経済環境の根底には、アベノミクス以降の政策構造がある。
2010年代初頭から、安倍政権は金融政策・財政政策・構造改革の「三本の矢」で長期停滞からの脱却を試みたが、潜在成長率は伸びなかった。異次元緩和は今なお十分な軌道修正が図られておらず、円安を通じて物価を押し上げている。
財政の面でも、経済対策が実施された後の健全化目標は繰り返し先送りされ、財政余地は狭まるばかりである。当初「看板政策」に掲げられていたはずの構造改革も断片的にとどまった結果、わが国の生産力は停滞し、供給制約によるインフレが生じている。
こうした経緯を踏まえれば、高市政権はアベノミクスが残した宿題に真正面から取り組み、インフレ耐性を備えた「真に強い経済」を構築するべきである。
政権が掲げる戦略分野への投資は、生産力を増強させる点で正しい方向性を示している。こうした投資が成果をあげるためには、供給面や財政面の制約を乗り越える工夫が欠かせない。
高市政権がクリアすべき「2つの課題」と具体策
物価上昇を抑えつつ、経済成長と財政再建を両立させるためには、2つの重要な課題がある。
第一に、「規制改革の断行」が必要だ。労働力の面では、外国人労働者について、なし崩し的な受け入れや特定国への偏りを排除しつつ、日本社会への高い適応力と就業意欲を持つ人材を積極的に受け入れる制度整備が不可欠である。
働きたい人が十分に働くことができるよう、「年収の壁」の解消や時間外規制の見直しも避けて通れない。また、生産性向上に向けたデジタル化の推進も待ったなしである。AI・自動運転、データ利活用などの社会実装に向けたルールを整備するほか、書面提出をはじめ行政や産業現場に残るアナログ規制を見直すことも有効である。
第二に求められるのが「財政規律の回復」である。その実現に有効な施策が、歳出の膨張を防ぎ財政規律を高めるため、国家予算の「単年度主義」を改めて「中期財政計画」を導入し、複数年にわたる歳出総額に天井を設ける仕組みづくりだ。
これにより、いったん補正予算が膨れあがったとしても、翌年以降に歳出を抑えることが容易となる。OECD加盟国の3分の2が何らかのかたちで「中期財政計画」方式を取り入れており、わが国のような「単年度主義」の国は先進国のなかでは少数派である。
ばらまきではなく財政の信頼を立て直し、規制改革を着実に進めることが同時にできるかどうかが、これからの日本経済の分岐点となる。いまの株高は高市政権が掲げる「強い経済」への期待を先取りしたものである。市場の期待を「真に強い経済」への実現に変えられるか。高市政権の真価はまさにそこにかかっている。
西岡慎一
大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。1999年日本銀行入行後、国内外の経済調査などに従事。2021年、日本総合研究所に入社し、マクロ経済研究センター所長などを歴任。24年4月より現職。
デイリー新潮編集部


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