終末期の医療では、本人の意思だけでなく、医師の治療観や家族の不安が選択を左右する。誰もが本人のためを思っていても、その判断が本人の望む最期と一致するとは限らない。延命をめぐる「善意のずれ」は、どこで生まれるのか。※本稿は、老年心理学者の佐藤眞一『お医者さんはなぜ「がんで死にたい」と言うのか?超長寿時代の老いと死を考える』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。
命を延ばすよりも苦痛を緩和してほしい
あなたは、人生の最終段階に至ったとき、どのような医療を望みますか?
延命治療でしょうか、それとも緩和医療でしょうか。
ホスピス財団のアンケート調査では、「生命をなるべく長くする治療(延命治療)よりも、痛みや苦痛を取り除く治療(緩和医療)をより希望する」が63.4%で、「苦痛が伴っても延命治療を希望する」の7.6%を大きく上回っていました。2018年の調査結果と比較すると、緩和医療希望が58.1%から63.4%へと増加しているのに対して、延命治療希望は10.9%から7.6%へ減少していて、延命を望まない人が増えていることがわかります。
男女別では、男性で「特に希望はない」「わからない」が多くなっています。男性は女性よりも、最終段階の医療について考えたことのない人が多いのかもしれません(図表6)。
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がんと診断された経験の有無別に見ると、がんと診断された経験がある人では、「苦痛が伴っても延命治療を希望する」が12.9%で、がんと診断されたことのない人の7.3%を上回っていました。ただし、「延命治療よりも緩和医療をより希望する」も72.6%と、診断されたことのない人の62.8%を上回っていました。さらに、がんと診断された経験がある人では「わからない」が3.2%と、診断されたことのない人の16.5%の5分の1以下でした。
要するに、延命治療を望むにしろ望まないにしろ、がんと診断されたことのある人は、終末期の医療に対してはっきりした希望を持っているということです。がんになったことで初めて、自分がどのような最期を望んでいるのかが、本当にわかるのかもしれません(図表7)。
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善かれと思った医師が陥る「ひっぱり症候群」とは
緩和医療に関してはもう1つ問題があって、それが「ひっぱり症候群」です。これは柏木哲夫先生(編集部注/50年以上にわたってがん患者を看取ってきた日本のホスピス医の草分け。大阪大学名誉教授・ホスピス財団名誉顧問)の造語で、治療効果が得られるかもしれないと期待して、医師が最後まで患者に延命治療をしてしまうことを意味します。
その結果、患者も延命を期待して、死の受容や大切な人との別れなどができないまま亡くなっていくことになり、これが大きな問題だというのです。
近年、オプジーボに代表される免疫療法や、免疫療法にレーザー治療を組み合わせた光免疫療法など、新しい治療法が登場しました。それによって、治療困難ながんで緩和医療を視野に入れていた人や末期がんの人の余命が延びたり、場合によってはステージ4から寛解に至ったりする人もいます。
これは朗報に違いないのですが、一方では、治療によってどんな効果があるか、何が起こるかをよく考えずに延命治療を行う医師によって、余計な苦痛に悩む患者がいます。医師は患者の命を救うのが第一の目的であり、患者を生かすための訓練は受けていても、より良い死を迎えさせるための訓練を受けているわけではないため、まだ試していない治療法があれば、どうしてもそれを実施する方に傾いてしまうのです。
制度的にも、緩和ケア病棟では入院期間が「30日以内」「30~60日」「60日超」と延びるにしたがって診療報酬が下がるようになっています。そのため30日を超えると退院を促されたり、最初から入院期間は30日までと決められたりする場合があるようです。つまり余命が1カ月以上という場合は、そもそも緩和ケアの対象ではなく、まだ治療の対象だということなのです。
また、コロナ禍によって緩和ケア病棟が閉鎖され、在宅で緩和ケアを受けるケース(在宅ホスピス)が増えましたが、そのせいでスピリチュアルケアがなされなくなったり、ひっぱり症候群が増えたりした面もあるようです。
なぜかというと、在宅ホスピスの場合、患者宅を訪問するのは基本的に医師と看護師であり、そのほかの人たちも交えたチームケアができにくいことや、緩和ケア医には、元はがん専門の外科医や内科医であった人が多いため、「少しでも長く生かしたい」という医師本来の思いが前面に出がちであることなどが関係しているのかもしれません。
家族が望む点滴が苦痛を増やすことがある
あなたの親や配偶者が、死に瀕して、食べ物も飲み物も摂らなくなったら、あなたはどうしますか?医師に頼んで点滴を打ってもらうでしょうか。それとも、そのまま見守りますか?
死の間際になると、私たちの身体にはさまざまな変化が起こります。食物や水分を摂らなくなる。意識レベルが低下する。四肢が冷たくなる。唇や鼻が青白くなる。さらに、呼吸が徐々に浅くなって無呼吸になり、しばらくして再開する「チェーン・ストークス呼吸」や、下顎を上下に動かして口をパクパクさせる「下顎呼吸」なども起こります。
いくら勧めても食物や水分を摂らなくなると、「このままでは死んでしまう」と慌てて、家族が医師に頼んで点滴を打ってもらうことがあります。医師も無下には断れず、点滴を打つこともあります。
しかしそれは逆効果で、点滴を打つと肺に水が入ることがあり、溺れたのと同じ状態になってしまって苦しいのです。食べたり飲んだりしなくなるのは死の準備の一つであり、何も口にしなくても飢餓感はないため、水を含ませた脱脂綿で唇を拭う程度でいいといわれています。
『お医者さんはなぜ「がんで死にたい」と言うのか?超長寿時代の老いと死を考える』(佐藤眞一、光文社)
下顎呼吸も、とても苦しそうに見えるため、これが起こると家族が動揺します。しかし実は、ランナーズハイと呼ばれる状態などで出る、βエンドルフィンという脳内麻薬が出て、多幸感を覚えているため安らかな状態だそうです。
傍目には苦しそうでも、実は苦しくないわけで、それを知らずに酸素吸入をすると、βエンドルフィンが減って多幸感が薄れてしまいます。さらに血中酸素濃度が上がって、二酸化炭素濃度が下がります。すると、二酸化炭素の働きで麻酔をしたような状態になり、痛みを感じにくくなっていたのが、痛みを感じやすくなってしまうのです。
このように、終末期に濃厚な医療を行うとかえって苦しむことは、医療者の間では共有されつつありますが、一般にはあまり知られていないようです。医師がきちんと説明しなければならないのはもちろんですが、私たちも科学的根拠に基づいた終末期の対処法を、知っておく方がいいでしょう。
そうしないと、「安らかに逝ってほしい」と願っているのに、かえって苦しませてしまうことにならないとも限りません。


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