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2024年12月、日本の「伝統的酒造り」がユネスコの無形文化遺産に登録されたことをご存じでしょうか。古くから日本文化の中で重要な役割を果たしてきた日本酒は、今や世界中でそのおいしさと奥深さが認知されつつあります。
しかし、その製造過程や風味の特徴には多くの謎が詰まっています。単なる「うまい・うまくない」の問題だけではなく、その製造過程に隠された無数の科学的な視点をもつことで、日本酒の魅力が一層深まるはずです。
2015年に刊行され、好評を得た『日本酒の科学』が、10年の歳月を経て、その後の日本酒業界を取り巻く環境変化や、技術の進展にともなう新知見を含めて、芳醇な新版として刊行されました。この記事シリーでは、この『最新 日本酒の科学』、興味深いトピックをご紹介していきます。
今回は、伝統的な酒母造りの技法である「生酛(きもと)造り」とそこから派生した「山廃造り」を紹介します。どのように味の違いが出るのでしょうか。
*本記事は、『最新 日本酒科学 水・米・麹の伝統の技』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
意外と知らなかった「山廃」の意味
日本酒造りは、微生物の力を巧みに操る精密な発酵科学です。とりわけ「生酛(きもと)」と呼ばれる伝統的な仕込みでは、精米から酒になるまでおよそ一ヵ月。生酛の仕込みは、手間も体力も並大抵ではありません。その負担を減らすために生まれたのが、「山廃酛(やまはいもと)」という新しい方法でした。
転換点となったのは、1909(明治42)年。醸造試験所(現・酒類総合研究所)の技師・嘉儀金一郎氏は、山卸作業をしなくても、麹が持つ酵素の力だけで米を十分に溶かすことができると実証しました。山卸作業とは、酒母のなかの米と麹をすり潰し、均一にするための重労働です。
この発見をもとに、この山卸を省いた製法として「山廃酛」が考案されたのです。それまで、日本酒を醸すには生酛造りしか選択肢がありませんでしたが、山廃酛の登場により、その流れは大きく変わります。やがて、多くの酒蔵が生酛造りから山廃造りへと移行していきました。
つまり、「山廃」とは「山卸廃止酛」の略で、山卸を行わずに蒸米を酒母タンクに仕込み、 麹の力だけで蒸米を溶かす方法です。ただし、あらかじめ水に麹の酵素を溶かした「水麹」を使用します。
山卸の作業。生酛造りでは、2〜3人が一組になって3時間ごとに一番櫂(荒櫂)、二番櫂、三番櫂の手順で混ぜる。櫂を使うほか、足で踏む酒蔵もある(櫂で混ぜる作業は『日本酒造り唄集』より、足で踏む様子の写真は菊正宗酒造提供)
結局、約一ヵ月かかる
しかし、山廃も桶の中で乳酸菌を一から育成する流れは変わらず、できあがるまでには生酛造りとほぼ同じ日数を要します。
とはいえ、生酛造りで行う山卸のように、米をあらかじめすり潰すかどうかによって、微生物が活動する環境が変化するのは確かです。最終的な味や香りに微妙な影響を与えている可能性は十分に考えられます。
半切り桶は乳酸菌の棲みかにもなっているため、安定して乳酸菌を増殖させようとすると、やはり山廃酛より生酛のほうが適しているのではないでしょうか。
高橋俊成氏
また、山廃酛がまだ世に出ていなかった頃、酵素作用の基本原理を踏まえた「櫂で潰すな麹で溶かせ」という標語が聞かれました。
「この標語は、創立まもない醸造試験所から派遣された大蔵技官の鹿又親(かのまた ちかし)先生がつくられたもので、当時の櫂入れ万能の風潮に対して、やりすぎることの害を説いたものです。
この言葉をもって、鹿又先生は生酛より山廃酛をすすめていたと誤解する人もおりますが、先生の後年の著書『工業酒造之確立』(1937年)を読むと、実は摺り酛(生酛)は今日行われている酛取り法のうちで、最も学理的でしかも合理的な酒母育成法であることを知ったと書かれており、少なくとも最終的には先生は生酛を最も評価しておられたようです」
(大七酒造十代目・太田七右衛門氏)
さて、そんな生酛と山廃ですが、できた酒の味わいに、違いはあるのでしょうか。
できた酒の味に違いはあるのか?
そもそも生酛や山廃酛は、培養酵母の添加を行わず、麹や酒母桶、道具などに自然についてくるごく微量の清酒酵母を、温度管理や櫂入れ、そして山卸などの手作業によって、選抜・増殖していく独特な技法です。このような技法とその伝承は非常に難しいのです。それでもなお、あえて生酛造りに挑戦する蔵人たちは、誰もがこの困難に真剣に向き合っています。
また、生酛と山廃という製法の違いが、酒の味わいにどのように影響するかについては、科学的に明確な結論は出ていません。
山廃仕込みは酸味や苦味が際立った骨太で力強い味わいに、生酛仕込みは複雑な味の層を持ちながらも、透明感のある仕上がりになる傾向があるとも言われています。ぜひ、それぞれの味わいを比べてみてはいかがでしょうか。


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