フィナンシャル・タイムズ紙が、トランプ大統領が安易に始めたイランとの衝突は終わりが見えないが、その結末は同大統領以外の人々が代償を払うことになろう、とする社説を3月11日付で掲載している。要旨は次の通り。
(wildpixel/gettyimages・ロイター/アフロ・dvids)
トランプ大統領はイスラエルのネタニヤフ首相の口車に乗り、米国は数十年ぶりとなる中東最大規模の戦争に踏み切ったが、最も重要な問題である「戦争をどのように終わらせるのか」について、トランプは明確な目標や戦後の計画を示していない。米国政府は、衝突の結果の影響を過小評価していたと思われ、また敵であるイランを十分理解していなかったようにも見える。
米国とイスラエルの当局者によれば、イランの弾道ミサイル発射能力は大きく弱体化したとされる。戦争初日にハメネイ最高指導者や複数の高官が殺害され、テヘラン等の都市も激しい空爆を受けた。
しかし、トランプ大統領が期待したように政権が屈服する兆しはない。イスラム革命体制存亡の危機に直面したイランのイスラム革命政権はむしろあらゆる方向に反撃し、長年準備してきた非対称的な消耗戦を展開している。
イランは、現在もイスラエルやペルシャ湾岸の米国の同盟国に対してミサイルやドローン攻撃を続け、交通や貿易に深刻な混乱をもたらしている。さらにホルムズ海峡を航行する船舶は激減し、ペルシャ湾岸のアラブ産油国は石油や天然ガスの生産を停止または縮小せざるを得なくなっている。
ペルシャ湾岸のアラブ産油国の指導者達は、イランを攻撃すれば地域紛争になる危険性を警告し、トランプ大統領にイラン攻撃を控えるよう求めていた。そして、これらの諸国が最もその影響を受けている。
トランプが戦争からの出口を模索している兆候はあるが、彼が始めた戦争には好ましい結末が見えない。イランのイスラム革命体制が近く降伏する兆しはなく、むしろハメネイ師の息子モジタバを後継者に指名することで体制維持の意思を示している。
また政権が崩壊寸前であるという兆候もない。1月には数千人が弾圧で亡くなるという大規模な反政府デモを起こしたイラン国民も、現在は身の安全を優先して街頭に出ていない。仮に政権が崩壊したとしても、穏健で敵対的では無い政府への移行が実現する可能性は低い。
むしろ国家が分裂する危険性が高い。その場合、苦しむのはイラン国民であり、周辺諸国は新たな破綻国家を抱えることになる。
戦争を継続すれば、より大きなエネルギー危機を引き起こし、世界経済に悪影響を与える恐れがある。そしてトランプ大統領にとってより重要な事は、中間選挙を予定する共和党が敗北する危険性だ。
一方で戦争を終結させれば、イラン政権は大きな損害を受け、弱体しながらも「生き残ったこと」自体を勝利として宣伝するだろう。結局のところ、トランプ大統領がどのオプションを選んだとしても、トランプ大統領の愚行の代償を払うのは彼ではなく、他の人々だ。
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崩壊しなかったイスラム革命体制
米国とイスラエル対イランの衝突は、1カ月経過しても解決の見通しが立たない。今回の衝突は数週間ではなく数カ月単位で続くことになると考えられる。
世の中では、イランのイスラム革命体制は、狂信的な聖職者が支配する神権政治国家と見られているが、現実には極めて理性的、合理的な判断を行っている。軍事衝突で敵わないと見ると、すかさず、ホルムズ海峡の閉鎖で原油価格を高騰させ、中間選挙を控えるトランプ大統領のアキレス腱である米国内のガソリン価格を高騰させるという非対称戦を挑んでいることは、その証拠だ。
イスラム革命体制は狂信者の集団ではないし、イランは9000万人の人口を抱えることから人材の層も厚く、いくら指導者を殺害してもすぐに後任者がその空白を埋めることができる。
上記の社説は、「敵であるイランを十分理解していなかったようにも見える」と指摘しているが、今回、米国が開戦劈頭にハメネイ最高指導者を殺害したのは、「斬首作戦」によりイランのイスラム革命体制を一気に崩壊させることを意図したものと思われる。
これはベネズエラでの成功の高揚感に引きずられたのだと考えられるが、ベネズエラが一人の独裁者に全ての権力が集中した典型的な「独裁国家」だとすれば、イランは統治機構が整備された「独裁的な国家」であり、最高指導者を排除してもハメネイ師の次男モジタバ師が最高指導者の後継者になったようにイスラム革命体制は崩壊しなかった。
東アジアの安全保障にも影響
さらに、トランプ大統領は一時、「イランとの衝突が『ほぼ終わった』」と述べ、米国がイランと行っている衝突の出口を模索しているかのよう示唆したが、イラン側は、最高指導者の殺害で潰れた面子を回復するまでこの衝突を止める訳には行かない。すかさず、ペゼシュキアン大統領が、イラン側の停戦条件として(1)将来、イランを攻撃しない保証、(2)イランの正当な権利の承認等を提示した。
しかし、これはトランプ大統領には受諾することが不可能な条件である。(1)は、将来の米大統領の手を縛ることになるので米国の政治制度上、そのような約束は出来ない。(2)は、言い換えれば「イランの核開発、弾道ミサイルの開発を認めろ」ということであり、トランプ大統領の戦争目的を否定するので、やはり受諾は不可能だろう。このイラン側の声明は、トランプ大統領が一方的な勝利宣言をしてもイラン側は戦闘を続けるという意思表示と解釈できる。
今回の衝突は長期間の消耗戦となる可能性が高いが、恐らく、イランの弾道ミサイルとドローンの備蓄か米・イスラエル側の迎撃ミサイルの備蓄のどちらかが尽きるまで続くのではないか。米側も、ウクライナにパトリオットを供与したりして弾薬が十分でない可能性が高い。
弾道ミサイル迎撃の切り札高高度防衛ミサイル(THAAD)が最近、韓国から中東に配備転換したことも米軍の懐事情を示唆しているが、今や、この衝突は東アジアの安全保障環境にも影響しつつあることに留意する必要がある。


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