じつは、いつの間にか日本は「単独(ひとり)世帯が一番多い」国になっていたことをご存知でしょうか。
今、ひとり世帯の現代人が密かに気になっている「ひとりで死んだらどうなるのか?」「死ぬ前に何をしておけばいいのか?」「死亡届の「届出人」は誰がなるのか?」「引き取り手のない遺体はどうなるのか?」……
発売たちまち重版の話題書『おひとりさま時代の死に方』では、意外と知らない制度のことから誰にも聞けない悩みまで、国内外メディアから取材殺到の第一人者がぜんぶ答えます!
【推薦、続々!】
樋口恵子さん「この本を読めば、ひとりでも幸せに死んでいける!みんなが安心できる本です」
高橋源一郎さん「人は誰もが死ぬ。ぼくもあなたも。わかっているのはそれだけ。どうやって? どんなふうに? ならば井上さんに訊ねよう。きっとすべてを教えてくれるから」
(本記事は、井上治代『おひとりさま時代の死に方』の一部を抜粋・編集したものです)
仏教寺院から「永代供養墓」が出現
そもそも、なぜ日本人は葬送を仏式でおこなっているのだろうか。
仏教が日本に伝わったのは6世紀中ごろだといわれている。仏教はインドから中国に伝播し、それが朝鮮に渡り、朝鮮から日本に伝わったとされている。最初は天皇や貴族、やがては武士といった為政者のための宗教であった。しかし僧侶が日本の津々浦々へ布教に歩いたとき、古来あった先祖を何年も供養することで子孫を加護するような「ご先祖様」になるという民間信仰(祖霊信仰)を仏教に取り込み、仏教行事化していった。古代インドの仏教は死後四十九日を経てまた次の生を受けるとされ、四十九日法要が重視された点からしても、日本仏教の特徴がよくわかる。
江戸時代になると、幕府は将軍や幕府の政策を超えて信じる対象をもつ邪宗の拡大を恐れ、キリスト教や不受不施派の弾圧を狙って「寺請制度」をとってきた。寺請制度とは、民衆を全員どこかの仏教寺院に属させ、寺院では現在の戸籍や住民票に当たる「宗門人別帳」を作成した。転出・転入するときも旦那寺の証文がいるなど、寺に現在の役所のような役割を担わせた。このようなことがあって、それ以降の日本国民の圧倒的多数は、葬祭を仏式で執りおこなってきた。
このように日本人はブッダを信じ経典を学んで、自らの意志で仏教徒になったというよりも、時の政府によって仏教寺院に所属させられたのだった。家・先祖(祭祀)・仏教の三者は、相互規定的な関係にあって存続してきたといえる。そうであるならば、そのうちの一つである家(家族)が変化すれば、付随して他の二つも変化するという仮説が成り立つ。
さらに「多くの人が意外と知らない、ひとりで死んだらどうなるのか「不条理な現実」」では、誰かの手を借りなければ、死後の葬儀や埋葬・死後事務は、自分ではできない日本社会のリアルを掘り下げていく。
本記事の抜粋元『おひとりさま時代の死に方』では、「親や自分のお墓をどうするか」「死後の手続きには何が必要なのか」、第一人者が平易に解説しています。ぜひお手にとってみてください。


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